Nasu Kogen Beer

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突然だが、問題。受賞すると日本でも注目されるビール審査会であるワールドビアカップ。日本のブルワリーで最多受賞は7回のスワンレイクビール、その次が6回の常陸野ネストビールと湘南ビール、ではその次に来る5回の受賞を果たしているのはどこでしょう? 正解は富士桜高原麦酒と、今回取り上げる栃木県那須町の那須高原ビールだ。那須高原ビールは2000年から2008年までに、スタウトが2回、スコティッシュエールが3回受賞している。

代表取締役として那須高原ビールを率いる小山田孝司は、祖父の代から始まった家具製造・販売を営む家に生まれた。子供のころは家具工場でよく祖父の仕事を見ていたし、見よう見まねで作業をすることもあった。祖父が自分のためにさまざまな道具を手づくりしてくれるのがうれしく、そんな祖父がかっこよく、尊敬の対象だった。家業が父の代になると、家具をつくるための工作機械の製造・販売も手掛けるようになったほか、家具の小売店やコンビニエンスストアのフランチャイズにもビジネスを拡大していった。

Oyamada Takashi (left) and Noda Ryohei (right)

大学卒業後、父とともに幅広い事業を営んでいた小山田は、1994年に細川内閣がいわゆる「地ビール解禁」を実施するニュースを聞いて心が動いた。「そのころは家具製造の事業は縮小させていて、どちらかと言えば『つくるビジネス』より『売るビジネス』のほうが事業として大きかった。祖父の影響もあって、自分もやはりものづくりの仕事がしたいと思い続けていて、その心に火がつけられたようでした」と小山田は振り返る。

現在では温暖化の影響か、あまり見られなくなったそうだが、那須の深山は、かつては夏でも冠雪していることで知られていた。その雪解け水でビールをつくったら、さぞかしおいしいだろうと、小山田は小学生のころから思っていたというから驚く。

しかしビール事業への進出は、父を含めた家族全員が猛反対。父を説得するために1995年にオープンしたオホーツクビールを一緒に見学するが、工場を出た後に「自分たちが事業として取り組むのは難しいのではないか」と言われてしまう。「父はビールづくりやビールを売るビジネスに詳しかったわけではありませんが、経営者としての長い経験に基づくカンが働いたのだと思います」

それでも諦めきれない小山田は、取引先への営業ついでに宇都宮税務署に通って醸造免許取得の道を探る。最初は「もともと日本酒をつくっている会社が免許を取得する例が多いのに、全く畑の違う家具屋さんができるわけがない」と言われてしまう。しかし手渡された醸造免許取得のためのガイドブックを片手に自分で勉強して申請書を作成し、1996年9月に念願の免許を取得した。

「当時は五つの事業を営んでいて、それが一つ増えるくらい大丈夫だろうと思っていましたが、かなり甘い考えでしたね」と小山田は振り返る。それまで営んできた事業は小売がメインであり、ものづくりはそれとは事情が違う。ものづくりならではの困難に直面した。
ビールづくりの技術に関しては、現在も醸造担当を続ける藤田雅文と野田良平をハンガリーに派遣し、研修を積ませた。小山田自身もドイツに渡って約30のブルワリーを視察した。「毎日2、3リットルのビールを飲んでいました(笑)。日によって二日酔いをしたりしなかったりしましたが、ある日、無ろ過のビールを多く飲んだ次の日は二日酔いにならないことに気づきました。そこで自分がつくるビールも無ろ過にしようと決めたのです」。もちろんこの経験則は小山田個人のものであり、すべての人に当てはまるわけではないことに注意されたい。

さらに醸造所では、エチゴビールの立ち上げからしばらくブルワーとして働き、後にビール酵母を販売するビジネスで独立したバワ・デムヤコの指導を受けた。バワは母国であるガーナにあるギネスの工場でビールづくりを経験した後に、広島大学で酵母の研究をして博士号を取得。その後エチゴビールに入ったという経歴の持ち主である。

「バワさんは研究やギネスとエチゴでの経験もさることながら、何と言っても人柄がすごく良い方。仕込みだけではなく、当時は醸造の経験が全くなかった私たちと一緒に機器の洗浄も一緒にやってくれました。それもニコニコと楽しそうに」。そのうえ、ビールづくりのポイントを教えるのが非常に上手だったという。以後、新しい銘柄を開発する際は必ずバワに相談し、最初の仕込みに付き合ってもらった。「バワさんと一緒に仕込んだビールは理屈抜きで美味しかった。次元が違うという感じですね」

バワの強力な支援を得つつ、那須高原ビールの銘柄はピルスナー、ヴァイツェン、イングリッシュエール(スタイルとしてはイングリッシュペールエール)、スコティッシュエール、スタウト(スタイルとしてはフォーリンスタウト)で始まった。オープンしてしばらくは、スタウトの代わりにドッペルボックをつくることもあった。

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以上のラインナップにしたのは、さまざまな地域に特有のビアスタイルがあることを紹介したい思いがあったからだ。例えば、日本でつくっているのが珍しいスコティッシュエールは、イングリッシュエールとスタウトの間の色の濃さを持っているので、色の多様性と、スコットランドにちなんでいるという地域の多様性を打ち出すことができる。マーケティングを重視した選択に見えるかもしれないが、質は前述の通り、ワールドビアカップといった世界的なビール審査会で証明されている。

スタウトは、冬季はホットでも提供される。通常の温度のものと飲み比べると、苦味が抑えられ、香ばしさと甘味が強調されるのが分かるだろう。シナモンスティックが添えられているのも、楽しみ方が増えてうれしい。

そして1998年からつくられ始めたのが、ナインテイルドフォックスだ。那須高原ビールと言えばこの「九尾の狐」と思う人も多いのではないだろうか。そしてビール審査会ではたいていバーレイワインのカテゴリーに出品され、多くの消費者もそう思っていることだろう。筆者もそう思っていた。しかし小山田は言う。「『ヴィンテージビール』という新しいビアスタイルをつくりたいと思って開発しました。バーレイワインとの違いは…、酵母がエール酵母ではないとだけ言っておきましょう」。時に人を「沈没」させるほどの妖力を持つ九尾の狐の正体は、完全にはつかみきれなかった。

毎年夏に仕込むこのビールは、1998年バージョンから毎年あり、2018年には20年物が楽しめるのがそろそろ見えてきた。しかし小山田は「目指すは100年物」だと言う。残念ながら筆者はそれを楽しむことはできそうにないが、100年後の日本のクラフトビールに思いを馳せると、狐につままれたようにぼう然とするとともに、無限の可能性を感じた。

価格は、最新の2014年に仕込んだものが3780円で、1年古くなるごとに540円高くなり、最も古い1998年バージョンは1万2420円だ。当初は「とにかく高い」という声ばかりが出たが、つくり始めて10年くらい経ってきたころから、「熟成が長くなればなるほど、おいしくなる」と認知されるようになった。

麦芽の香り、フルーティーな香り、そしてホップの香りが複雑にからみ合い、それでいてアルコール度数の強みと相まった鋭さがある。年代が古ければ古いほど熟成香が増していく。ブルワリーレストランでは、スタウトを練り込んだ生チョコと一緒に提供される。生チョコの甘味がアルコールの刺激とホップの苦味を和らげ、恐ろしいほど飲みやすくなる。

2003年に販売開始した銘柄が「愛」だ。スタイルとしてはミュンヒナーへレスであり、そのなかでもかなり柔らかさがある。皇太子ご夫妻の息女・愛子さまにあやかって名づけられた。ラベルには愛子さまの御印であるゴヨウツツジもあしらっている。ご存じの通り那須には皇室の御用邸があり、例年夏には皇太子ご家族が那須を訪れる。

販売後のある日、皇太子殿下が那須で開催された全国農業者会議の乾杯で「愛」を使いたいとおっしゃり、宮内庁から注文が入った。この時点で那須高原ビールは宮内庁御用達となった。さらに皇太子ご夫妻から「おいしかったとお伝えください」というお言葉を、宮内庁の担当官から聞かされた。

100年物のヴィンテージビールのほかに小山田が考えているのが、バワの名にちなんだビールをつくることだ。「バワさんは『自分が持っているビールづくりのノウハウはすべて、那須高原ビールに伝えた』と言って母国のガーナに帰っていきました。彼への感謝の気持ちをビールで表したいのです」

ブルワリーレストランへの最寄りの新幹線駅である那須塩原駅までは、東京駅から80分。春夏は高原リゾートとともに、冬は温泉とともに那須高原ビールを訪れるのがいいだろう。毎年秋に開催される「ナインテイルドフォックスの会」に行くのもいい。参加費はやや高めだが、複数の年代のナインテイルドフォックスを楽しめることを考えれば納得だ。ブルワリーレストランのほかには、宇都宮市内のブルーパブであるブルーマジックでも常に何かしらの銘柄を飲むことができる。餃子の出前が取れる同店で楽しむのも一興である。

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Kumagai Jinya

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