現在クラフトビール醸造所を13擁し、数では北海道に次いで日本第2位の神奈川県。まさに「クラフトビール県」と言っていいこの県に、2012年9月、新たに逗子市のヨロッコビールが加わった。
代表の吉瀬明生は21世紀に入ってすぐから約8年間、江の島のバーで働いた。そのバーを辞めるとき、「次は一生続けられる仕事に就きたい」と考えた。同時に、「形あるモノをつくる職人になりたい」とも思った。ちょうどそのころ、クラフトビール好きの先輩がベアードビールの沼津タップルームに連れて行ってくれた。そこでビールには実にさまざまなスタイルがあること、そしてクラフトビールの美味しさを知り、「とにかくいろいろなブルワリーをまわってみようと思った」。
そうして北は盛岡から西は岡山まで30前後のブルワリーに足を運んだ。あわよくばブルワーとして働き口を得ようとしたが、そううまくはいかなかった。今でこそクラフトビールの消費量が増え、「ブルワー募集」の告知がちらほらと見かけるようになったものの、つい数年前までは欠員が出ない限り人員の補充はしないという状況だった。
クラフトビールの魅力をさらに知るが、つくり手になれないという「実らない恋」のような心持ちだっただろうか。季節が春から夏に変わるころに旅から帰ると、横浜ビールでアルバイトを募集していることを知り、応募のうえ採用された。任されたのは雑用係で、お中元用のボトルビールのラベル貼りや出荷作業に2カ月間従事した。「醸造作業にはかかわりませんでしたが、ブルワリーの雰囲気を知るには良かった。それに今も心の支えになっている、当時醸造長だった鈴木真也さん(現ベイブルーイングヨコハマ代表)と出会えたのも大きかったですね」
このアルバイトが終わると、吉瀬はビールとは関連のない仕事をして開業資金を貯めつつ、ビールづくりの勉強を始めた。主にアメリカから情報収集し、思っていた以上に小さな規模でもブルワリーを始められることを知った。さらに時間を見つけてベアード、伊勢角屋麦酒、ベアレン、いわて蔵、箕面ビール、麦雑穀工房などを訪問し、ブルワリー開業のためのさまざまなアドバイスを得た。特に栃木マイクロブルワリーでは、醸造免許取得のための申請書づくりに生かせる具体的なアドバイスを得られた。
こうして約3年間、着実に準備を進めていった後、2011年に3カ月間、アメリカのオレゴン州ポートランドに滞在した。そこでクラフトビールが特別なものではなく、街に溶け込んでいる様を見て、そしてやはりベアードで最初に味わった感動と同じく、アメリカンスタイルのビールをつくろうと決心した。帰国していよいよ、ブルワリーにする物件を探し始めた。住んでいる鎌倉では見つからず、隣の逗子にまで探す範囲を広げたところ、すんなりと見つかった。それは、元こんにゃく工場だった。「排水の設備とボイラーがもともとあったので、ちょうど良かったですね。こんにゃくの凝固剤が床一面にこびりついていましたが、『なるべくお金をかけずに自分で何でもやる』と決めていたので、1週間かけて削り取りました」
2011年12月にこの物件の契約をし、翌年2月には醸造免許の申請書を提出、受理され、9月に晴れて免許交付となった。その間、1月に長男が誕生し、家庭も大事な時期にあったが「何年も前からブルワリー開業が夢と言っていたので、一緒にがんばってくれました」という。
JR逗子駅から歩いて10分弱のこの物件は、鎌倉のベーカリーとともに借りることにした。「いい物件なんですが、ちょっと広いなとも思ったんです。知人のベーカリーがちょうど、パンづくりをするスペースを探していることを知り、一緒に入ることにしました。ご存じのとおり、パンとビールは麦と酵母を使うという共通点がある。僕たちのブルワリーにぴったりだと思いました」。そのため、この工房はBakery and Brewery、または略してB & Bと呼ばれる。
こうして、ヨロッコビールは2012年11月に販売販売が開始された。ブランド名の由来は「『喜びのビール』をもじっただけ」と笑うが、「楽しさをふくらませ、悲しいときには元気に、辛いときにはリラックスさせてくれるビールになってほしい」という思いが込められている。そして図らずも’Your Local Beer’ につながる命名となった。
販売開始時のから現在に至るまでの定番ラインナップは、ペールエール、ウィートエール、IPA、ポーター。ラベルのデザインはすべて同じで、それぞれ順番に黄、青、緑、白黒と色で区別されている。「名前ではなく、『自分の好みは○色』というようにもっと簡単に覚えてもらいたい」という願いが込められているのだ。ベルギーのシメイのようだと言える。
クラフトビールのなかでも特に小さな規模で醸造しているブルワリーの多くのように、ブルーパブにはしなかった。「ここは商店街からも遠く人通りが少なく、飲食スペースを営むには正直厳しいのが理由です。しかしそれ以上に、まずはビールづくりに集中したかった」。こうして、ヨロッコビールはブルワリーでのボトル販売と近隣の飲食店での提供から始まった。
逗子を中心にヨロッコビールがだんだんと定着していって、1年以上経ったころ、逗子市内の取扱店の一つであるカフェ「ビーチマフィン」から、「週末にウチをタップルームにしないか」とのオファーを受ける。店内に専用のビールサーバーを設置し、吉瀬たちが直接提供するのだ。飲み手と直接やりとりをしてビールの感想を知りたかった吉瀬はオファーを快諾。2013年12月から金土日限定のタップルームが始まった。
取材時、このタップルームには4種類がつながっていた。定番のウィートエールはアルコール度数4.4%で、まろやかというよりは軽快さがあり、喉の渇きを潤すのにいい。やや酸味とフルーティーな香りがあり、ホップの苦味は弱くなく、ベルギービールのような複雑さがある。小麦は三浦半島で取れたものを使っている。ペールエールはベルジャン酵母を用いたスペシャルバージョンで、発酵由来のフルーティーな香りとアマリロホップの香りが相まった華やかな香りがするが、それでいて飲みやすいという、いい出来だった。さらに限定のスモークアップルエールは、エール酵母にヴァイツェン酵母を少し混ぜ、スモークした麦芽とリンゴ果汁を用いた意欲作。フルーティーさと燻製のような香りのほか、スパイシーな香りもあるので、肉料理が食べたくなる。IPAはホップ由来のマンゴーのような香りがし、香ばしさと甘みもしっかりとある。これもまたベルギービールらしい複雑さを持つ。
ヨロッコビールがアメリカンスタイルでありながらベルギービールのニュアンスを持つのには理由がある。それは二次発酵をしていることだ。一度発酵を終えてタンクから樽にビールを移した後、樽の中にまた酵母と糖を加えて二次発酵をし、適度な発泡を得る。多くのブルワリーでは発酵は1回で、その後、二酸化炭素を圧入させて適度な発泡を得る。「ウチには二酸化炭素圧入の設備がないことも理由ですが、二次発酵の方が自然な発泡になると考えるため、この方法を採用しました」。さらに、二次発酵をするとビール全体がまろやかになり、カドが取れる。これがベルギービールっぽさを少し持つ理由なのだ。
吉瀬がビールづくりで大切にしているのは、「ビールは手をかければかけるほど美味しくなる」ということ。そのためには、ビールづくりの全工程で手を抜かないよう、集中力を保たねばならない。キツすぎない範囲で仕事を楽しみ、家族との時間を大切にすることが必要だという。
吉瀬が直接飲み手にビールを提供できるようになり、吉瀬のビールの表現の自由度が上がった。逗子が一番輝く季節である夏に、ぜひ一度タップルームを訪れてみてほしい。今まさに地域に根差そうとしている、どこか懐かしく、優しさのある一杯に出合えるだろう。
by Kumagai Jinya
www.yorocco-beer.com
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