text by Chiaki Akasofu, photos by Matt Gammon
お酒を楽しむのは人生の喜びだ。ましてや家族や同僚、気の置けない友人と、お酒を片手に一時を楽しみ、ほろ酔いで席を立つときの気分の良さといったら。2017年秋に浜松町に1号店をオープンしたOttotto Breweryは、そんな景気の良い「おっとっと!」がそこかしこで聞こえる、賑やかなブルーパブだ。
Ottotto Breweryの母体は株式会社ラムラ。首都圏を中心に52ブランド約150店舗、海外にも中国・上海や米国・ロサンゼルスに店舗を持つ大手外食企業で、和食、洋食、中華といった各国料理から惣菜、通販など、あらゆる形態のフードサービスを提供している。いかなる業態にせよ、根底に共通するのは「食は文化であり、楽しむことが文化である」という理念だ。日本でもクラフトビール、もっと言えばビールにとどまらず「クラフト」の概念が広く普及しつつある。そういった潮流の中でラムラという大手外食企業が、その場でつくられたビールをその場で楽しむ「ブルーパブ」という新業態を手がけたことは、クラフトビールとその文化の普及に大きく貢献するだろう。
大手企業が母体であるからだろうか。Ottottoが開業に至るまでの道は実に駆け足だった。2016年、同社スーパーバイザーの中野泰成に「1年後を目標にブルーパブを開業する」という話が下りてきた。それまで自社の居酒屋店舗で店長・スーパーバイザーを務めていた中野にとって、クラフトビールといえばベアードビールや常陸野ネストといった有名なクラフトブルワリーについては聞き及んでいたくらいで、まったく寝耳に水の話だった。与えられた準備期間は1年。場所は自社の別業態で使用していた浜松町の物件を使うことは決まっていたが、クラフトビールに関する情報収集や改装、ドリンクやフードのメニュー決め・開発など、やることは山のようにあった。2017年7月にブルワーの北山修が入社。中野、醸造責任者の北山と副醸造責任者の永井至で開業にこぎつけた。
現在、Ottotto Breweryは浜松町店と淡路町店の2店舗ある。今回は1号店の浜松町店で北山と中野に話を聞いた。浜松町店はJR山手線・浜松町駅から徒歩5分に位置する大きなビルの地下1階にある。暗い階段を下ると、圧倒的な存在感を誇る真新しい銀色の醸造設備が目に飛び込んでくる。ピカピカの醸造設備を左手に廊下を進めば、ファクトリー感あふれる開放的な店内が広がる。BGMもアップテンポで、どことなくワクワクする雰囲気だ。テーブルや席もゆったり広めに設計されていて、なるほど、これなら「おっとっと!」と多少よろけても問題ないだろう。奥には10人以上が座れる個室もいくつかあり、ビジネス街である浜松町という土地柄、サラリーマンが仕事終わりに「無礼講に」クラフトビールを楽しむにもぴったりのパブといえるだろう。
実際彼らは、いわゆる「ビールおたく」に満足してもらえるビールではなく、広く一般層にも楽しんでもらえるビールを目指して日々ビールづくりに励んでいる。2017年8月に社員を対象に、2017年10月10日の浜松町店オープン後に顧客を対象にアンケートを行い、どんなスタイルのビールがよいか、どんな味がよいかなど、消費者の好みを細かく調査研究した。2018年2月5日に醸造免許を取得。翌日には最初の仕込みを始めた。仕込みの液種はアンケート結果をもとに、ペールエール、IPA、ヴァイツェンの3種に決まった。このアンケート制度は現在も続いている。新樽の開栓時には開栓イベントを行うが、その際にビールを飲んだらアンケートを書いてもらい、新たに仕込みを行う度にアンケート結果を参考にして微調整している。彼らのビールは現在も最終決定されていない。Ottottoオリジナルのパイントグラスには象、虎、おっとせいなど、たくさんのユニークな動物が描かれていて、それぞれのキャラクターにぴったりのビールをつくり上げることが目標だという。試行錯誤を繰り返す彼らにとって、お客の反響をダイレクトに知ることができるアンケートはとてもありがたいものであるはずだ。「基本的にアンケートを取ると悪いことを書かれることはそうないんですけど、たまにびっしりと辛辣なことを書くお客様がいます。多分すごくお詳しい方だと思うんですけど。それを見ると、まだまだなんだな、と思うし、すごく考えてくれてるんだな、と思うし」と北山。中野も「ビールマニアの人からしたら僕らなんて全然ダメかもしれないですけど、想いだけで突っ走っているところがあります。思いが伝わり、心の温かみでつながっていきたい」と語る。
北山と中野は、この業界にいる多くの人のように、全く別の業界からキャリアチェンジをしている。京都生まれ育ちの北山は大学生のとき、理学部で主に半導体について学んでいた。卒業後は大阪の新聞社に就職。といっても記者ではなく、記者が書いた原稿をもとに、見出しを付けたり適切な写真やイラストを選んで紙面を組む整理部に配属され、新聞づくりをしていた。人生の大きな転換点を尋ねると、北山はこう答えた。「京都の酒蔵での酒造り体験ですかね」。当時の会社の同僚とともに泊まり込みでの酒造り体験を申し込み、2日間杜氏と一緒に酒造りをしたのだという。「それに行ったのがまずかったかな、って(笑)。それがなかったら今でも前職のままでいたと思います」。もともとものづくりや職人に憧れがあった北山にとって、お酒を自分でつくることができ、しかもそのつくったお酒を社割で安く飲むことができる杜氏という仕事は、天職だと思えたのだろう。新聞社を辞めて京都の実家に帰り、2012年に伏見の玉乃光酒造に入社。日本酒づくりをするうちにビールづくりにも興味が出てきた北山は、翌年、常陸野ネストで有名な茨城県の木内酒造に転職した。樽詰めから始まり、瓶詰めに移り、その後は秋葉原にあるブルーイングラボと本社の1キロリットルシステムで仕込みをしていた。2016年10月に同社を退社。翌年、正式にOttotto Breweryのブルワーとなった。その理由を尋ねると、「一から始めたい気持ちがありました。木内酒造はある程度レシピもシステムも整っているので、自分で免許を取るところから始めたかったんです」(北山)。大学生当時はブルワーになるというキャリアパスは考えられなかったのではありませんか、と尋ねると、北山は笑って「半導体もビールも計算なので、大学で学んだことは生かされていると思います」と答えた。
一方、中野のキャリアパスも面白い。2000年ごろ、当時30歳を迎えようとしていた中野は飲食とはまったく関係ない業界で働いていた。海外で和食がブームだった当時、米国サンフランシスコに和食の店を出す友人に「(料理のことを)何もできなくても、わからなくてもいいから、手伝いに来てほしい」と請われ、2002年、妻と生まれたばかりの子どもを連れて渡米。一から和食の調理について学んだ。丸3年友人の店で修行をした中野は、調理だけでなく経営について学びたいと考え、日本に帰国。すぐに職探しを始めた。「料理 経営」でウェブ検索をしたところ、トップにヒットしたのがラムラだったという。すぐに履歴書を送り、入社。同社の居酒屋業態の土風炉に調理として入り、その後店長を任され、現在はスーパーバイザーを務めている。Ottotto Breweryの店内の雰囲気やフード(詳細は後述)についても、アメリカでの経験が活きていると中野は言う。
彼らのビールについて話そう。現在同店で仕込まれたビールが3〜4種、委託醸造のビールが2種、他社の国産クラフトが5〜6種ほど常時提供されている。取材時はペールエール、ヴァイツェン、IPA、スタウトの4種類がリストに並んでいたが、そのどれもが料理を邪魔せず、飲みやすい仕上がりだった。ペールエールは4回目の仕込みのもので、北山によれば最初に仕込んだものとは全く違う仕上がりになっているということだ。アルコール度数は、最初のものは6%を超えていたが、5.3%に落ち着いたという。ヴァイツェンは、しっかりヴァイツェンらしい重みとバナナ香がありながらも、比較的クリアーなのが印象的。「ガツンと苦い、ボディー感のあるものを目指した」と北山が語るIPAには、チヌーク、シムコー、カスケードといったホップがふんだんに使用されている。ボディーを強く出すためにクリスタルモルトも多めに使っているため、IPAにしては色が濃い。中野も「存在感がある」と評するIPAに仕上がっているが、こちらもアルコール度数は5.5%と低め。スタウトは、27樽限定の初めての仕込みということだったが、とても出来が良いという印象を受けた。「スタウトといえばローストした麦芽感やガンガンに甘いものも多いが、暖かくなってきたし黒ビールだけど飲みやすいのがつくりたいな、と。大手さんのような喉ごしがよくて飲みやすいもの、見た目とギャップがあるようなものを目指しました」と北山。アルコール度数は4.7%だったが、「冬はもう少しアルコール度数を上げたい」という。取材時点で、今後は桃を使ったフルーツビールをつくりたいと意気込んでいた北山。桃の種類は多く、また桃を使ったビールを手がけるブルワリーも多い。Ottottoは日本の桃ビールという遺産に貢献することだろう。「本社には商品部があり、野菜や肉、魚、果物など、それぞれの食材のスペシャリストがいるんです。その方に相談しようと思っています」(北山)。その後、スペシャリストに相談したのだろう。現在は長野県産白桃を使っているそうだ。本稿執筆時にはすでに3種を醸造し、今後は桃の風味がより感じられるレシピに絞り込むという。社内に各食材に精通したプロフェッショナルがいるというのは、大手外食チェーン企業ならではの強みである。
フードにも彼らのこだわりが詰まっている。目玉はルイジアナ・ケイジャン料理。米国南部ルイジアナ州の郷土料理で、タバスコやチリなど辛めの香辛料が利いているのが特徴だ。開発のためにいくつもの専門料理店を何度も訪れ、ケイジャンソースに至っては何十回と試作を重ねたという。彼らの集大成であるルイジアナケイジャンコンボ(シーフード、ミート、ミックスの3種)はぜひ試したい。もう一つの目玉のローストチキンも、皮は香ばしく、身は肉汁たっぷりで柔らか。付け合せの野菜までも絶品だったのが強く印象的だった。ローストした玉ねぎはとろとろで甘く、フライドポテトはあつあつ、ほくほく。他店であれば、この野菜の付け合せがメインになるレベルだ。メニューを開発した現場のスタッフと食材を熟知した商品部。一品一品、彼らが二人三脚で完成させてきたのだろう。
Ottottoは顧客の満足を第一のモットーにしている。実際「お客様に喜んでもらいたい」「お客様の笑顔が見たい」という言葉が取材中何度も彼らの口をついて出た。ビールしかり、フードしかり、店内設計しかり。随所に彼らのホスピタリティーが宿っている。多くのレストランを運営するラムラにとって、自分たちのレストランで、誰でもない自分たちがつくったビールを提供したい、そしてそのビールを楽しんでもらいたい、という動きが起きたのは、ある意味当然のことであったといえる。最後に、現時点でお客様に楽しんでいただいているという実感はあるか、という意地悪な質問をすると、中野は少し困ったような笑いを浮かべてこう答えた。「日々努力しています。(お客様が)笑顔になって、『また来るよ』と言ってもらえると本当に嬉しいんです」
開業まで駆け抜けてきたOttottoは、今もなお走り続けている。あなたの満足を一番に考える彼らに、あなたも笑顔と、この言葉で応えよう。「おっとっと!」
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