Beer Styles: Kettle Sour



「サワー」ビールが突如としてはやりだしたのはなぜだろうか。ベルギー発祥の酸っぱいビールであるランビックやオードブラインはずっと前からあり続けてきた。しかし最近は、フルーツやスパイスを用いたあらゆる種類のサワービールが、クラフトビールを専門に提供するどこのバーでもメニューに載っている。ランビックやオードブラインといったベルギーの伝統的で酸味のあるスタイルと比べると特徴はもっと単純だが、鋭い酸味がありさわやかで、アルコール度数は低いものが多い。つまり夏向けの素晴らしいセッションビールとも言えるのだ。多くの銘柄は缶に詰められていて、伝統的なサワービールと比べるとかなり安い。日本でもついに、今回のテーマである「ケトルサワー」が受け入れられ始めたと思う。

ケトルサワリングは、ビールの世界の中では比較的新しい技術革新である。糖化工程が完了した後、麦汁を煮沸釜に移す。そしてホップを投入する前に、ラクトバチルスという、糖を発酵させ乳酸に変える菌を入れる。それは商業的に培養されたものか、野生株か、はたまたヨーグルトや乳清をつくるときに添加するものを起源とするものかもしれない。ケトリサワリング中の麦汁が1、2日で望ましいレベルの酸度に達すると、煮沸してラクトバチルスを殺菌し、ホップを投入する(一部、ホップを全く入れないケトルサワーもある)。その後は、各ブルワーが選んだ方法で発酵をする。

サワービールがクラフトビールの世界で強い印象を与えてきた時代において、ケトルサワリングは伝統的な製法よりも安価で、早く、安定した方法である。しかも、ラクトバチルス菌が存在するのは煮沸釜の中だけであり、煮沸で殺菌されるので、ほかのサワービール以外のビールにうつることがなく、ブルワリー内において使い勝手が非常に良い。

伝統的なサワービールであるランビック、フランダースブラウン、フランダースレッドは、長々しい木樽熟成という工程を経てつくられる。そこでさまざまな野生酵母と菌がビールをゆっくりと発酵させる。これにより、酸味をもたらす乳酸が生まれるほかに、味わいをもたらす化合物がたくさん生まれ、結果、驚くほど複雑なビールが出来上がる。しかしこの方法は、貯蔵のための広い空間と、しばしば数年の歳月を要するので、費用がかさむ(ほかのサワービールについては、本誌第16号および第23号掲載の本連載を参照されたい)。

伝統的製法とは対照的に、ケトルサワーは木樽で熟成などさせない限り複雑さに欠ける。しかしケトルサワーを施すほとんどのビールでは、さわやかな酸っぱさとよく合うフルーティーやスパイシーな味わいを加えるため、ブルワーは副原料の添加や大胆なドライホッピングをする。この傾向は米国フロリダ州で2015年に始まった。そしてその地で、マンゴーやグァバ、パッションフルーツ、キーライム(フロリダ南部産の黄緑色の小さなライム)、ドラゴンフルーツ、そしてもしくは、ユズやスダチのような日本の柑橘類といった、異国情緒あふれるフルーツを使ったベルリナーヴァイセの現代的解釈をしたビールをいくつかのクラフトブルワリーがつくって、その名を高めた。

この現代的なベルリナーヴァイセのように変容されてつくられてきた伝統的なジャーマンスタイルは、ゴーゼである。典型的にはゴーゼには塩とコリアンダーが入れられる。米国サウスカロライナ州のウェストブルックブルーイングは、伝統的というよりも、米国流に解釈した最も有名と言えるかもしれない銘柄をつくっている。アンダーソンバレーによるいくつかの銘柄を含み、米国の他のゴーゼの多くには、より現代的な解釈としてフルーツとスパイスが使われている。日本に輸入されていてケトルサワーをしているブルワリーには他に、ヘレティック、スティルウォーター、ジョージタウン、エイヴリー、トゥ・オール、ファンクワークスがある。

ケトルサワーをしている日本のブルワリーでは、うしとらとロコビアが先頭を切っている。前者は革新的な副原料を用いるのを主とし、後者はもっと伝統的な方法を取っている。うしとらが主にゴーゼを基礎とした一連の銘柄は、梅、夏ミカン、シークヮーサー、ハイビスカス、ミント、ユズを使うか、もしくは大胆なドライホップを施していて、印象的だった。ロコビアは次の三つのケトルサワーによる銘柄をつくった。ユーカリナーヴァイスはかなり伝統的なベルリナーヴァイセで、乳酸の柔らかい酸味と、小麦の穏やかな特徴がある。リヒテンハイナーは伝統的なスタイルで、燻製した大麦麦芽による燻製香、そして酸味があるという、一風変わった味わいだが素晴らしいビールである。さくらゴーゼは塩を使っていて、さらに桜の香料も加えられている。

この二つのブルワリーに加えて、麦雑穀工房は毎年ベリーマッチという、自家栽培のヤマモモ(Myrica rubra)とその他さまざまなベリーを加えたケトルサワーのビールをつくっている。フルーツの豊かで力強い特徴と、酸味がよく合う。京都醸造は最近、ヘレティックと共同で「紫の人喰い」という梅とシソを使った銘柄をつくった。 デビルクラフトも、フルーツを使ったものとそうでないものとに分けてケトルサワーによるビールをつくった。こうした例から分かるように、ケトルサワーは日本の伝統的な原料を使うことによって、新たな刺激的なビールの魅力を提示しているのは明かだ。

木樽熟成のファンの中には、ケトルサワーを「安っぽい代用品」や「はやっているが偽物」と見る人がいる。だがそれは明らかに、過剰反応だ。確かに、どんなケトルサワーによるビールも正統的なオードグーズほど複雑で素晴らしいわけではない。しかし、この広いクラフトビールの宇宙の中には、さまざまな興味深い副原料を用いて魅力が分かりやすくて飲みやすいサワービールにも居場所があることも、また確かである。

しかしながら、ケトルサワーの中には、そうした副原料を使うことによって、我々が普通ビールだと思うものと比べるとかなりカクテルじみてしまっている、と主張する人もいるだろう。サワーニューイングランドIPAや甘酸っぱいアイスクリームペールエールといった大胆な試みにも同じことが言える。濃厚な甘味をもたらすためによく乳糖が用いられるが、そのような組み合わせは、スカンジナビア半島と米国の一部地域で最近みられる傾向であり、普段ビールを飲まない人に訴求することを意図してつくられていると思われる。そうしたビールを2、3杯飲んだ後は、ピルスナーが飲んだほうがよいかもしれない。それはともかく、今はケトルサワーが近い将来どのような道をたどるのか見守ることにしよう。

All Beer Styles articles are written by Mark Meli, author of Craft Beer in Japan.


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