Hideji Beer

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日本の滝百選にも入っている「行縢(むかばき)の滝」を擁する行縢山。この中腹にあるのが、今や全国に名が広まっている宮崎県のひでじビールだ。

ひでじビールは、1996年に石油販売卸売会社であるニシダによって、ブルワリー、併設レストラン、そして延岡市の中心部に直営レストランが立ち上げられたブランド。このブランド名はニシダの当時の社長である西田英次の名に由来する。ビールづくりはチェコ人のスタッフを招聘してなされ、彼が帰国すると一緒に働いていた日本人スタッフが醸造長となった。

現在醸造長を務める片伯部智之は2001年にニシダに入社し、2005年まで営業を担当していた。ニシダに入社したきっかけは、ひでじビール事業の統括であった永野時彦(現ひでじビール社長)が、昔のアルバイト先での上司だったことだ。永野に誘われる形で入社した片伯部は、ひでじビールの名は聞いたことがあっても飲んだことはなかった。

営業担当として飲食店やデパート、イベントでの販売を行っていたが、いつも「もう少し美味しくできるのではないか」と思っていた。そして2005年に前述の醸造長が退社すると、片伯部がそのポストを任されることになった。

片伯部が「もっとおいしくできるはず」と思っていたように、ほかの営業スタッフも同じ危機感を抱いていた。実際、ビアパブで感想を聞くと「ひでじビールはオフフレーバーが強い」と言われることもあったという。そこで2006年6月から、以前奈良県で倭王というブランドのビールをつくっていた藤木龍夫に、より良いビールをつくるための相談をし始めた。

藤木には約3カ月間、週末にブルワリーに来てもらい、さまざまな問題を指摘してもらった。そのなかには、「マッシングに使う水を運ぶためのパイプから泡が出てくる」といったこともあった。そして藤木は「このままでいてつぶれるか、改善して生き残るか、今がちょうど境目だ」と結論付けた。改善費用は合計で1500万円と見積もられた。永野は当時の社長を説得し、改善して生き残る道を選んだ。
作業は、すべての設備をバラバラに解体するところから始まった。すべての部品を洗浄し、再び組み立てるのだ。これにより、片伯部はどの設備がどのようにつながっているのか、頭の中で描けるようになった。同時に、片伯部たちが「ラボ」と呼ぶ、酵母を純粋培養するための設備も導入した。その結果、毎回の発酵で新鮮な酵母が使えるようになり、クオリティーが格段に上がった。

片伯部は当時の驚きを次のように振り返る。「それ以前は酵母を入れてから2、3日後から発酵が始まっていたが、純粋培養した酵母を使うと、レシピは何も変えていないのに、翌日から盛んに発酵し始めた」。新鮮な酵母を扱うために、ブルワリーを清潔に保つことの重要性も体感した片伯部は、以来、タンクは使った後に必ず解体して洗浄するようにしている。

磨き上げた設備と新鮮な酵母によるビールづくりは、2007年から実現した。そしてiTQi(国際味覚審査機構、本部ブリュッセル)が表彰する優秀味覚賞に出品し、見事受賞を果たした。2009年にはアジアビアカップとインターナショナルビアカップ(いずれもクラフトビアアソシエーション主催)において、出品数が多くて難関であるジャーマンピルスナー部門で「太陽のラガー」が金賞を受賞。「もぐら」というアメリカンペールエールは銅賞に輝いた。

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生まれ変わったひでじビールの銘柄のうち、特にこのピルスナーの人気が上がり、地元のメディアでも取り上げられるようになり、銘柄だけでなくブランドの認知も広がった。そうして、それまで動物の名前にしていた銘柄名も一新した。つまり、ボヘミアンピルスナーである「きつね」は、ジャーマンピルスナーである太陽のラガーに統合。もぐらは「森閑のペールエール」、「いのしし」は「花のホワイトヴァイス」、「むささび」は「月のダークラガー」にそれぞれ改名され、銘柄名を聞いただけでビアスタイルが分かるようになった。
そして2009年には、ビール免許に加えて発泡酒免許を取得している。これにより、宮崎県産の豊かなフルーツをビールづくりに使えるようになった。実に興味深いのは「マンゴーラガー」だ。このビールは、宮崎県の特産品であるマンゴーの果皮に付着している酵母でまず発酵させ、後にラガー酵母を加えて2回目の発酵をさせてつくっている。フルーティーな香りがあってはならないとされるピルスナーに、マンゴーの香りが自然と加わり、不思議な調和を生み出している。ほかにも、紫いもやフルーツトマト、金柑、日向夏を使ったラガーをつくっている。もともとフルーティーさと相性が良いエールではなくラガーにフルーツを使っているのが、ひでじビールの独創性である。

定番銘柄も興味深い。太陽のラガーは最近のコンペではケラービール部門で出品し、受賞している。このビールには酵母の香りが生かされているからだ。だからこのビールの香りを一生懸命嗅いで「酵母臭があって良くない」と言うのはナンセンスである。花のホワイトヴァイスは、ヴァイツェン酵母を使ったベルジャンホワイト。その名の通り、甘い花のようにふわっとフルーティーでまろやかな香りが強くあるが、ボディーはヴァイツェンほど強くなく、するする飲める。限定醸造のジンジャーハニーエールは、生姜の風味が強く出ており、ホップだけでなく生姜の苦味も甘味と調和が取れることを改めて確認できた。肉料理や魚料理と合わせると、脂っこさや臭みを和らげてくれるだろう。

現在、醸造担当は片伯部と、2006年に入社して苦楽を共にしてきた梶川悟史のほか、新たに2014年2月入社の鰐川崇と森翔太が加わった。4人体制となった結果、品質管理にさらに時間がかけられるようになり、ビールづくりの勉強をする時間もできたという。今後も、マンゴーラガーや花のホワイトヴァイスのような非常に独創的なビールが生まれるのを期待する。

ひでじビールが飲めるのは、まずは直営店。2009年に麦酒蔵Hidejiが、翌2010年には延岡三蔵・県産酒Bar HIMUKAが延岡市内にオープンし、ひでじビールが飲める場所が拡大した。2011年からは、ほかのブルワリーも広く提供する「秋のむかばきビアフェスタ」をブルワリーの前で開催している。大都市圏のビアパブではよく見かけるようになって久しい。

九州以外から延岡に行くのであれば、バスで九州を周るのも便利だ。現に、延岡は博多と熊本と高速バスでつながっているし、鉄道で移動するよりも安く済む。宮崎空港から向かうのであれば、宮崎駅で途中下車して、BEER MARKET BASEというビアパブに寄るのもいいだろう。ここでも高い頻度でひでじビールを扱っている。

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Kumagai Jinya

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