飛行機の国際線だけでなく、LCC(格安航空会社)の国内線も多く乗り入れるようになった成田空港。そこから都内方面に少し行ったところに佐倉市があり、そこでつくられているのがロコビアだ。
ロコビアでは1998年に醸造が始まった。設立したのは千葉県内で9軒の酒販店「シモアール」を営む下野酒店だ。同社はこれより前に同じく千葉県の長南町で「房総ビール」を立ち上げており、二つ目のブルワリー立ち上げとなった。同社にいる約100人の従業員のうち、ロコビアの醸造責任者にならないかと社長に声を掛けられたのは、現在に至るまで醸造長を務めている鍵谷百代だった。
鍵谷は1995年に下野酒店に入社し、以来、酒屋の一角に設けた化粧品や香水、シルバーアクセサリーなどのコーナーを担当していた。「こうしたアイテムを酒屋で売るのは当時は画期的で、結構売れたんですよ」。そうして仕事に慣れてきた1997年に社長から「ビールづくりをやってみないか」と突然言われた。すぐには決断できず、数カ月悩んだ。社長には「二つ目のブルワリーのコンセプトは『女性のための女性がつくるビール』にしたい」という思惑があり、数少ない女性スタッフの一人である鍵谷に声を掛けた。
そして鍵谷は最終的に「このチャンスを受け入れなかったら、今後ビールを好きになったときに後悔するだろう」という非常にポジティブな思いを持ち、ビールづくりに挑戦することにした。そう、鍵谷は当時、ビールが苦手だったのだ。苦手だと言う人の多くが主張するように苦味が苦手だったという。しかし日本酒は子供のころから好きだった。もちろん、子供のころから飲んでいたというわけでない。母親が夕飯に煮物をするときによく日本酒を入れ、煮立ってくるにつれ漂ってくる、あの豊かでまろやかな甘味を想像させる香りがたまらなく好きだったという。
そうして1998年に、現在も醸造施設がある、佐倉市のシモアール・ユーカリが丘店の建物の奥で、醸造をスタートさせた。最初は、房総ビールでの経験を持つ社長と一緒に作業をしていたが、徐々に一人でさまざまな作業をこなしていくようになった。当初のラインナップは「ロコビアグリーン」と「ロコビアブルー」の二つであり、いずれもモルトエキストラクト(麦汁を濃縮したもの)を使用していた。しかもホップも入っているタイプを採用していたので、ロコビアではほとんど味わいの調整をすることができなかった。鍵谷は「どちらも苦くなくて私の好みでしたが…」と笑うが、お客からの評判は芳しくなかった。
この方法での製造に限界を感じ、多くのブルワリーと同じようにモルトを粉砕するところから始め、それにともない醸造設備のほぼすべてを入れ替えることにした。このときから、製造に関する専門的な指導は、プレミアムモルツの生みの親である、サントリーのブルワーの山本隆三から受け始めた。そうして1999年10月から、新しい設備と製造法で心機一転を図った。現在レギュラーで製造している「香りの生」というケルシュはその翌年に生まれた。しかもそのとき、「芳醇麦酒」という名のケルシュも同時に製造し始めたというから驚く。
ケルシュは、ドイツ・ケルン発祥で、高温発酵・低温熟成によってつくられるビールである。色合いはゴールドないし麦わら色。ややドライで、ほのかな甘味がもたらす柔らかな口当たりに加え、みずみずしい飲み口を兼ね備えている。フルーツ香が感じられるものもある。ホップの苦味はわずかに感じられるものからはっきり感じられるものまであるが、強いレベルではない。香りの生はケルシュの中でも軽快な部類に入り、芳醇麦酒はフルーツ香も苦味もしっかりとある部類のものだった。
一つのスタイルの中から二つの定番ビールをつくり分けるのは、そう簡単なことではないだろう。しかし国内で開催された2000年のジャパン・アジア・ビアカップ(現アジア・ビアカップ)では香りの生が金賞、芳醇麦酒が銀賞に輝き、同年のインターナショナル・ビアコンペティション(現インターナショナル・ビアカップ)では、芳醇麦酒が金賞、香りの生が銀賞を獲得した。山本に受賞を報告すると、「1年目から出来すぎ」と苦笑いされた。
さらに香りの生は、2004年のワールドビアカップで銀賞、2006年と2008年に銅賞を受賞している。ロコビアは、以前の評判を覆すことに成功し、質の良さが広く認められた。鍵谷は2004年に初めてケルンを訪れ、市内のケルシュをなるべく多く試してみた。「自分がつくっている二つのケルシュは、きちんとケルシュの範囲に入りつつも、似た味わいの銘柄には出合わなかった。自分だけの味をつくれているんだと、うれしくなりました」
サントリーとの関係は現在も続いており、例えばビールの成分分析をお願いしている。そこで褒められたのは透明度で、「クラフトビールでこれほどクリアなのは珍しい」と評価された。ポイントは濾過器で、ロコビアで使っている装置は三つのバルブをほぼ同時に操作する必要があり、まさに職人技が必要となる。
現在の定番ビールは前述の香りの生と、佐倉スチームだ。前者は甘味、苦味、そしてフルーティーな香りがそれぞれ穏やかにあり、バランス良く融合している。後者はその名の通り、「スチームビール」というスタイルのビールで、ラガーにしては高めの温度で発酵させ、フルーティーさがありつつも、熟成をしっかりきかせて飲みやすく仕上げている。実際、発酵によるフルーティーな香りと炒った麦芽の香ばしさがして、味は甘味より苦味が強く、後味が苦味で終わるかと思いきや、最後にまた麦の香ばしさが鼻にやってくるという、ドラマチックなビールだ。
近年では、限定醸造でバーレイワインやバルチックポーター、ストロングエールなど、ほかのブルワリーがあまり手掛けていないスタイルを意欲的につくっている。取材の時期にちょうど飲むことができたのは「イミグラントピルスナー」だ。スタイルとしてはクラシック・アメリカン・ピルスナーで、ドイツからアメリカに渡ってきた移民が、新天地で入手可能な材料を使って祖国の味を再現したもの。ロコビアでは当時のレシピを基にコーンを使用した。すっきりとしたライトな飲み口ながらホップの苦味がしっかりときいている。心が疲れているときに飲めば、飲み疲れすることなしに、しみわたる苦味が心に寄り添ってくれるだろう。
さらに興味深い限定醸造としては、「ユナイトペールエール」というビールを今年3月に製造した。世界的なブームとなっているクラフトビール業界にも多くの女性が携わっているが、まだ若い業界ゆえ女性が安心して働ける環境にあるとは言えない。同様の問題を抱える米国では、ビール業界で働く女性達が作る団体「ピンクブーツソサイエティー(PBS)」が国際女性デーに合わせ、世界中で同時にビールを醸造し業界内での女性の地位向上を目指そうと呼びかけている。この趣旨に賛同し、女性オーナーと店長が営む東京・代々木のビアパブ・ウォータリングホールとのコラボレーションビールをつくり、売上金の一部をPBSに寄付した。鍵谷も醸造を始めてからこれまでに2度の出産を経験している。
ロコビアはインターネット通販とシモアール各店舗のほか、さまざまなビアパブで楽しむことができる。鍵谷が「最も古いお付き合い」と言うのが、東京・神田にある蔵くらで、10年以上の取引があり、こちらのお店はかなりの頻度でロコビアを提供している。同じ千葉県では、千葉駅近くのビアオクロックが月に100リットル前後提供している。船橋市と市川市に店舗を持つアローズでも、「地元のビール」として積極的に取り入れている。ネット通販で購入するのが確実だが、もし千葉に行く機会があれば、これらのお店に行ってみよう。地元のビール(ローカルなビール、つまりロコビア)を飲むというのは情緒的な良さだけでなく、鮮度の面で有利なのは多くの人が知っているだろう。
www.locobeer.jp/
This article was published in Japan Beer Times # () and is among the limited content available online. Order your copy through our online shop or download the digital version from the iTunes store to access the full contents of this issue.