Firestone Walker Fires Up Japan: an interview with Adrian Walker

Adrian Walker with Yokohama Central's skyline Adrian Walker with Yokohama Central's skyline

5月中旬、ファイアストーンウォーカーの輸出担当の取締役であるエイドリアン・ウォーカーが、日本での発売開始を盛り上げるために来日した。彼と一緒に座って寿司を食べながら、この象徴的なブルワリーと、彼が持つ日本への期待について聞いた。

栄光よりビール——。エイドリアンが全ての人に最も強調したいことは、これだ。明らかに、彼らはこの言霊を心へ深く刻んでいる。

2年前は、同社はビールの輸出は行っていなかった。ビールの大半が、ブルワリーのあるカリフォルニア州を出ることすらなかった。今でも、商品の約80%は州内で消費されている。高い需要があるにもかかわらず、カルフォルニアを出て、さらに世界進出をしていかないのは、理にかなわないように思える。

しかし、エイドリアンが指摘するように、カリフォルニアは多くの諸外国よりも高いGDP(国内総生産)を誇る。同社の計画的な戦略は、まずは地元で一番になることであり、その地元の市場規模は、一番になるにはまだまだ大きかった。エイドリアンはこの戦略の理念についてこう言う。「多くのブルワリーは、自分たちの身近な市場を自分のものにすることに集中しなければならない段階から、ビールを世界へ出していこうとすることに夢中になっている。自分たちが自らを誇れるような存在になり、人に語り継げるような物語を持つことの方が先であるべきです」

彼の物語は19歳のときに始まった。兄で共同創設者であるデビッド・ウォーカーが、学校を卒業したエイドリアンを創設間もないブルワリーのビールの販売を手伝いにアメリカに来るよう説得したのである。しかし、彼のこのビジネスへの第一歩は計画通りにはいかなかった。「兄はボロボロのトラックの荷台にビールを詰め込み、高速道路の101号線への道を示して、『売って来い』とだけ言いました。それを約4カ月続けましたが、私は営業が上手いというわけでもなく、売り上げは良くありませんでした。そして兄は私を辞めさせ、私は英国に戻りました」

その後すぐに、エイドリアンはシェフとして修業を積むために、フランスへ旅に出た。「私の職人的であり、品質と原料を重視する理念は、この経験から来ています」。最終的に、料理の世界から貿易の世界へと移った。兄のところをよく訪れるようになったので、同社が徐々に成長していっているのを目の当たりにした。カリフォルニアの市場に十分に強い影響力を持ったことにより、輸出を始める準備が整った。兄のデビッドは、経験を積んだエイドリアンに再び販売をさせることにした。今度は舞台を世界に移してである。エイドリアンは、最初は気が乗らなかったが、家族が説得した。「そのときは、ボロボロのピックアップトラックの代わりに、航空券をもらいました。それ以来、本当にいろいろなところに行きました」

同社は、年末までに12カ国に展開することを見込んでいるが、まだまだごく一部の国だけ、米国内でもまだ半数の州にしか展開していない。エイドリアンはこう繰り返す。「私たちのゴールは、膨大な量のビールを売っていくよりも、最高のビールを楽しんでもらえる場と方法を探す出すことです。私たちのあらゆる取り組みの根底には『栄光よりビール』があります。素晴らしい宣伝文句のように、ちょっとありふれたものに聞こえることは承知しています。しかしこれが、私たちの取り組みの在り方であり続けてきたのは事実なのです」

ファイアストーンウォーカーは、取引先である流通業者や小売店に対して、「ブルワリーから売り場までのコールドチェーン」という厳格な基準を設けている。これは「小売店や飲食店での冷蔵保存」と「美味しく飲めるタイミングを逃さないための過剰在庫の禁止」である。このルールを守らないと、彼らのビールを扱うことはできない。エイドリアンはシェフの経験を生かして、醸造チームの考え方を理解することができる。2日前の古くなったフィレミニョンをお客に提供するのは、シェフに対する侮辱である。これは明らかに、楽しんでもらうための提供方法ではない。「ブルワーがつくった品質とは違う、劣化したビールをなぜ人々に提供するのか」ということである。

エイドリアンが同社の醸造チームについて話すとき、醸造長のマット・ブライニルドソンに対する尊敬と称賛を惜しまない(マットのインタビュー記事はこちら)。マットは世界で最も尊敬されているブルワーの一人なので、ほかのブルワリーの大多数もおそらく同じく彼のことを尊敬している。そしてエイドリアンは「マットの醸造に関する膨大な知識と、ホップ対する探求心」にいつも感心している。

マットのインタビュー やエイドリアンの話によると、設立者であるアダム・ファイアストーンとデビッド・ウォーカーが醸造所の候補地を探していたとき、カリフォルニア州中部のパソロブレス市(現在の同社の本拠地)で売りに出されていたSLOブルーイング社の醸造設備を見に行った。彼らはそのもうすぐつぶれそうなブルワリーで、マットに出会った。マットは、どうせ捨てられてしまうことになるビールを、丁寧につくっていた。手塩をかけて育てた子供と言えるビールを置き去りにするなんてできないほど、彼は情熱的だった。ファイアストーンとウォーカーは、彼のビールに対する姿勢に感銘を受け、彼を雇うべきだと確信した。そしてそれは実に賢明な判断であったと証明された。

しかしながら、ビアファンの中には、同社が輸出量を増やしているという動きを、疑問に思う人もいる。エイドリアンが先日の「けやきひろば春のビール祭り2016」でビールを売っているところをツイッターに投稿したところ、米国のビールブロガーから「米国ですらファイアストーンウォーカーのビールを入手できないのに、いったいどうして日本に輸出しているんだ」という趣旨の不満を示す返信が複数あった。

日本への輸出を始めた理由の一つは、取り扱いが適切になされることについて確信がもてているからだ。輸入代理店となったナガノトレーディングは、前述のコールドチェーンを終始守るという信条を伝道していることが分かった。エイドリアンは、日本が早くから「缶ビール革命」をしてきたことも好条件だと思っている。日本が見事に抜きん出ていることの一つは、世界の傾向を素早く受け入れつつ、文化と伝統のバランスを保っていることである。エイドリアンは、日本で自分たちのビールが適切に扱われることを実感している。けやきひろばビール祭りで彼が笑顔の新しいファンにどんどんビールを売っていったことは、上記の彼の信念を固くした。

最近のベルギーのデュベルモールトガット社によるファイアストーンウォーカーの買収に話が及ぶと、エイドリアンは「より正確には『結婚』だ」と言う。「弊社は一文なしでした。我々のブルワリーの製造量は完全に限界に達していました。年間製造量は4万1650キロリットルです。市場は拡大し続けていて、私たちのビールを欲している人はもっと増えていきます。だからデビッドとアダムは決断しなければならなかったのです。銀行に行って高額な小切手を切るか、パートナーを見つけるか。パートナーを見つけることを選んだのです。デュベルは150年ものビールづくりの歴史を持っています。彼らは大きくて国際的に知られたブルワリーを経営する方法を知っているのです」。これは完璧な結婚だったのかもしれない。

現在、新婚の時期は過ぎ、ファイアストーンウォーカーもデュベルもそれぞれ現状に満足しているように見える。エイドリアンは言う。「おそらく、デュベルは家族経営の企業であることが核にあります。最高経営者であるマイケル・モールトガットと彼の兄弟が会社を経営し、所有もしています(マイケルのインタビュー記事はこちら)。私たちも家族経営であり、そうであることに満足しています。彼らと私たちの間には、自然な相乗効果がたくさんありました。デュベルは世界で最も優れたビールメーカーの一つであることは、多くの人が知っていることでしょう」。ファイアストーンウォーカーには長い歴史こそないが、最も優れたビールメーカーという点ではデュベルと同類なのかもしれない。

巨大企業に買収されることでブランドが安っぽくなると言う人もいるかもしれない。筋金入りのビール熱狂者は買収を馬鹿にするだろう。しかしエイドリアンは、「そうした動きは全く新しいものではない」と指摘する。ビジネスというものが創られたときから、合併や買収は起き続けてきたのだ。「あらゆるものはやがてグループに統合されます。ABインベブはビール業界では巨大企業です。私は彼らのビールのファンというわけではありませんが、一方で、彼らはクラフトビールを一般消費者のもとまで流通させる力を持っています。このクラフトビール革命に大衆も巻き込みたいのであれば、その力を持っている誰かがいなければなりません。彼らがクラフトビールに対して私たちと同じような情熱と欲望を持っているのかどうかということに関する意見は差し控えます」

ナガノトレーディングのタップルームであるアンテナアメリカやけやきひろばビール祭り、そのほかの酒販店でファイアストーンウォーカーのビールを手にして飲んだ人は、彼らの味覚に疑問を抱くことは少しもないだろう。破局となった「結婚」もある中、彼らの結婚は非常にうまくいっているように見える。

Adrian Walker at Antenna America Adrian Walker at Antenna America

Adrian Walker at Antenna America Adrian Walker at Antenna America

by Brian Kowalczyk | photography by Matt Gammon