by Ry Beville
ロサンゼルスと聞くと、夢が叶う場所だと思う人が多い。その背景には、名声と成功のおとぎ話を生み出してきたハリウッドが市内にあるからかもしれない。一応言っておくと、米国で二番目に大きいこの都市には俳優以外にも多くの人が集まってきている。小さな夢を叶えるには、小さな町に行くほうがいいかもしれない。
しかし、夢を見て、上に昇りつめることなく凡庸の枠に収まってしまった者も多くいる。オーディションで当たり役を一度も勝ち取ることができなかったウェイターやウェイトレスの話は山ほどある。より規模の大きいバーとレストラン業界は常に流動的で、まさに「浮世」そのものだ。ずっと続くものなどあるのだろうか。数百万もの人たちがしのぎを削っている。ここには少なくとも良い天気とビーチがあるのが救いだ。
2000年代の間、ロサンゼルスのクラフトビールは足がかりを探すのに苦労していたようであった。これほど大きな都市で、米国の新しい花形的な飲み物がレッドカーペットを歩いてチヤホヤされないはずがない。2010年代初め、ロサンゼルスの南側、車で数時間の距離にあるサンディエゴではクラフトビール旋風が巻き起こっていた。同じ西海岸の北側にあるサンフランシスコ、ポートランド、シアトルでも人気が爆発していた。パーティー好きで知られる西海岸の都市、ロサンゼルスがクラフトビールブームのパーティーに乗り遅れていたのだ。
ここ数年で、状況は大きく変化している。ロサンゼルスとその周辺地域で、クラフトビール文化台頭の先導役となっているブルワリーの一つにスモッグシティがある。スモッグシティは2011年、ロサンゼルスのトーランスでジョナサン・ポーターとローリー・ポーターによって設立された。当時のトーランスにはブルワリーが数えるほどしかなかったが、今では近隣地域だけで10個以上ある。もしかすると、ほかのブルワリーは自ら動いて夢を追う前に、いくつかクラフトブルワリーが成功するのを見る必要があったのではないだろうか。ロサンゼルス空港から車で数分、ブルワリーのタップルームでポーター夫妻と会ってからまもなく、なぜここが目覚ましい成功をおさめたのかすぐに理解できた。
ポーター夫妻は若さにあふれ親しみやすく、希望に満ちている。事業がうまくいっているのもあるだろう。そしてその成功の陰にはひたむきな勤勉さがある。ブルワーの仕事がいかに過酷な労働か耳にするが、経営側も怠け者には務まらない。スモッグシティの場合、ローリーが強力な原動力になっている。彼女のエネルギーと献身的な姿勢は、ブルワリーの壁を越え、より広範囲のコミュニティにとってプラスになっている。彼女の多岐にわたる仕事について尋ねると、ものすごい数の職務をこなしていることがわかった。
「ここ数年で私の職種はタップルームマネージャー、ブランドビルダー、営業、帳簿係から、現在これらの部署の重役やマネージャーたちの管理へと変わりました。ほかにも、市や州レベルのさまざまな組織にスモッグシティ代表として参加しています。ロサンゼルス郡ブルワーズギルド(LABG)で4年間副会長として、そして今は会長として2年任期の3期目を務めています。また、私たちの非営利団体のパートナー、フードフォワードのためにカリナリーアドバイザリーボードの委員にもなっています。つい最近、カリフォルニア州にある700以上のブルワリーを代表するカリフォルニア・クラフトブルワーズ・アソシエーションの取締役会のメンバーにも選出されました。そして州議会議員の連絡係、『1%フォー・ザ・プラネット』へ貢献するための推進役にもなっています」
事業、業界団体、非営利団体(これについては後述する)、そして地方政治に対する責務を負っている? 掘り下げて聞きたいことばかりだ。さらに複雑なことに、ポーター家には子どもがいる。一体どうやってすべてをこなしているのだろうか。
ジョナサンはこう答えてくれた。「仕事と家庭の両立を実現するワークライフバランスを保つことが大事なのだと思います。ローリーは母親としても素晴らしく、息子の子育ても率先してやっていました。子どもを育てながら、小売と物流も担うブルワリーのような複雑な事業を始めると、ほかの人に比べて早く大人になると思います。経営者そして親として、どれだけの人々が私たちをかじ取り役として、また意識を向けて役割を果たしたり、育ての親として頼りにしているかをすぐに自覚しました。ブルワリーで25人もの面倒を見なくてもいいならもっと子どもを作るのに! と私たちはいつも冗談を言っています」
ポーター夫妻は決してスタッフをけなしているのではない。その冗談は、急速に拡大している事業の実態を表している。ブルワリーには指導が必要な新人が次々と入ってくる。彼らが成功するために、ポーター夫妻は、家族に接するように、肉体的そして精神的な健康を気遣う必要がある。
また、ジョナサンの話から、ブルワリー経営につきものの苦労が伝わってくる。ブルワリーがあるのだからビールをつくらないと! というわけだ。
彼は常に微調整を行っている。彼の姿勢と変化の目まぐるしい消費者ニーズを背景に、初期の旗艦ビール「L.A.セゾン」は、もうほとんどつくられていない。今では、グレートアメリカンビアフェスティバルで二度受賞した人気の季節限定ビール「カムカット(キンカン)セゾン]
のベースビールとして使用するために、年に数度つくられるのみだ。
スモッグシティと前述の非営利団体とを結びつけているのが、このカムカットセゾンだ。フードフォワードの理念は「余剰生鮮食品を活用して、必要とする人へ支援し、またその活動を広めることで、飢えと闘い、食品ロスを減らす」こと。つまり、同団体は人々の庭にある果樹、果樹園、農家市場、ロサンゼルス・ホールセール・プロデュース・マーケットから出る廃棄予定の果物や野菜を集めて、そのすべての果物を南カリフォルニアの食料支援団体へ寄付している。ばかげた話だが、米国では40%もの食料が廃棄されているのだ(日本も同様の罪を犯している)。
同団体とのパートナーシップはポーター夫妻の裏庭にあるキンカンの木に始まる。数年前、二人はキンカンをビールに使うことを決め、出来上がりも満足できるものだった。しかし、商業的に販売するほどのキンカンをどうやって集めればよいのだろうか。2015年の始め、彼らはフードフォワードと組み、庭にキンカンの木がある「ボランティア」から集めることにした。キンカンはたくさん実をつけるが使い道があまりないため、捨てられることが多い。1年目、約363キログラム(800ポンド)のキンカンを収穫し、20バレル(約2,385リットル)つくった。それ以来、このプロジェクトは拡大している。スモッグシティは、このビールの売り上げの一部をフードフォワードに寄付し、フードフォワードはその寄付金を貧困世帯や食困窮者を支援するための活動資金にあてている(地元の果物を使う日本のブルワリーも、セカンドハーベストジャパンと組んで同じようなプロジェクトの立ち上げを考えてみてはいかがだろう)。
1%フォー・ザ・プラネット(売上の少なくとも1%を環境保護活動に寄付する取り組み)に参加するきっかけについてローリーが話してくれた。「あるとき、講演会のスピーカーが慈善活動についてこう言っていたのです。どの人も、どの事業も団体も、奉仕活動に活かせる強みをなにかしら持っています。時間があるならボランティアを、お金があるなら寄付を、影響力があるならそれを正しい方向に活かすのです。慈善活動は一つの解決策ではありません。人それぞれに違うやり方があるのです、と。その言葉は私の心に響きました。スモッグシティで私たちはいつでも、コミュニティに持続的なプラスの影響をもたらすための機会を求めていました。小売店を構える企業として、私たちには独自の強みがあます。顧客と直接つながることができるのです。私たちの1%へのこだわりは、環境を守り支えなければならない、そしてそうすることで持続的なプラスの影響を与えることができ、最終的にそれが私たちや私たちの街だけでなく次世代のためになる、という考えからきています」
これらの活動とブルワリー名には何か関係があるのかと思ってしまう。ロサンゼルスは米国内で(国際的にも)スモッグで知られている。スモッグはスモーク(煙)とフォグ(霧)を合わせてできた言葉だ。1943年に初めて発生が確認されたとき、一部の住民は、日本からのガス攻撃だと心配していたのだ! 数年後、科学者はスモッグの原因は車の排気ガスだと結論付けた。今では、地理的な問題と環境問題が影響を与えることがわかっている。ロサンゼルスのスモッグ問題は1980年代にピークを迎え、当時、1年のうち200日以上、健康に悪影響を及ぼすスモッグが発生していた年が何度かあったとの記録がある。2018年の汚染がひどかった短い期間を除けば、スモッグの状況は大幅に改善している。
それでも、ブルワリーにつけるのには不思議な名前だ。仮に、福島第一原発近くの避難解除された小さな町で、名前が「放射能のまちブルーイング」のブルーパブがあったらどうだろう。放射能が最悪レベルにあった時代を覚えている地元住民は、あまり良く思わないのではないか。ローリーは、タップルームを訪れる客の中には1980年代の当時を記憶している人もいて、時々苦情を寄せるという。そして、過去に同社ブログでその名前の由来を説明してきたように、ハリウッドにありがちなうわべだけの虚栄とは距離を置きながら、ブルワリーがロサンゼルスにあることを表す意味があると説明してくれた。好むと好まざるとにかかわらず、スモッグシティはロサンゼルスのあだ名であり、歴史の一部なのだ。スモッグ問題には今でも悩まされており、対処が必要だ。プラス面としては、否定的な意見は、対処方法や変化、希望についての会話のきっかけとなり得る。ブルワリーのロゴには、市の地平線上に生育する木がデザインされている。あたかもポーター夫妻が、今の自分を大切にしながら、もっと高みを目指そうと言っているようだ。ひたむきな努力と意識的な行動が必要かもしれないが、それらはほとんどのサクセスストーリーには欠かせない要素だ。そしてもちろん、時が来たら、自分へのご褒美に地域社会を大切にしたビールを飲もう。
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