RePuBrew



企業に勤めていると、27歳という年齢は、初めての昇進をかけて苦労している年頃だ。クラフトビール業界では、組織のトップに昇りつめるまでの距離は短いかもしれないが、それでも上に行くには時間がかかる。27歳の畑翔麻は、すでに階段の最上位に到達した。彼は、静岡県沼津市に拠点を置くRePuBrew合同会社の代表社員であり、醸造長だ。同年代と比べると、どの業界においても何年も先を行っていることがわかる。

つねに誠実であたたかい笑みをたたえている彼は、陽気な態度でインタビューと撮影に臨んでいた。若者らしくハツラツとしていて、自身がつくったビールを、掘り下げて紹介することを心から楽しんでいるのは明らかだ。その後、醸造科学と研究設備へと話題を移し、熱心にマニアックな話をする。彼の若さゆえに懐疑的な人々もいるだろうが、本人は気にしていない。良いビールをつくれば、自ずと評価はついてくると考えているのだ。

ブルワーの中には、前職に嫌気がさして転職してきた人が数多くいる。趣味程度だった自家醸造を本業とすることにしたのだ。これは日本の世相を表しているのかもしれないが、畑の職歴には最初からクラフトビールづくりが関わっている。大量生産のラガーに不満を持ち、選択肢の少なさを嘆いてきた大多数とは異なり、彼は飲酒できる年齢になってから、ずっとクラフトビールを飲んできた。20代前半の頃は、コエドビールをよく飲み、アンテナアメリカやベルギービールジャパンなどの通販サイトから購入して、多岐にわたるビアスタイルについて学んできた。しかし、当初はクラフトビールの味や種類の多さに惹かれた訳ではなかった。クラフトビールの科学に興味を持ったのだ。


18歳のとき居酒屋で働いていた畑は、焼酎や日本酒をつくる仕事が自分に合っていると感じていた。この道に進むため東京バイオテクノロジー専門学校に入学し、醸造について勉強した。入学生は19歳が大多数を占めていたが飲酒できない年齢であったため、最初の1年間はアルコール飲料とは関係のないバイオテクノロジーや一般的なテーマについて重点的に取り組んだ。2年生になり、発酵の研究に進んだ。畑はアルコール飲料をつくり、アミノ酸やタンパク質の含有量、アルコール度数などについて分析した。

研究を進めるうち、彼は徐々にビールに惹かれていった。ビールの複雑さに魅了されたのだ。多くの異なる原料と、それを使ってできる無数の産物を目にして、ワインや日本酒よりもビールの方が多様性があるように思えた。そしてその若さでブルーパブを開くことを真剣に考え、その目標に向かって揺るぐことなく進んでいった。

3年生になると、彼は静岡県田方郡函南町にあるオラッチェ(風の谷のビール)でインターンとして働いた。会社に向かうために、初めて函南駅に着いたとき、周りの環境に少しショックを受けた。木が生い茂る丘の中腹に建てられた駅舎の近くには、ほとんどなにもなく、コンビニエンスストアすらなかった。川崎市の中心街で生まれ育った畑にとって大きな変化だった。函南駅からオラッチェへは車で15分程度で、バスは通ってない。彼は「本当にここでやっていけるだろうか? 他のところでインターンした方が良いのではないか」と自問した。函南にある会社の社長のアパートを借り、車で通うことにした。笑いながら、彼は2010年6月に過ごした最初の夜を振り返る。「蛙の鳴き声がうるさくて夜は寝られませんでした。蛙ってそんなにもうるさいんだって思いました。まるでキャンプのようでした!」

2012年に卒業した後、オラッチェから正社員として働かないかと誘いがあり、畑は迷うことなく引き受けた。オラッチェでは醸造責任者の木村岳司のもとで働いた。ベルリン工科大学で醸造学を学んだ木村は、畑の質問にすべて答えたり不可欠なアドバイスをくれたりと、助けになってくれたという。このブルワリーではオーガニックのビールしかつくらず、麦芽製造も独自に行っている。経歴に箔がつく珍しさだ。しかし、オーガニックのビールをつくるということには問題もついてくる。例えば、穀物の粒が均一でなく、粉砕が難しいといった具合だ。

オラッチェでは2キロリットルの設備(国内にある大多数のクラフトブルワリーより規模が大きい)で、週に1~2回ビールを仕込んでいた。しかし、ブルワリーでは4つのスタンダードビールといくつかの季節限定ビールしかつくっておらず、またビールがオーガニックであるため、自由があまりなかった。つくるビールと使える原材料に限界を感じ、またレシピを変えることもできなかった彼は、自分自身のブルワリーを開きたいという思いを強くしていった。

オラッチェで働いている間、畑は事業を開始するために辛抱強く準備していた。自分の店を持ちたいという目標は働き始めた当初から会社側には伝えていて、会社はサポートしてくれたという。畑はお金を貯めるため、ブルワリーで8時から17時のシフトで働き、そのあとは沼津市でアルバイトをしていた。開業前の1年間は必要な設備をできるだけ安く買うため、見積を集めていた。

資金の融資を申し込むために銀行へ赴いたとき、壁にぶつかった。無理もないことだが、20代半ばで経験の浅い実業家にお金を貸してくれる銀行は皆無だった。投資家を見つけなければ、前に進む方法は残っていない。そこで彼は融資についての本を読み漁り、経済的援助を受けるためのプレゼンテーションのやり方を調べた。1年超かけて、彼は潜在的投資家向けに10を超えるプレゼンを行い、多くのアドバイスを受けてきた。数名ほど彼を支援する投資家が現れ、ある程度の資金を手にして銀行を再び訪れると、ようやく彼の話を聞いてくれた。

2017年2月、ついに畑はRePuBrewを立ち上げのためオラッチェを辞めた。地元の川崎に戻らずに沼津市に残ることにしたが、それは静岡県沼津工業技術センターに近いことが一番の理由だ。ブルーパブから6キロメートル以内に位置するこの施設では、酵母バンクに無料で酵母菌を預けることができ、培養のサポートも受けることができる。少ない量で数多くの種類のビールをつくりたいときには非常に貴重な存在だ。彼は現在6種類の酵母を使用しているが、ここ半年の間に30種ものビールをつくり、8種類の異なる酵母を使ってきた。そして向こう数か月の間に使う予定の菌株が5種類ある。

沼津市を選んだもう一つの理由は、街の中、特に駅に近い場所にブルーパブをオープンさせたかったことにある。醸造設備を置けるほどの広い場所が必要で、かつ払える金額でなければならない。沼津市の家賃は手ごろで、駅から5分以内の場所にすべての条件を満たす物件を見つけることができた。

2017年4月1日にパブがオープン。醸造免許が取得できるまでゲストビールだけを提供していた。不運なことに、2016年11月に購入した醸造設備を設置するまでに、予想よりはるかに時間がかかってしまっていた。半年もの間、ガランとした大きな部屋は完成を待っていた。2017年9月にようやく醸造免許を取得し、10月に醸造を開始。11月には最初のビールをパブで提供することができた。開店時は地元紙やテレビ番組で紹介されて注目を集め、醸造を始めると再び大きな話題になった。地元での人気もあっという間に高まった。

畑は350リットルのシステムで醸造し、現在3つの発酵タンク(350リットルが2つ、700リットルが1つ)と、2つの熟成タンク(350リットルと700リットル)を有している。バーカウンターの後ろには大きなガラス窓があり、そこから客は醸造施設の中を見ることができる。

RePuBrewでは、最初の1年間、畑の意向でスタンダードビールを置かないことにしている。醸造を開始してから1年間は多様なスタイルのビールをつくり、様々な材料やレシピで色々試してみたいと考えていた。そして出来上がったビールの仕上がりや反応を記録し、客からもっとも支持を集めたビールに、さらに手を加えて常設ビールとして提供する見通しだ。今年の11月からどのビールを常設にするか決定する予定である。

畑は樽で提供するビールスタイルに偏りがないように気をつけていて、それによって次につくるビールを決めたりもする。例えば、麦芽がしっかりと利いたビールがなければ、そのようなスタイルのビールをつくる。実験的なレシピを作成するときは、使いたい副原料から決めることが多い。

取材時に興味を引いたビールの一つに、出来立てのヨーグルトをスターターに、ケトルサワリングという手法で乳酸発酵させたインペリアルゴーゼ「ヘドバン(アルコール度数7.7%)」がある。これは、ジプシーブルワリー(訳者注:自前の醸造設備を持たず、他社の設備を借りて自前のビールをつくるブルワリー。ファントムブルワリーとも呼ばれる)であるハガネブルーイングとコラボレーションしてつくったビールだ。レシピには塩と黒胡椒が使われ、ヴァイツェン酵母で発酵させている。同じく塩をつかったビールに、駿河湾の海水を用いて製塩された地元企業の海水塩を使用したビールをつくる計画がある。

それ以外で印象に残ったビールは、地元で収穫された市場に出回らないような規格外のキウイを使用した「ジャム・セッションIPA」と、麦茶のような香りと味わいで後味はなめらかなキャラメルを感じさせる英国スタイルのブラウンエール「麦茶酒」だった。ネットに入れた少量のブラックモルト(使用モルト全体の4〜5%程度)をワールプールに投入し、麦茶感を強く出している。畑は一般的なスタイルのほかに、こういったビールをつくって楽しませてくれる。

ビールを持ち帰りたいという客からの要望を受けて、RePuBrewではクラウラーマシン(持ち帰り用の缶詰機)をこのほど購入し、近々クラウラーでの提供も開始する予定だ。畑のつくる多様なビールには、クラウラーがぴったりである。クラウラーは注文を受けてから新鮮なビールを入れることができ、普通の瓶ビールのように場所を取ったり、新鮮さが失われるまで棚に置く必要もない。クラウラーは法律的に「持ち帰り」とみなされるので、ラベルを貼る必要はなく、小売業免許も必要ない。

畑は今年、タンクの追加購入に、クラウドファンディングを利用することを考えている(700リットルのタンクが7つ入るほどスペースは空いている)。「シェアタンク」を設置し、出資者のために特別なビールをつくる、というアイデアがあるのだ。レシピは要望を集めて決め、できたビールはクラウラーで持ち帰ってもらう。5年から10年後には、缶詰・瓶詰設備を備えた、今より大きな醸造施設をつくることを思い描いている。その計画では、現在のスペースは少量で仕込む実験的なビール用に使う予定だ。

20を数えるタップは、真ん中でゲストビールとオリジナルビールに分けられ、多種多様なスタイルのビールが注がれる。RePuBrewなら、初心者も、ハードコアなクラフトビールのファンも、容易に満足するだろう。ベアードビールの沼津フィッシュマーケットタップルームと、新しく開店した沼津クラフトと相まって、地元住民はクラフトビール好きがどんどん増えている。畑の熱心に取り組む姿勢もあって、ファンは遠くから沼津を訪れる。今後、長きにわたって彼は活躍していくだろう。物語は始まったばかりだ。

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