「ライオンに、トラに、クマ! どうしよう!」
ーオズの魔法使い
新型コロナウイルスに、インフレ(物価上昇)に、戦争に、さぁどうしよう……大変な時代だ。このコラムではこれまでに、小惑星の衝突危機や、ゾンビの襲撃、ロボットなどについて思いを巡らしてきたが、近ごろは、現実世界が一番災難でごった返している。今回も、世界中でなにが起こっているかみていくことにしよう。
まずは前向きなニュースから。パンデミックで2年連続中止となっていたオクトーバーフェストがミュンヘンで開催される見通しだ。このイベントのために600万人以上の人々がミュンヘンを訪れ、イベント全体で10億ユーロ以上もの収益をもたらす。イベント中のビールの消費量はなんと8000キロリットルほど。当然ながら、このコロナの時代に、これほどの数の人々が一堂に会することへの懸念はある。しかし、ミュンヘン市は規制を設けることへの法的根拠はないと判断し、一切の規制を敷かないという。ミュンヘン市長のディーター・ライターはまた同時に、隣国のウクライナ人が苦しんでいる中、ビールを飲んで大盛り上がりするのは好ましくないだろうと、自粛(自主規制)を求めるような言葉を述べている。もし秋に新型コロナウイルスの感染が拡大したら、イベントを中止する可能性はある。しかし今のところ、自己判断に任せられているという状況である。
ドイツの新聞『ビルト』によると、ドイツ醸造者連盟が5月半ば、ガラス瓶の不足が非常に緊迫した状況を生み出していると注意を呼びかけたという。ここ1年でガラスの値段はすでに80%も上がっているが、大型トラック運転手の不足が供給網へのさらなる混乱を引き起こしている。ガラス瓶は、まず大手メーカーに供給されるため、中小規模のブルワリーは必死に解決策を探しているところかもしれない。この問題に対して、実用的かつ常識的な解決策を提示させてもらおう。すべての家庭にビールを届けるための市営ビールパイプをつくればいい。ドイツの優秀な技術者なら十分に実現可能だ。実際にビールのパイプライン建設は前例がある。ドイツは以前、ヴァッケン・オープン・エア(ヘヴィメタルのフェスティバル)のために1キロメートルにおよぶビールのパイプラインを建設したのである。
いろいろなものが不足しているなかで、水不足は世界でもっとも差し迫った問題の一つになっている。そしてビールはたくさんの水を使う。この問題に対するシンガポールの解決策は尿を再利用するということだ。もし今これを読んでいるあなたがビールを飲んでいて、少しむせたとしたら、大変申し訳なく思う。しかしながら、最高に格好いい職業である宇宙飛行士は、再利用した尿を飲みながら、小惑星の衝突(映画『アルマゲドン』『ディープ・インパクト』参照)や、ゾンビの襲撃、いやもっといえば、宇宙人の襲撃(『エイリアン』『インデペンデンス・デイ』参照)や、ロボット(『2001年宇宙の旅』参照)から人類を守ってくれている。シンガポールのブリュワークズというブルワリーは、国家水道局と共同で、下水を再利用したシンガポール独自の水ブランド「ニューウォーター」を使って「ニューブリュー」と呼ばれるビールをリリースした。この事例以上に水の保全の重要性に関してあなたの注意を引き付けるものはあるだろうか。自家醸造家のみなさん、決してこれを家では試さないでもらいたい。
ウクライナでの戦争は、ビール業界を含め、多くの業界に波紋を広げている。前号で取り上げたように、ベルギーに本拠地を置く世界最大ブルワリーのアンハイザー・ブッシュ・インベヴ社は、侵攻によってウクライナ施設の閉鎖を余儀なくされたことを受け、ウクライナビール「チェルニーヒウスカ」の生産を支援している。そしてすべての利益は人道支援に充てられている。また同社は5月初旬、ベルギーのルーヴェンにある醸造拠点で開催されたイベントで、チェルニーヒウスカの缶ビールを提供したが、そこにはウクライナの大使も同席していた。同銘柄は間もなく欧州諸国と米国で販売が開始される予定だ。ビールは、結束を深めるための良い手段ではないだろうか。
フィンランドもこの動きに加わろうとしている。NATO(北大西洋条約機構)への加盟申請に加え、フィンランド国内のロシア国境近くにあるオラフ醸造所は、その動きを記念するビールを発売した。5月20日付の『ワシントンポスト』の記事によると、その記念ビールは大変人気で、人々がはるばる遠方から車でやって来るほどだと、同ブルワリーの最高経営責任者は話している。その高い評判は、ウクライナでの戦争による、NATO加盟に対する国民感情の変化を反映しているのかもしれない。スウェーデンもこれに続くのだろうか?
米国では、国内唯一の正式なトラピストビール醸造所であるスペンサーブルワリーが、閉業することをつい先日発表した。これによって、世界に現存するトラストビール醸造所はオルヴァルやロシュフォールといった伝説的ブルワリーを含む残り10社となる。マサチューセッツ州スペンサーにあるセントジョゼフ修道院の修道士たちは、彼らのフェイスブックページ上で「ビール醸造は私たちにとって存続可能なビジネスではない」とのメッセージを投稿し、2013年に始まった彼らの運営は幕を閉じることとなった。米国には9000以上ものブルワリーがあるが、国民はスペンサーブルワリーを支援することだってできたはずだ! 小惑星の衝突(またはゾンビ、あるいはロボットの襲撃)が起こった際、あなたの魂を救うと同時に、生涯最後のビールを注ぐことのできるブルワリーがほかにあるだろうか?
もう一つ悲劇的な米国ビール業界のニュースとしては、40年近く営業していたサンフランシスコ・ベイエリアの「バッファロー・ビルズ」が6月初旬に廃業したことだ。ここは継続的に運営していたブリューパブとしては米国内でもっとも古い店の一つであり、植民地時代に初めて醸造されたパンプキンエール(詳しくは前号のビール史の特集記事を参照)を1986年に復刻したことで米国クラフトビール業界では広く知られていた。同社オーナーは、パンデミック中に州で義務付けられた休業措置による負債や、ひっ迫した労働市場、コスト高騰の組み合わせが原因だと言及した。しかしながら、彼らの遺産であるパンプキンエールは存続する。今では、全米各地の数百、または数千のブルワリーが毎年秋にこのスタイルのビールを醸造しているのだ。
ミシガン州は、日本ではなじみのあるセルフサービスのビールサーバーと「スイムアップ・バー」を可能にするために、アルコールに関する法規制を緩和しているところである。スイムアップ・バーとは、プールの中にいながらにしてプールサイドのバーで飲み物を注文できるというもの。このタイプのバーは、ホテルやリゾート、ウォーターパークに設置されていることがあるが、ラスベガスのような太陽の降り注ぐパーティー都市で非常に人気がある。タップルームにプールを設置するのもいいかもしれない。
英国のパブの店主はビールの価格に驚きを隠せないでいる(最近は皆が感じていることかもしれないが)。複数の報道機関の報道によると、ロンドンでは1パイントの価格が8ポンド(6月初旬の発表で約1,350円)にまで迫ってきている店もあるという。しかしながら、『ガーディアン』紙は、長きにわたって物価調査を行っているCGA社によると、パイントの平均価格は4ポンドをやや下回っていると報道した。もしそれが平均価格なのであれば、それよりもさらに安い場所がたくさんあるということだ。イングランドよ、冷静になろう。そして飲み続けよう。
ビールの大量生産は英国、米国、そしてその他の欧州諸国で起こった近代の産業革命をきっかけとして始まったと考えるのが妥当だろう。しかし、古代史学者たちは異なる見解をもっている。エジプト人は、ピラミッド建設の労働者に栄養分や水分を補給するために、ビールを大量につくっていた。また、米国と中国からの研究チームが4月に発表した報告書によると、中国は紀元前4000年にビールの大量生産に近いものをおこなっていたという。チームのメンバーにはスタンフォード大学のリ・リュー教授とダートマス大学のジアジン・ワン教授がいるが、彼女たちの過去の研究は以前も本誌で取り上げている。考古学と人類学に関する科学雑誌『Archaeological and Anthropological Sciences』に掲載された彼女たちの研究報告によると、大陸にいた新石器時代の人々は赤米ビールを醸造していたが、グループ内で情報と技術の共有がされたことで飛躍的に醸造における進歩を遂げた。その結果、ビールは大規模な社交の場で楽しまれるようになり、それが中国の古代文明の発展に寄与したという。
読者の皆には、ビールによって可能になることを考えてみてほしい。文明の発展、ピラミッドの建設、軍事同盟への感謝、神との出会い、尿の再利用など。 さぁ飲んで、粋な人生を送ろうではないか。
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