Nomcraft Brewing

(text by Julian Houseman; photos by Jason Adamson)


人生で起こる出来事の多くは、偶然の出会いによるものである。あなたが誰か見知らぬ人に会ったとき、その偶然の出会いによってあなたの未来がどのように左右されていくのかはわかりえない。アダム・バランがノムクラフト・ブルーイングの醸造長になるまでの道のりは、どう考えても、会うべき人が会うべき時に出会ったという絵に描いたような物語だといえる。

バランの物語は、イリノイ州のシカゴではじまる。コミュニケーション専攻で大学を卒業後すぐの2011年に、高校の授業で得た限られた日本語力のまま日本へ渡り、楽しく気楽に働ける英語教師の仕事に就いた。今までのところ、この物語はさほど目新しいものではないだろう。

バランはシカゴにいる兄を通して出合ったクラフトビールの熱烈なファンではあったが、当時はブルワーになるとも、ましてクラフトビール業界で働くということさえもまったく考えていなかった。しかし、気の合うクラフトビール愛好家で英語教師仲間のベン・エムリッチに出会ったときに、夢の種は撒かれた。二人はよく一緒に、大阪や関西地方のクラフトビアバーに通ったり、当時増えはじめていたクラフトビールのイベントに参加したりしていた。

数年後、二人は大好きなクラフトビールでビジネスをはじめられないかと考えるようになった。当初は、関西に自分たちのブルワリーを建てるという大きな目標を設定する前に、クラフトビアバーをはじめるというアイデアを思案した。これは、酔いが覚めたら一瞬で冷めてしまいそうなアイデアではあるが、バランとエムリッチは真剣に考えて計画を立てはじめた。そして、二人は英語教師の仕事を辞め、ビジネス戦略を練るために2017年にアメリカへと帰国した。

彼らが当初予定していた準備期間は2、3年だった。この期間に、自分たちのブルワリーを建てるための資金を調達し、醸造のスキルを磨き、日本帰還に必要な準備をするつもりだった。

バランはシセロン認定資格(ビールソムリエの認定資格)を取得し、シカゴにあるいくつかのタップルームで働いた。一方、エムリッチは故郷のオレゴン州ポートランドにある数多くのブルワリーのうちのいくつかで醸造経験を積みながら、自家醸造のスキルにも磨きをかけた。しかし、醸造技術を上達させることは一つの側面に過ぎず、醸造所の資金を調達することを本気で考えなければならなかった。

ここで、もう一つの運命的な出会いが実を結びはじめる。数年前、エムリッチは大阪の阪神百貨店で開催されたポートランドフェアに参加していた。その催しには、今日のポートランドを芸術や美食あふれる現代的な街として形づくってきたカフェやクラフトビール、クラフトフードなどのブースが出店されていた。エムリッチはその催事場を歩き回っていたときに、和歌山県にある有田川町のまちづくり団体のブースを偶然見かけた。森本真輔率いるこの団体は、ポートランドをモデルとして、地域経済の構築と人口減少の減速を図り、町外からの訪問者にも広く魅力が伝わるような独創的で洒落たまちづくりに取り組んでいた。このプロジェクトのスローガンは「Keep Aridagawa Weird(有田川を風変わりなままに)」だった。ポートランド出身のエムリッチは彼らとの雑談を楽しみ、名刺交換もおこなっていた。


その数年後、エムリッチはバランとブルワリーのための資金調達の方法を考えているときに、AGW(「AridaGawa Weird」の略称)の人たちとの出会いを思い出すこととなる。そして、クラフトビールブルワリーを開業するための補助金や助成金などの事業サポートについてなにか手がかりがないか尋ねることにした。

この例からわかるように、交換した名刺は大切に取っておいたほうがよさそうだ。バランとエムリッチが森本にメールを送ってすぐに返事が届いた。ちょうどそのころ、AGWチームはある保育所の跡地をどのように有効活用するのが得策かを考えているところで、森本と投資家の仲間たちは、その敷地をクラフトビールのタップルームに変えようと話し合っている矢先のことだったという。そこで、もしエムリッチとバランがビールを醸造しようとしているのであれば、和歌山に来て有田川を拠点とするブルワリーでクラフトビールを醸造することに興味はないだろうかと打診した。

それは二人が考えていた当初の計画とは異なるものだったが、金銭的な投資のリスクを背負うことなくブルワリーを運営できるというのは、非常に魅力的なものであった。そこから、メールとビデオ通話でやり取りをしながら話は急速に進展していった。そしてこのビデオ通話中のある人物との巡り合わせが、ノムクラフトのパズルの大切なひとピースとなることとなる。

その人物とは、当時クラフトビール愛好家になったばかりだったという愛知県出身の金子巧だ。彼は何年間もバックパッカーとして世界中を旅していた。そしてポートランド滞在中に、ちょうど同時期にポートランドを訪れていたAGWチームのメンバーと偶然出会った。AGWのプロジェクトに感銘を受けた金子は、その後有田川を訪問し、最終的には有田川に移住して、みかん採集場と森本の家具屋での仕事に就いた。金子の英語力はビデオ通話や話し合いでの細かい部分の翻訳や通訳に役立つため、プロジェクトの話し合いに参加することとなった。のちに彼はノムクラフトの一員となり、醸造やマーケティングを担当することとなる。

(Baran and Williams in the brewery)

さらにその後、イギリス出身のギャレス・ウィリアムズがちょうど良いタイミングでチームに加わることなる。有田川に長年にわたって居住していたウィリアムズは、彼の子どもたちがかつて通っていた保育所のゆくえが気になり、地方議会の会議に出席していた。そこでその跡地がブルワリーに変わるという計画があることを耳にし、好奇心がそそられた。彼はブルワリーの建設作業を手伝うこととなり、ブルワリーに欠かせない存在となる。結果、彼は地元の教育委員会の職を降り、ノムクラフト・ブルーイングの営業担当になった。


バランとエムリッチの当初2、3年を予定していた計画は18ヶ月に短縮され、日本を去ってから2年弱で再び来日し、2019年の春には有田川でビールをつくる準備が整っていた。

とくに公式なトレーニングを受けたわけでもなくブルワーになったばかりの二人にとって、経験豊富な醸造長不在で商業用の醸造に飛び込むのは、もちろん前途多難であった。醸造設備のほとんどは、岩手県にあるブルワリーから調達された。有田川に搬送する前に、金子は現地のブルワーの指導のもと、実際に機器を使って経験を積むことができた。バランは関西の醸造仲間からたくさんの支援とアドバイスをもらっていると語る。また、機械のトラブル解決や装置の操作方法に関しては、インターネット上に役に立つ情報が無限にあるという。
本当に厳しい試練のなか、ノムクラフトブランドとして最初にリリースされたビールは、樽詰めされ、大阪で開催されたCRAFT BEER LIVE 2019(関西クラフトビールまつり)でデビューを果たした。そのビールは高く評価され、良いスタートを切ることができた。

しかし、それは長くは続かなかった。新型コロナウイルス感染症のパンデミックという彼らにとって最初の大きな障害が立ちはだかったのだ。ノムクラフトは醸造を開始してからまだ1年も経っていないころだった。バランは、ほかのブルワリーと比べ、当時彼らがフル稼働で醸造をしていなかったことは不幸中の幸いだと語る。現在は月に10種のビールを醸造しているが、当時は4種ほどしか醸造していなかったため、生産量とスケジュールの極端な調整をせずにすんだどいう。しかし、ケグ中心の生産からボトル中心の生産に切り替える必要があった。

ノムクラフトに訪れたもう一つの大きな変化は、エムリッチが2022年の初頭にブルワリーを去ったことである。彼は兵庫県神戸市の新しい醸造プロジェクトを率いることとなった。エムリッチの円満退職後、バランは良き友人から学んだことを糧に、自信をもって醸造長の座に着くことができた。

最近は、バランはアシスタントブルワーである中村準也と、金子からの助けも時折借りながら、醸造の指揮をとっている。ホップがしっかりと利いたビールへの市場の飽くなき欲求を考慮し、ノムクラフトの3つの定番ビールのうちの2つはIPA(もう1つはゴールデンエール)で、彼らのタンクの大半をIPAが占めている。また、限定リリースでもIPAは多く登場する。しかし、ほかにも興味深いビールが豊富にある。ウメとショウガを使ったサワーエール「ウメジン」は、爽快なピリッとした口当たりが特徴的で、日曜日の昼間から飲むのに最適だ。商品のラインナップには、地元のミカンを使ったハードセルツァーもある。また、ブルワリーのある地域の特性を活かし、地元産のミカンやユズに加え、さまざまな季節の果物やぶどう山椒を使ったビールも数多く生み出されている。


有田川町は、大阪から車で約90分、和歌山駅からは約40分ほど南下した和歌山県の中北部に位置する。ブルワリーの周りは山々に囲まれ、静かで絵に描いたように美しく、ミカンやウメ、モモ、ブドウ、ブルーベリー、柑橘類などの果樹園でいっぱいだ。この地域に流れる有田川は、高野山を水源とし、有田川町を通って和歌山県と四国を隔てる紀伊水道に注ぐ。

果樹園と山々に囲まれたノムクラフト・ブルーイングが入居しているこの保育所の跡地は、クラフトビール以外のものも提供している。AGWは、27,000人の地元住民のための「まちのリビングルーム」をつくることをコンセプトにこの場所を開発した。リビングルームとは文字通りの意味ではなく、地元の人たちが集まってくつろげる場所という意味だ。立地は理想的だが、醸造所を収容する元保育所の建物は、一見すると少し不釣り合いに映るかもしれない。建物の外壁にはいまだにウサギや漫画のキャラクターなどの壁画が残っているのだ。しかし、保育園とビールの醸造所という異色の組み合わせは、実際に並んでいると親しみがあり、家族で楽しめる雰囲気を演出してくれている。

ブルワリーには、「ゴールデンリバー」というカフェ&ビアバーが隣接している。ここはノムクラフトの直営ではないが、共通の投資家のもとで運営されており、ノムクラフトの樽生ビールを中心に10種のビールがタップに繋がっている。そして傑出したハンバーガーなど、ドリンクに合う料理を提供している。この保育所跡には、そのほかにパン屋グランアヴニールとネイルサロンが入っており、2023年初頭には新たにゲストハウスも完成予定である。

週末は、地元の人たちに加え、南大阪から眺めのよいドライブを楽しみながらやってくる観光客たちでこのリビングルームはにぎわいをみせる。また平日には地元民、そしてサイクリングをする人たちがハンバーガーや焼きたてのパン、ブルワリーのビールを求めて続々と訪れる。

ノムクラフト・ブルーイングの雰囲気はかなりカジュアルでゆったりとしていて、バランのリラックスした気取らない振る舞いはその環境に馴染んでいる。彼は田舎でのライフスタイルを満喫しているようだ。海辺までは車でほんの10分で着き、周辺の山々にはたくさんの素晴らしいハイキングコースがある。ここでの暮らしぶりは彼のおおらかな気質に合っているといえよう。醸造に関していえば、34歳のバランは慢心することがまったくなく、知識を深めることに貪欲で、彼らの醸造工程について何でも快く共有してくれる。

しかし、バランと彼の投資家たちが精進するのを怠っているというわけではない。バランはブルワリーとして成長し、ノムクラフトの市場を広げようとしているという。その第一歩として、2023年にはビールを缶詰めするための機械が届く予定で、今後は日本国内のより多くの場所にノムクラフトのビールを提供できるようになる。

和歌山のブルワリーであるにも関わらず、バランは彼らのビールがタップで飲める場所は県内で2箇所しかないことを残念に思っており、新型コロナに対する措置が緩和された今、彼らは軌道修正することを狙っている。ビール生産量の約30%は東京に出荷され、そのほかは大阪と京都に発送されている。ノムクラフトのやることリストの中で優先順位が高いのは、地元でもっと彼らのビールを目にすることができるようにすることだ。彼らは、この有田川のリビングルームに対する地元住民の関心を引くために、寿司とビールのペアリングディナーや、キャンプファイヤー、そして夜のおでんイベントなど、多くのイベントを開催してきた。

クラフトビール業界において、より多くの人に魅力を伝え、愛着心をもってくれる顧客基盤を地元と日本中で確立することは、そう簡単ではないとバランは感じている。「人はあなたのビールを飲んで美味しいと思うかもしれないが、その人にあなたのビールを何度も何度も飲んでもらえるように愛着心を抱いてもらうには、なにかワクワクさせるようなものが必要です」とバランは話す。また、流行りが次々と変わる流動的な市場の動きに遅れを取らないよう少し躍起になっていると感じるという。しかし、バランの前向きな性格と熱意はその焦りに勝る。「ビールを飲むことは楽しく、ビールをつくることも楽しいです。私たちはただ今おこなっていることを楽しみ、そしてほかの人たちも楽しんでくれたらと思っています」と彼は話す。

もしノムクラフトの近くに住んでいないとしても、あなたの地元のクラフトビアバーで、ノムクラフトのビールが缶やタップで提供されていないかアンテナを張っていてほしい。彼らのビールは有田川という田舎のゆったりとした雰囲気だけを象徴しているのでなく、アダム・バランと彼のチームを今に導いた、たび重なる出会いとストーリーが背景にある。ノムクラフトの気取らず最高に美味しいビールは、ビールと真剣に向き合いながらも、楽しむことを忘れずに「有田川を風変わりにし続ける」人々によってつくられている。ありのままでいいのだ。


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