麦芽。ビールの原料の中で水を除き最も質量が多く、それでいて最も感謝されていないと思われる存在。クラフトビールのファンたちはビールに使われるホップの品種や組み合わせを騒いでいる。ブルワーには酵母オタクがあふれている。フルーツ、スパイス、その他ハーブやコーヒーなどフレーバーを加える原料が大勢の人々を歓喜させている。発芽した穀物にも少しは愛情をもらえないのだろうか?
麦芽を原材料まで遡ると、麦芽もクラフトビール精神の一部であることが理解できるだろう。大麦、小麦、ライ麦などの穀物を農家が生産する。もちろんそれらは農業を取り巻く小規模経済だ。次に、モルティング(麦芽化)という、それ自体が「クラフト」である実際のプロセスがある。今年デンバーで開催されたクラフトブルワーズコンファレンスで、我々はクリスプ・モルティング・グループのユアン・マックファーソンとスティーブ・ルポイダヴィンから、この重要な原料について話をきいた。
クリスプは世界で最も評判が高いモルティング企業の1つで、格段に高品質の麦芽を1870年から製造している。同社が麦芽の原料として調達する大麦などの穀物の調達元であるスコットランドおよびイングランドで唯一の、私企業だ。同社が保有する5台の麦芽製造設備の1つは、世界で数台しか現存しない伝統的フロア式モルティング設備の1つでもある。そのためクリスプ社は、遺産として受け継いだ何世紀も前の手作業によるモルティング作業に大変詳しい。日本の醸造所の多くは、恐らくクリスプ社の麦芽をある程度使っているだろう。しかしクリスプ社やそのモルティングプロセスをよく知る消費者はほとんどいない。
まずは基本から説明しよう。醸造中、イーストは糖分を食べてビールの中にアルコールと二酸化炭素を生成する。この糖分は麦芽から得ている。モルティングは、この糖分を解き放つために大切なステップだ。いや、本当にこれほど単純ならいいのだが…。
自然界では、大麦の種子が発芽すると、酵素を発生させてデンプンを糖分に変換し成長に使う。モルティングは、このプロセスを言ってみれば再現することなのだが、変換はさせない。初めのステップはスティーピングだ。穀物は丁寧にコントロールされた湿った環境下で発芽を促される。大麦は水に浸され、次に乾燥されると呼吸ができるようになる。その後、根が生え始めると大麦は発芽容器に移される。発芽容器についてはモルティング企業が温度と水分を含んだ空気の流れを制御する。ここで酵素が動き出しスターチを解放する。最後のステップは乾燥だ。醸造に必要となる貴重な栄養分が根の成長に費やされないよう発芽を止めるために、グリーンモルトを乾燥する。醸造の最初のステップで重要となる酵素にダメージを与えることを避ける必要があるので、乾燥はとても繊細な作業だ。乾燥にかける時間と温度は、麦芽の色と味、すなわちビールの最終的な色と味に影響する。
クリスプ社は、他の大手モルティング企業と同様に、数世紀前から伝わる手作業の乾燥工程と最新の科学を組み合わせている。また、大麦その他の穀物は、多くの要素、特に天候に左右される生き物だ。作物は毎年異なり、麦芽は詳細な分析をうける。クリスプ社は、異なる地域に散在する農場を総合的に使用することで、可能な限り、麦芽の品質の一定に維持しようと努めている。農場の多くはイングランド南東部に位置しているが、必要とあれば他の地域にも目を向ける。
スティーブとユアンは言う。「3年前には干ばつがありました。生育が不均等であったり窒素含有率が高くなることもあります。しかし当社は全体として麦芽の母集団が十分に大きいので、問題を解決することができ、すべての醸造所の皆様に同じ麦芽をお届けできるのです。また、品種については保険があります。もし当社の品質基準を満たさない大麦があれば、その大麦を調達元(農場)まで追跡して除外することができます。幸いこの作業が必要になったことはありませんが、もしもの場合に品質を維持するための手順があるということです」
クリスプ社はまた、持続可能な農業と新種の大麦の開発に協力をしている。また、かつては優れた大麦の品種であったシュヴァリエ(Chevallier)種の復活にもかかわっていた。ヴィクトリア時代のイングランドで人気があり、近代の農家が他品種へ転向したため徐々に姿を消していった品種だ。種子バンクから得た種子を用いて、ジョン・イネス・センターの科学者たちが、失われた品種を再評価するプロジェクトの一環としてその一部を再生させることにした。収率が高いことは史料からわかっていたが、今日のモルティング業界で頭痛の種となっているある病気に対して強い耐性があることも発見された。現在、彼らはこの品種を別の近代種とかけ合わせる研究をしている。
この大麦を半エーカー分育てた後(100年ぶりのことだ)研究施設はグレート・ライバラにあるクリスプ社のフロア式モルティング設備を使用し、次にスタンプテイル・ブルワリーにその麦芽を預けてビターエールを造った。この素晴らしいプロジェクトについては、今後も同様の試みが続くと確信できる。このプロジェクトは、醸造における科学の価値、とりわけ農業やモルティングといった伝統的な手段と組み合わせた科学の価値を証明した。同時に、この品種を使っていた産業革命前のブルワーたちが、自分たちのしていることをちゃんと理解していた、ということも。
This article was published in Japan Beer Times # () and is among the limited content available online. Order your copy through our online shop or download the digital version from the iTunes store to access the full contents of this issue.