「ここは混乱続きでまったく落ち着かない」
―ボブ・ディランの楽曲「見張塔からずっと」より
キミは、混乱して落ち着かないと感じたことはあっただろうか。例えばこの世界をもう理解できないと感じたことは? ビールは混乱を増幅させるのか、あるいは混乱から解放してくれるのか、我々にはよく分からない。ビールの世界自体、混乱しているように思えることもある。世界にはじつに変わった才能の持ち主がいるが、彼らの奇抜なアイデアや行動は、単に時代を先取りしているだけだったりする。ただ単に風変わりなだけ、という場合もあるが。世界中から聞こえてくるニュースや声を注意深く聞いて、ホンモノを選別しよう。
いつものようにまずは、ビールが人気の地域の中でもっとも風変わりな場所、米国を見てみよう。ウィスコンシン州ミルウォーキーのデジタルメディア会社、オンミルウォーキーは今年6月、ウィスコンシン州にある5つのクラフトブルワリーが醸造したビール、「ソーセージ・シリーズ」について取り上げた。このシリーズのビールには、ペアリングするソーセージにちなんで名前が付けられている。チョリソ(メキシカンラガー)、ホットドッグ(アメリカンラガー)、ブラートヴルスト(ケルシュ風エール)、イタリアン(イタリアンピルスナー)、ポーリッシュ(グロジスキー。ポーランドのグロジスクという町でつくられるスモークウィートエール)、といった具合。これらのビールには何一つ風変わりなところや混乱を招くようなところがあるわけではなく、じつに素晴らしい出来だ。この企画を考え付いた1840ブルーイングは5種のビールの詰め合わせに加え、ペアリング用の調理済みソーセージ5種のセットも発売した。似たようなことを日本でやるとしたら? 全国各地のご当地色が出た5種類のビールに合わせたラーメン5種セットだろうか。
マリファナビールに合うフードは何だろう。ラーメンだろうか。本誌でも何度か取り上げたように、マリファナビールは実際にある。嗜好用のマリファナは、米国の多くの州とカナダでは合法だ。マリファナは非常に大きなビジネスとなっており、マリファナ飲料は、マリファナ入りチョコレートやグミなどと同様、さまざまあるマリファナ商品の一つに過ぎない。ところが米国の連邦法と施行規則により、マリファナを漬け込んだアルコール飲料の販売が禁止されたため、飲料メーカーはマリファナの化合物入りの発泡性飲料や、ノンアルコールビールをつくっている。このカテゴリーの急成長を見込んだ米国のブルワーズアソシエーションは、ビール関係の多くの出版物の一つとして、「大麻を使った醸造法:THCとCBDの使用法」という本を発売した。筆者はほかならぬキース・ヴィラ。ブルームーンの創業者である。ヴィラは数年前にブルームーンを退職し、コロラド州で大麻ビール会社を立ち上げている。
ヴィラはこのカテゴリーにおける唯一の有名ブルワーというわけではない。オスカーブルースの創業者であるデール・カテキスもその中の一人だ。オスカーブルースは、アメリカでもっとも成功した大手クラフトブルワリーの一つであり、先駆的な「デールズ・ペールエール」のメーカーである。さらに、同ブルワリーが他社に先駆けてクラフトビール界に缶を導入したのはビール通のあいだでは有名な話だ。今でこそ缶のクラフトビールは当たり前になっているが、20年前は画期的とされた。カテキスは最近、同じくコロラド州に本拠地を置くヴェリタス・ファイン・カンナビス社に出資し、同社で指導者的役割も果たしている。
ハードセルツァーの製造に手を出したクラフトブルワリーは多いが、もし米国連邦政府がマリファナ飲料を合法とすれば(多くの有力政治家も賛同している)、マリファナ飲料の地位は確固たるものになるだろう。そうなれば、シエラネバダなどの超有名ブルワリーも参入してくるだろうか。シエラネバダがマリファナが浸透しているエリア(チコ周辺や北カリフォルニア全体にたくさんのマリファナ農場がある)にあることを考えれば、同社の参入は時間の問題だろう。落ち着かない? もうしばらくの辛抱だ。
米国でマリファナには手を出さずにビールだけにしておくなら、ビールを楽しむためにはどの都市がいいかを調べた研究に興味がある。そんなデータが不動産情報調査会社Cleverによってまとめられている。この会社はブルワリーの密集度、ブルワリーごとのビアスタイルなど、いくつかの項目について調査をおこなっているのだが、その調査結果は意外なものだった。ビールで有名なはずのいくつかの都市が上位5位以内にも入らなかったからである。特にオレゴン州ポートランド、コロラド州デンバーなどだ。1位だった都市はアンカー・ブルーイング・カンパニーの本拠地、サンフランシスコ。同社の調査ではベイエリア周辺地域もサンフランシスコに含めたらしいので、ランク付けの信ぴょう性は高い。ジャパンビアタイムスの米国オフィスはベイエリアにあり、このエリアがどれほどビールに恵まれているかについては我々が一番身をもって知っているからだ。2位以下は、インディアナポリス(これも意外だったが、同市のビールの多様性は確かに素晴らしい)、シカゴ、フィラデルフィア、ロサンゼルスと続く。日本の都市をランク付けするならどんな順位になるだろう?(お店の紙ナプキンにでもざっと書いて、@JapanBeerTimesにツイートをお願いします)
良いニュースはある種の安心感をもたらしてくれる。心温まる話をいくつか紹介しよう。伝説のグランジバンド、パール・ジャムは最近、コロナ禍で苦境に立たされたり、ホームレス状態になった人々を支援する団体に寄付するため、2018年の未公開ライブ映像をストリーミング配信した。また彼らはモンタナ州ミズーラ市(上記ライブの開催地)にあるケトルハウス・ブルーイング・カンパニーとコラボし、ビールをつくった。売上の一部は、「へき地や孤立地域に住む若者のためのスケートボード場」をつくるための非営利団体の支援に充てられる。つまり、パール・ジャムは慈善事業をダブルでおこなっている。今回のビールは残念ながらダブルIPAではなくペールエールだったが、いずれにしても地域社会へのこのような援助はありがたい。パール・ジャムのビールをたくさん飲んで応援しよう!
悪いニュースにはうんざりする。火事で酒蔵が焼失したり、大きな被害を受けたという話は、日本の読者もおそらく何度か聞いたことがあるだろう。酒蔵は古い建物が多く、たいてい木造で火事の被害を受けやすい。欧州のビール醸造所も、近代化される以前の古い建物の時代には、火事に見舞われることが珍しくなかった。ベルギーのグリムベルゲン修道院ブルワリーは1128年の創建以来、社会が不安定になった時代や革命が勃発した際に何度か火事になった。修道院の教会の建物は直近の火事(フランス革命時、約200年前)でも難を逃れたが、ブルワリーは焼失し、最近まで再建されることはなかった。しかし、デンマークの多国籍企業、カールズバーグの支援により、グリムベルゲン修道院ブルワリーは元のブルワリーが建っていた場所の近くに復活を果たした。ビールのラベルには、灰の中から飛び立つ不死鳥が象徴的に描かれている。
デンマークのお隣、オランダの多国籍企業であるハイネケンは最近、新開発の配達ロボット「エスキー」をアメリカ市場に導入すると発表した。本誌第42号の本コラムで、配達ロボットによるビール配達の可能性について取り上げたが、そのときよりも現実味を帯びてきているようだ。しかし今回発表されたロボットはむしろ、「ペットとクーラーのハイブリッド」というべきものだ。人の動きを感知するセンサーを備え、ペットの犬のように主人の後ろをついて回り、「ノドが渇いた?」と聞いてくる。この新開発ロボットには冷えたビールが入った冷却器が付いている。ビール以外にもさまざまなものを冷却器に入れられることを考えると、このロボットが持つ素晴らしい活用法が見えてくるが、我々としては樽詰めビールの配達ロボットが欲しい。ロボットの後部にはジャパン・ビア・タイムスを入れられる袋付きで。本誌では郵便配達ロボットの登場は必然的だと実際に考えており、実現したらとても役立つことだろう。
南極大陸で活動するオーストラリア人科学者もまったく心が落ち着かない。ビールの供給が制限されるからだ。南極大陸で一年中研究を行う研究所を4か所持っているオーストラリア南極大陸局は、研究所内で自家醸造をおこなうことを禁止すると発表した。研究所での自家醸造は、ビールを含む飲食物を運搬することが今よりもはるかに困難だった時代にはじまったもの。自家醸造の禁止に加え、ビール研究員が持ち込み、飲める量も半分程度(1週間あたり10杯まで)に制限された。となると、我々の『南極大陸・ビア・タイムズ』創刊計画もおじゃんということか……
科学者たちは当然、ビールを楽しんでしかるべきだ。特にビールの進化、品質(衛生面、酵母の管理、ホップの品種改良など)の向上における彼らの功績を思えば、当然ビールを楽しんでも良いはずだ。『サイエンティフィック・アメリカン』誌は最近、ビールメーカーと科学者たちが協力し、二酸化炭素排出量を減らす画期的な方法を研究しているという記事を掲載した。もちろんこの業界においては、二酸化炭素を減らす取り組み自体は新しいことではなく、本誌第29号でも大きく取り上げたし、本コラムでもしばしば取り上げている。しかし今回、彼らは粉末ビールを使うことで、運搬時の荷重を減らす提案をしているのだ。粉ミルクからミルクをつくるように、粉末ビールに水を足すだけでビールができる。コロラドに本拠地を置くサステイナブル・ビバレッジ・テクノロジー(SBT)は、このアイデアを実現するBrewVoというプロトタイプのマシンを制作した。また、最先端の研究をおこなうマサチューセッツ工科大学も、アルファ・ラバル社と協力し、ビール、ワイン、シードル向けに同じアイデアを使ったマシンを開発している。濃縮された粉製品が到着したら、いわば「再醸造」をおこなう必要があるが、SBT社とアルファ・ラバル社は再醸造のためのタップシステムを販売しており、それぞれ特許を取っている。これらのシステムにより、ビール粉に水と炭酸が加えられる。コーヒーメーカーでコーヒーを淹れるようにビールをつくるのだ。しかしこれは美味しいのだろうか? ノンアルコール粉末ビールに関するデータならある。コロラド州のデシューツ社がオーストラリア・ビア・アワードにアイリッシュスタイルのDarkで参加し、銅賞を受賞しているのだ。アルコールビールならどうなるのか、気になるところだ。発泡錠剤薬みたいなものを水に溶かしただけでビールの出来上がり。そんな時代がついに来るのかい? ボブ・ディランの歌詞に出てくる道化師なら泥棒にそう聞くだろう。
混乱を回避しよう、同志たちよ。シンプルな生活を送ろう。そしてビールを楽しもう。また次回。
最後はボブ・ディランの歌詞で締めくくろう。
「人生はただのジョークに過ぎないと思ってる奴ばかりだ。しかし俺とお前はもうそんな考えは卒業した。これは俺たちの宿命じゃない……」
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