ビールの世界は創造的なものである。それはつまり少し風変りな世界であることも意味する。新しいアイデアと革新が、時に奇抜さや一見無意味な行動と密接に関連している。いったい何が起きているのか見てみよう。しかし、まずは分かりやすいニュースから……。
ブリュッセルビアチャレンジは2012年にベルギーで始まった審査会である。2017年度大会では、85人の経験豊かなジャッジによる国際的審査委員会が、世界各地から提出された1400以上のビールを評価した。審査会は、審査員が金賞、銀賞、銅賞、そしてたまに「Certificate of Excellence」を授与するという、一見単純なものに思われる。奇妙なことに、銅賞は複数のブルワリーが並んで受賞することもある。我々の関心を大いに引いたのはいくつかのカテゴリーだった。近年、ほとんどの国際審査会で見かける典型的なカテゴリーがあり、その中に最近出てきたサブカテゴリー(「パシフィックIPA」「ベルジャンスタイルIPA」など)も含まれていた。しかし、「トラディショナルセゾン」「モダンセゾン」「ダブルセゾン」など、我々が見たことのないサブカテゴリーもあった。「モダン」という修飾語句は、ブラックセゾン(濃色にするためにロースト麦芽の使用量を増やしている)やお茶入りセゾン(本号「Bare Bottle」で言及)など、今まさに起こっているこのスタイルの改造を意味する。セゾンというスタイルにおいて、「ダブル」というカテゴリーは見たことがないが、これはアルコール度数が高いセゾンを意味する。うん、美味い。
ほかにも見慣れないビアカテゴリーに、「Bières de Garde ambrée(ビエール・ド・ガルド・アンブレ)」というものがあった。このスタイルのビールを日本ではほとんど見かけないので、復習する必要があった。これは最近フランスで盛り返しているファームハウスエールで、「ambrée」は琥珀色を意味する。伝統的にこの種のビールは寒冷な時期に田舎の農家の納屋でつくられていた。より時間をかけ、管理しながら発酵をするようになった結果、雑味がなく、香ばしい後味を持つビールをつくれるようになった。一般的に麦芽の特徴が感じられ、ホップの香りはあまりせず、ホップの苦味は低から中程度で、おそらく少しスパイス味やかび臭さを感じられるだろう。もちろん現代ではあらゆる種類の興味深い(かつ美味しい)アレンジがある。同審査会には無関係だが、グランビル・アイランド・ブルーイング(カナダ・バンクーバー)がソラチエースホップと米を使用し、「ジャパニーズ・ビエール・ド・ガルド」をつくった。日本のブルワーもカナダ産麦芽とメープルシロップを使って「カナディアン・ビエール・ド・ガルド」を作るべきだろう……。
さらに我々の目を引いたカテゴリーは「スペシャルティビール」カテゴリーの中の、「イタリア風のぶどうエール」というサブカテゴリーであった。これは、世界的に注目を集め始めているイタリア生まれのスタイルで、ビールとワインのハイブリッドである。穀物(麦芽など)の分量に対してぶどうをどれほど使用してよいかというのは、ブルワリーによって意見が異なる。最大49%と、最大40%という意見がみられるが、最低使用量は定められてない。この大まかなガイドラインとぶどう品種の多様さから、かなりの自由裁量が認められたカテゴリーだといえる。2017年の勝者は驚くことに、米国・ファイアストーンウォーカーのフェラル・ヴィニフェラだった。日本の愛飲家の一部は、このスタイルに度肝を抜かれることはないかもしれない。10年以上前に、箕面ビールがカベルネというぶどうの品種を用いたカベルネエールをつくり始めたからだ。ほかにもぶどうを使って実験をしている日本のブルワリーはある。審査会に話を戻すと、今回受賞した唯一の日本のブルワリーはアサヒビールで、アサヒスーパードライ瞬冷辛口が国際ピルスナー部門で金賞を獲得した。
前号の「Round Up」で、ラグニタスの、大麻から抽出した精油を投入したビールについてレポートした。 国際的飲料企業であるコンステレーション・ブランズ社(バラストポイントのオーナー)が、この分野に大きな一歩を踏み出している。秋に同社はカナダに本拠地を持つ大麻メーカーの「キャナピー・グロウス」を買収。米国で全面的に大麻製品が合法となった暁に、米国市場での大麻入り飲料の製造を視野に入れている。予備知識をお伝えすると、医療用大麻は29州およびワシントンD.C.で、娯楽用大麻は8州およびワシントンD.C.で認められている。これらの州の州法は依然麻薬を禁じる連邦法と抵触していて、その結果、政治的・法的衝突が生じている。連邦法がアルコール飲料を規制しているので、(少なくとも公共消費用の)大麻入りビールを製造するブルワリーはまだない。しかし、もし法律が変われば、コンステレーション社は、もうかるであろう新しい飲料市場で収益を上げる構えだ。米国では、大麻は数百万ドル規模の産業であり、株式会社が数社参入している。日本では、まぁ……少なくとも日本酒がある!
世界各地には醸造に関するエリート大学がいくつかある。日本では東京農業大学(東京農大として知られている)がそれに当たる。クラフトビールブームが席巻している米国には6000近いブルワリーがあるが、普通の大学がビール関連のコースを提供するというケースも増えている。ケンタッキー大学の先例に倣い、ピッツバーグ大学の教授(熱心な自家醸造家でもある)が「エンジニアリング1933(禁酒法が廃止された年)」と呼ばれる、上級エンジニアリングコースを設けた。醸造設備の設計や配管、ビールについて学ぶことができ、講義中定期的に飲むこともできる。受講生はコースの一環として、春休みの期間中に11日間のベルギー旅行に行くことも可能で、ブリュージュに滞在して2マイル(約3.2キロメートル)のビールパイプライン(本誌第31号「Round Up」参照)について学ぶことさえできる。
1817年に初めてスタウトを米国に輸出したギネスは、200周年を記念して、1817年のブルワリー記録に記載のレシピを用いてアニバーサリー・エクスポート・スタウトを特別に醸造した。通常のフォーリン・エクスポート・スタウトに比べると、より麦芽の味わいが強く、甘みがある。ここ数年の傾向として、現代のブルワリーは前工業化時代のレシピを復活させている。ビール史の専門家で作家のロン・パティンソンは複数のブルワリーと共同で、古い醸造所の記録を研究し、そのビールを再び醸造した。日本では、小西酒造が幕末のレシピで醸造した「幕末のビール復刻版 幸民麦酒」を醸造し、黄桜はなんと古代から伝わる小麦を使った「黄桜 ブルーナイル」というビールをつくっている。オランダ人は江戸時代、長崎で何を飲んでいたのだろうか……。
米国の独立クラフトブルワリーを代表するブルワーズアソシエーションは、「#takecraftback(クラフトを取り戻せ)」という名のクラウドファンディングキャンペーンを立ち上げた。目的は、ライバルと明言するビールの国際的複合企業、アンハイザー・ブッシュ・インベブ社の買収資金の調達だ。問題は、同社時価総額が約2130億米ドルに上るということである。この数字は、コロラド州のあるTV局が試算したところによると、アメリカ人一人あたり653.37米ドルを負担する計算になる。一見非現実的に思われるこの数字だが、このキャンペーンのウェブサイトによれば、すでに300万米ドル以上が集まっている。しかしこれは目標のたった0.0014%に過ぎない。是非ともウェブサイト(www.takecraftback.com)をチェックされたい。真面目なメッセージを含んでいるが、とてもユーモアに富んでいる。
さて、奇妙なニュースに話を移そう……。
フィンランド独立100周年を記念し、フィンランディアチーズ社が、ワインと、チーズでできたビールグラスのセットを提供した(そう、そのグラスでビールを飲んだあとに、グラスそのものを食べることができるのだ)。手づくりの品であるため、お値段なんと5千米ドル。興味があれば、チーズを溶かしてカップを作る方法を教えてくれる映像がインターネットにいくつかあるので、チェックしてみよう。
スター・トレックのビールについてご存じの方は? ニューヨークのシュマルツ・ブルーイング・カンパニーが、『新スタートレック』30周年を記念して「キャプテンズ・ホリデイ(大いなるホリデイ、シーズン3 第19話のタイトル)」という名のビールを醸造した。実のところ、同ブルワリーはスター・トレックにまつわるビールを最近いくつかつくっている。彼らはビールを「転送」することはまだできないのだろうか……。
フロリダのブルワリー2社(ヒドゥン・スプリングス・エール・ワークスとアーケイン・エールワークス)が、クリスピー・クリーム・ドーナツを使ったビールをつくっている。疑問なのは、クリスピー・クリームが新宿に開店したときのように、このビールのために雨のなか2時間列に並ぶ人がいるだろうか、ということだ。
親愛なる日本のブルワーよ。こういった奇妙なビールづくりに興味があれば、キットカット抹茶スタウトかイチゴポッキーブロンドエールをお願いしたい。そういう気がなければ、今つくっているような美味しい、正常なビールをつくり続けてほしい。あなた方のビールづくりに我々は頭が下がる思いだ。
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