(Italian grape ales at Oenobeers Liberati; photos care of the brewery)
ビールはワインの対極にあると考える人が多い。ワインは食事に合う上品な飲み物で、ビールは労働者が飲むものだと捉えられているのだ。男性はビール、女性はワインといったイメージも根強く残っている。ワインとオリーブオイルは南のラテン系に対し、ビールとバターは北のドイツ系という見方もある。どの飲み物を選ぶかが、社会経済、性別や民族問題にまで広がると言っても過言ではない。
昔からそうだったわけではない。そして現代でもそうである必要はない。2700年前に建造された、ミダース王のものとも言われている古墳がトルコの中央部で発掘され、この中に麦芽、ブドウとはちみつを発酵させた飲料の痕跡が残っていた。米国のドッグフィッシュヘッドブリュワリーはこの飲み物を再現し、「ミダスタッチ」と名付けた。また、バイエルン地方やチェコ共和国のビールづくりが盛んな地域でもワイン用のぶどうが栽培され、高品質なワインもつくられている。そしてスペインで一人当たりの消費量が最も多いアルコール飲料は、スペインを代表するリオハワインではなくビールで、その差は倍以上だ。米国や日本などのワイン通が多くいる国でも、パブでパイントで飲むよりも、上質な食事と楽しんだり、食前酒として飲むのにふさわしい、複雑な味わいを持つ品質の高い洗練されたビールが広まっていくにつれて、既成概念が覆されている。
ミダスタッチのような古代の飲み物を再現したもの以外にも、ブドウを使ったクラフトビールは以前から度々つくられてきた。カンティヨン醸造所(ベルギー)の「ヴィネロン」や「サン・ランヴィナス」を味わったことがあるだろうか? いずれも、ブドウを浸潤し熟成させたランビックだ。ファイアストンウォーカー、カスケードやジェスターキングなど、米国の革新的なブルワリーがつくったブドウを使用したサワービールなら飲んだことがあるかもしれない。
イタリアでは、サワービールを熟成するときにブドウジュースや果物を加えるよりも、発酵工程で丸のままのブドウを加えるという動きが広がっている。ワイン用のブドウ、もしくは果醪(訳注:かもろみ。ブドウ果汁、果皮、果肉、種子の混合物)を使用して、ビールよりワインに近い特徴を持たせている。これらのビールは「イタリアン・グレープ・エール(IGA)」や「オイノビール」と呼ばれ、その影響はイタリアの国境を越えて世界中に広がっている。
初期のIGAは木樽熟成のサワービールと、サワービール以外のものが含まれていた。それらのビールを思い浮かべると、投入されたブドウ由来の野生酵母でオーク樽で自然発酵された「ビアベラ」と、ブドウの果醪とビール酵母でスチール樽で熟成された「デュヴァビア」を生み出したローベルビアが真っ先に頭に浮かんだ。そのほかにパイオニアとして名高いのは、サルデーニャ島のベリフィーチョ・バーレイがあり、同ブルワリーのサワービールではないビールに、さまざまな品種のブドウの果醪(生または加熱したもの)が使用されている。ほかの多くのイタリアのクラフトブルワーも同じようなIGAをつくっている。
これらのビールがイタリアのクラフトビアシーンに及ぼした多大な影響を与えていることから、ビアジャッジ認定プログラム(BJCP)は、今や公式な新しいスタイルのビールにイタリアングレープエールを追加することを提言している。そのスタイルの定義は、「ブドウまたはブドウの果醪(使用前に高温で加熱されたものを含む)が、煮沸、一次/二次発酵、または熟成の工程で使用されたもの」と定められている。BJCPのスタイルガイドには、「全体的な印象」は、時にスッキリ、時に複雑なイタリアンエールで、さまざまな種類のブドウによって特徴付けられる、とある。さらに、多様性を持つことができる。主要なポイントとして、ブドウ特有のアロマが顕著に現れる必要があるが、他のアロマを圧倒してはならない、とある。
日本のクラフトビアシーンにも多くの友人を持つアレックス・リベラティは、おそらく世界初のオイノビール専門ブルワリー、オイノビアズ・リベラティを創設するべく、先日ローマからコロラド州デンバーに居を移した。リベラティは米国、イタリアなどをはじめとする産地からワイン用のブドウを調達し、多様な素晴らしいビールをつくっている。最も際立っていたのは「オキシモンストラム」だ。このビールには酸化させたイタリアのネッビオーロ種とバルベラ種のブドウが使われていて、ふくよかでポートワインのような味わいを持つアルコール度数17.5%のバーレイワインに仕上がっている。「フローレ」は、マルベック種のブドウを49%使用したニューイングランドオイノIIPA(アルコール度数13%)で、その果実味あふれるホップの利いた複雑な味わいは、どのミルクシェイクIPAもかなわないほどだ。そして「ソニドーロ」はアルコール度数が強めのベルジャンゴールデンエールで、米国産のゲヴュルツトラミネール種とマルサンヌ種が使われ、その出来は、ハチミツ、イチゴとブドウの香りを漂わせる、ホップの特徴が出た熟成トリペルのような味わいだ。リベラティはありがちな小細工なしで、グレープエールの新境地を開いている。彼のつくるビールは上品で洗練されていて、彼の素晴らしいイタリア料理にとても合う。
IGAは日本ではまだあまり知られていない。このスタイルに完全に合致したビールは、箕面ビールの「オヤマダベリーズ」だけかもしれない。この黄金色のビールは、勝沼のワイナリー、ドメーヌ・オヤマダから仕入れたワイン用のブドウ2品種を発酵槽に入れ、ブドウの果皮につく野生酵母のみで発酵させたビールだ。ブドウの味とモトゥエカホップ由来の柑橘の香りは、豊かな麦芽と絶妙なバランスを保っている。オヤマダベリーズは、今秋再度販売される予定だ。ほかにも、ほぼこのスタイルに当てはまるビールはいくつかある。ワイマーケットブルーイングは以前、井筒ワインの新鮮な果汁を使用したグレープエールを2種類つくっている。「イヅツグレープフィールド」は煮沸後の麦汁にナイアガラ種の果汁を投入していて、もう一つの「ヤシオリIPA」はコンコード種のブドウを使用している。両ビールとも、IGAに近いワインのような特徴を持っている。ソングバードビールの「藤」は齋藤ぶどう園のヤマソービニオン種の搾りかすに付着した野生酵母で発酵させたサワーエールだ。箕面ビールの「カベルネ」にも長年カベルネ・ソーヴィニョンの果汁が使われている。世界中でオイノビールの情報が広がるにつれて、今後国内でも醸造を試みるブルワリーが増えるのは想像に難くない。
一つ注意しておきたいのは、現在、米国で特に人気を集めているロゼの飲み物だ。ロゼワイン、ロゼ入りの炭酸水、そしてロゼビールといった具合だ。ロゼの色は長い間廃れていたが、今再びカッコいい色としてもてはやされている。それらロゼビールの中には皮つきのブドウを使用した正当なオイノビールもあるが、ほとんどはハイビスカスやラズベリー、ブドウジュースなどで単に色を付けたものばかりである。試してみるときには、このことを覚えておこう。
(Oenobeers Liberati's brewery; photo care of the brewery)
All Beer Styles articles are written by Mark Meli, author of Craft Beer in Japan.
This article was published in Japan Beer Times # () and is among the limited content available online. Order your copy through our online shop or download the digital version from the iTunes store to access the full contents of this issue.