Beer Roundup (Fall 2020)


生命とは、秩序ある薄い膜によって抑え込まれているカオスだ。それにならって、このコラムも「意義のあること」と「ばかげたこと」間にあるきわどい境界をテーマに進めて行こうと思う。簡単なことではないが、ビールの世界の住人とってはなじみのあることかもしれない。

かなり前から、ブルワーはマーケティング目的でビールに不思議なものを入れるようになった。いいではないか。結果として、いつでもニュースの見出しを飾ってこれたのだ。しかし消費者はそういうビールにも次第に慣れてきて、この手法は注目を集めるための仕掛け(ギミック)の山に埋もれてしまった。それでも、ときには人々の気持ちをうまく捉えるビールが出てくる。マーケティング的仕掛けがばからしいほどまん延している米国で、最近話題となったのがテキサス州のブルワリー、マーティンハウスブルーイングカンパニーだ。彼らはバッファローウィングソースのサワービール「バッファロー・ワングス」(ワングスはテキサス州のなまりで”ウィングス”を発音した表記)をリリースした。そう、サワービールだが、醸造過程でバッファローウィングのソースが加えられている。この場合、「意義のあること」と「ばかげたこと」、どちらに分類されるだろうか? もし美味しかった場合はどうだろう?

普通、好きな食べ物はビールの中に入れるのではなく、ビールに合わせて楽しみたいもの。プレッツェルとビールのように。今年のオクトーバーフェストが中止になって落ち込んでいる人に朗報だ。2つの企業が手を組んで、ビールとプレッツェルのセットを提供することになった。米国ペンシルバニア州に本社を置く国際的なプレッツェルメーカー、スナイダーズと、ニューヨーク州のキャプテンローレンスブルーイングカンパニーが協力して「プレッツェルケグ」を発売した。この装置にはブルワリーのオクトーバーフェストメルツェン(プレッツェルのような麦芽の特徴が出たラガー)の5リットル樽の上に、27オンス(約800グラム弱)のプレッツェルスティックがついてくる。価格は50米国ドル弱で販売されたが、新幹線に乗るときにこれがあれば最高だ。日本版はどうなるだろう? 柿ピーと辛口ラガーの樽? この樽のアイデアはばかげてはいない。完璧だ。

そしてこの「ペアリング」も珍しい。米国のモンタナ州にある2つのバーでは、インフルエンザワクチン接種率向上のため、ワクチンを打つと1杯ビールが無料になるキャンペーンをおこなった。地元紙『ミズーリアン』によると、「クランキーサムパブリックハウス」が他店からアイデアを得て、先日「ゲット・ア・ブルー、ナット・ザ・フル」(インフルじゃなくてビールをゲットしよう)というイベントを開催した。正規の薬剤師が200回分を用意し、ワクチンを接種した人にはビール1杯が無料になるクーポン券を配った。今年の冬は新型コロナウイルスとインフルエンザの同時流行が懸念されることから、このような試みはとても有益だ。新型コロナウイルスのワクチンが発売されたら、ブルワーはこのようなイベントのために醸造量を増やさなければいけないかもしれない。意義深い? 非常に意義深い。

このコラムを読んでくれている読者なら、純粋に良い意図しかなかったとしても、ブランディングを失敗するケースがあることはご存知だろう。複数のメディアが報じたように、今年の夏、ニュージーランドの母国語の一つに認定されているマオリ語で「陰毛」を表す名前のビールが登場した。カナダのブルワリー、ヘルズ・ベースメントは「フルフル」という言葉がマオリ語で「羽」を意味すると信じてこの言葉を選んだ。このビールにはニュージーランドのホップが使われ、ボディは軽めだそう。ニュージーランドにある多くの企業もマオリ語を商品名に使用するが、事前にマオリ語を話す人たちに確認する。中には確認しないで、このようなミスを犯すこともある。マオリ語で「ばかばかしい」とはどう言うのだろう?

もっと健全な話をしよう......新型コロナウイルスの深刻度は国によって違うが、このような危機的状況にあるときは、たいてい市民や民間企業が社会を手助けするべく立ち上がる。南アフリカ政府は、各国と比べても厳しい制限を課し、その一環で3月26日から酒類の販売が禁止された。6月1日からは、決められた時間内で持ち帰りのみの販売が認められたが、再び6月中旬から8月中旬まで禁止となった。英国のシンプソンズモルト社がウェブ上で公表していたが、同社の顧客であるウッドストックブルワリーが、コロナ禍で経済的打撃を受けた人々を支援するためスープキッチンを始めたそうだ。南アフリカでは、コロナ禍以前でも国民のおよそ3分の1が失業していた。ウッドストックは醸造設備を活用して、栄養のあるスープをつくることにしたのだ。食品メーカーもこの動きに触発され、スープの材料やパンを寄付した。業務部長のマーク・モーアによると、8月中旬までに提供した食事は240万食。ウッドストックのスタッフを手伝うために多くのボランティアも参加した。このプロジェクトは「マザー・スープ・プロジェクト」と名付けられ、オンラインでも寄付を受け付けている。このことすべてが、ばかばかしいほどに素晴らしい。

良いニュースを続けよう。米国オレゴン州には、人的要因による山火事を防ぐことを目的とする「キープ・オレゴン・グリーン」という団体がある。知っている人も多いと思うが、今年、米国西海岸では山火事によって甚大な被害がもたらされた。山火事発生の原因は、雷などの自然現象や、気候変動によって乾燥が進み気温が高くなったことも挙げられるが、不運にも人が原因で壊滅的な火事が起こる場合も多い。ポートランドのブルワリー、ベアリックは10月に「キープ・オレゴン・グリーンIPA」をリリース。その収益は100%山火事の復旧支援のために寄付される。うち80%は「オレゴンズ2020・コミュニティ・リビルディング・ファンド」、残りの20%は「キープ・オレゴン・グリーン」に寄付される予定だ。このビールに使用する麦芽からホップにいたるまで、すべての原料はオレゴン州内でつくられている。オレゴン州では酒類禁止の制限は敷かれないだろう。

場所にもよるが、この状況で店を出すのはばかげているように思える。しかしソーシャルディスタンス(社会的距離)、衛生管理の徹底など感染防止に努めていれば、前に進むこともできる、いや進むべきだ。ブリュードッグが、英国(スコットランド)のアバディーンシャーにある本社の敷地内に新しい施設をオープンしたのには、そういう考えがあったからかもしれない。美しいこの新しい施設には、2階建てのタップルーム、ビール博物館と屋外ビアガーデンが備わっていて、タップルーム内にはショップ、シャッフルボード台とリビングルームのようなスペースがある。メニューには「オレオ揚げ」もあり、若干気になっているところだ。

さて、日出ずる国(明日も日が出ることを願って......2020年はなにが起こるかわからない)に話を戻そう。日本では特になにもないが、それはいいことなのだろう。人々の生活は通常に戻りつつある(「通常」の意味は変わってしまったかもしれないが)。一つ目立ったニュースとして、コエドビールが渋谷区観光協会と共同でご当地ビール「渋生」を発売した。日本国内でも突出して多様な人々が行き交う渋谷にふさわしく、酵母はエール酵母、ワイン酵母と清酒酵母の3種類が使用されている。日本各地の区や市もご当地ビールをつくるべきだ。ばかばかしく、そして素晴らしい。ただし、味が美味しいことが前提となるが。

皆、ばかげたことからは距離を置いて、健康、幸せ、そしてビールの3つの意義あることを追い求めよう。これらは、きちんと管理すれば共存可能だ。

This article was published in Japan Beer Times # () and is among the limited content available online. Order your copy through our online shop or download the digital version from the iTunes store to access the full contents of this issue.