「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」。日本文学を学ぶ多くの、もとい、すべての学生が覚えなくてはならなかったであろうこの文章は、1212年に鴨長明が書いた『方丈記』の有名な書き出しだ。作品の中で、長明は「濁悪の世にしも生れあひて、かゝる心うきわざをなむ見侍りし(訳注:汚れや罪悪の世にも生まれ合わせて、このように情けない有り様を見たことでした)」と記している。それから800年経ち、このコラムを執筆するために新しい記事を探していると、現代においてもこの一節が当てはまるように思える。当時から何か変わっただろうか? まぁ、少なくとも今はビールがある。
そしてビールを買うだけのお金があることを願う。8月に配信されたブルームバーグの記事によると、スペインのブルワリーの売上が落ちているという。ブレグジットと英ポンドの下落が原因の一部として挙げられている。スペイン経済は観光収入に大きく依存しており、同国は英国の観光客にとって一番人気の観光地だ(2018年は1850万人)。それと同時に、観光客によるビールの消費は全体の25%を占めている。ビール好きの観光客が、格安で行ける国に行先を変更する(または旅行自体をしなくなる)ようになったなら、用心したほうがいい。観光産業が経済にもたらす影響が年々増している日本でも、各業界関係者は注視しておくべきだろう。
「濁悪の世」の兆しとは何だろう? 保守(右派)かリベラル(左派)かに関係なく、政治的過激主義だと言う人もいるだろう。近頃、二人の経済学者が過激な社会主義について調査をした。それもビールの視点から。ロバート・ローソンとベンジャミン・パウエル共著『Socialism Sucks: Two Economists Drink Their Way Through the Unfree World』(訳:社会主義はつまらない!二人の経済学者、自由なき国へ飲みにゆく)では、キューバ、北朝鮮とベネズエラを旅したときのことを詳述している。それぞれの国のビールの状態が、政治システムの欠陥を反映しているかについて論じているのだ。彼らが出した結論の一つは、社会主義、少なくともこれらの国で敷かれている政治体制は、品質と多様性を追求する意欲(そして手段も)を削ぐものだということだ。また、彼らは社会主義国と見なされているほかの国も取り上げ、そこではビールの現状がはるかに良い理由についても説明している(例えばIPAが好まれているスウェーデンでは市場志向型だ)。
北朝鮮はどうだったか? ビールがとにかくまずい。そんなビールは誰も密輸しようとしないと思うだろうが、誰かがまさにそれをしていた。昨年、日本に住んでいた十代の中国人が、ネットオークションで売るつもりで瓶ビールを1本持ち込んだ。もともとは中国で購入した(200円ほどで入手可能)のだが、この「起業家」にとっては残念なことに、日本では2009年以降、経済制裁の一環として北朝鮮からの輸入は禁止されている。福岡県警によると、彼は以前瓶ビール1本を16,000円で売却しており、県警の知るところになっていた。しかし、より重い罪は、日本ではすでに素晴らしいビールがたくさんつくられていたというのに、まずいビールにそれだけのお金を払って誰かが買ったという事実だろう。この濁悪の世に加担しないでくれ!
ほかの犯罪ニュースといえば、トム・ハンクス(そう、あのトム・ハンクス)が、妻が出演していたステージコーチというカントリーミュージックの祭典でビールを提供されなかったそうだ。62歳のハンクスは身分証明書を提示しておらず、年齢確認を行っていなかったため、スタッフが提供を拒んだというのだ。ハンクスは、「トイストーリー4」のプレミアのチケットを用意するとまで言ったと明かした。最終的に管理者がやってきて、成人を示すリストバンドを渡したことで、ようやくビールを一気飲み(彼の言葉だ)することができたそうだ。あのトム・ハンクスがビールを提供されないとは、濁悪の世そのものではないか。
さて、啓蒙か退廃の兆しかはわからないが、オーストラリアの有名ブルワリー、ビクトリアビター(VB)がビール風味のお茶を発売した。この商品には紅茶の茶葉とスーパープライドホップ(オーストラリアの品種で、α酸が多く含まれ主に苦味を出すのに使われるホップ)が使用されている。どんなときに飲むか? 英国で開催されているクリケットのトーナメント「ジ・アッシズ(アッシュ杯。英豪代表チームで行われる)」を観るときだ。VBは、試合を観るために早朝に起きる人が多いことを見越し、日の出前ならビールよりお茶が飲みたいだろうと考えた。ライバルである英国への当て付けの意味もあり、イングリッシュ・ブレックファスト(英国の紅茶)以外の選択肢も提供したかったようだ。
飲料のハイブリッド化をさらに推し進めるように、マレーシアのビア・ファクトリー社が「ボバ(タピオカ)・ビア・シリーズ」をリリースした。この限定シリーズの4つの中の1つは、「バタービール」と呼ばれ、キリンの一番搾りが使われている。通常、ビールから感じられるバターのような味はダイアセチルによるもので、一般的には好ましくないとされている(特にラガーでは)。しかし、 このような実験的なビールなら、一度は試してみたくなる。個人的には、それなりのエールにホップ味のタピオカを入れれば美味しいタピオカ飲料になると思う。
最後に、濁悪の世でも捨てたものではないと、希望が持てるニュースをお届けしよう。二人の有力者が集まったのだ……ビールを片手に。今年の夏、米国の前大統領バラク・オバマと、その友人であるカナダのジャスティン・トルドー首相がオタワのブルーパブ「ビッグ・リグ・ブルワリー」に立ち寄った。二人はただ雑談に興じていたようだ(雑談にはもってこいの場所だ)。報道によると、トルドーはアルファボムIPA、オバマはカナディアン・アンバー(原材料がカナダ産100%なのでそう名付けられた)を飲んだそうだ。親しみが持てる世界のリーダー二人に乾杯だ!
ゆくビールの流れは絶えずして、途切れることがありませんように!
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