クラフトビールという言葉と名古屋は最近まであまり結びつきがなかった。ベルギービールを飲める店は以前からあったが、金しゃちビールを手掛けるワダカンがランドビア・サーカスを閉店して以降、国内外のクラフトビールを飲める店は皆無に等しかった。そんな中、2010年に初の本格的クラフトビアパブKeg Nagoyaが名古屋市の中心部にオープン。続いて2012年にはGrillman、23 Craft Beerz Nagoyaがオープンして街が活気づいてきた。そしてついに今年3月、名古屋初のクラフトブルーパブが名古屋駅から歩いてすぐのところにオープンした。
Y.Market BrewingはKeg NagoyaとGrillmanを営む酒販企業「おかだや」が経営している。、名古屋駅前柳橋界隈にある建物にブルワリーとパブが入っており、Y.Marketという名前は柳橋市場にちなんで付けられた。柳橋市場は飲食店向けに食材や飲料を売る家族経営の卸売商を主体に構成され、おかだや社長の山本康弘もこの界隈で育った。こうした昔ながらの卸売商が大手スーパーの進出により次々と廃業していくのを目の当たりにするのは山本にとっても大変辛いことで、新しいブルーパブの場所を飲食の中心街からやや離れたここに決めたのも、この界隈が再び活気を取り戻してほしいという思いからだった。
山本が醸造長として迎え入れたのは加地真人。クラフトビールファンなら加地が長野県南木曽町の木曽路ビールにいたことを知っている人も多いだろうが、彼がこの度名古屋にやって来たことには皆驚いた。
そんな加地がブルワーになったいきさつはとても面白い。10年ほど前、交換留学生としてカナダのモントリオールにいた加地は所持金が底をつきかけていた。そこで彼は就労ビザを取ってフルタイムの職に就くことにした。そうしていくらか稼ぎを得たおかげで現地のクラフトビールの味を覚えた。クラフトビールは街のどこでも飲むことができた。生まれて初めて知ったIPAの味。すぐに好きになった。それから彼は暇さえあれば近所のブルーパブやバーへ出掛けるようになった。有名なブルーパブDieu du Ciel!で醸造長のルーク・ラフォンテン(現在は茨城でビール造りを行っている)と出会い、彼からホームブルーイングを勧められたのだという。初めて自分でビールをつくった時の興奮を加地は「美味しくなかったけど、自分でつくるのは楽しかった」と話してくれた。
楽しさのあまりつくり過ぎてすぐに瓶が足りなくなるので、空きビン確保のためにちょくちょく友人たちを招いては、あまりできの良くない自家製ビールを飲んでもらっていたが、やがて彼がつくるビールもだんだんとレベルが上がっていき、帰国後、実家がある中津川から遠くないところにある木曽路ビールに入ることができた。
木曽路ビールで働き始めて1年後、当時の醸造長が辞めたので、加地が醸造長を務めることになった。当時はまだ自信がなかった加地は勉強して知識を習得し、経験の少なさを少しでもカバーしようと努めた。堪能な英語を活かし、日本語版が出ていないビールの専門書を探して入手し、醸造技術を可能な限り習得しようと努めた。
そんなある日、加地はおかだやの山本やそのスタッフたちの熱心な勧誘もあって名古屋に行くことになった。「頭の中でイメージしたビールをその通りにつくれるようになりたい。しかし美味しいビールがつくれればそれで終わりではなく、お店がどのようにそのビールを出してくれているか、ということも大変重要です。そういうことも含めて、おかだやの人たちはビールに関するあらゆる事柄がうまくいくように熱意を持って取り組んでいると感じました」と言う。加地の細かい注文通りの1000リットル規模のブルワリーも完成し、往復5時間以上も掛かるという新しい職場への通勤が始まった。
3月10日にオープンしたブルーパブではY.Market Brewingの5種類のビールが用意され、前述の二つの姉妹店同様ビールの新鮮さが最大の魅力だが、同社の樽詰めビールは全国のビアバーなどでもすでに飲めるようになってきた。ビンでの販売予定は今のところないそうだ。
私はこのブルーパブをすでに2度訪れているが、すぐにビールのクオリティの高さに驚いた。5種類のビールはすべてエール。アルコール度数4.1%と軽めでホップの使い方の上手さと最高の飲みやすさが魅力のプライムエールから、アルコール度数7%のヒステリックIPAまで楽しめる。ヒステリックIPAはホップの使い方が素晴らしく、マイルドな苦みとコントロールされた甘みが見事なバランスを取りながらフルーティで香り豊かなIPAに仕上げている。ブルワリーが稼働して最初のバッチにしてすでに国内最高レベルのIPAだと感じさせる。
ゲートセブン・ブラックエールはいわゆるフリースタイル・ダークエールで、クラフトビールへのゲートウェイ(入り口)となるように意識してつくられている。Y.M.B.Pはアメリカンペールエールで、グレープフルーツのような香りとパンのような香ばしさが特徴。クラフトハートレッドはリッチなモルト感が印象的だがホップも十分効いており、バランスの良いビールである。
Y.Market Brewingのビールはどれもホップが効いているのが特徴だ。ドライホッピングが同社のビールづくりの特徴になっていて、ブルーパブのビールメニューにはそれぞれのビールに使われているホップの種類が明記されている。これらのホップの中にはおなじみのカスケードやシムコーのほか、モザイク、サフィール、モトゥエカなど、日本でまだなじみの薄いホップも含まれている。
ホップにこだわるのと同様に、加地は酵母もビールのクオリティを決定づけるものととらえ、色々な酵母をうまくコントロールしながらビールをつくれることを自分の持ち味にしたいと考えている。加地は新しくて面白い酵母を探すことに余念がない。従来のスタイルにとらわれることなく、それぞれの酵母の持ち味を最大限に生かすためにはどんなビールにするのがベストか、ということを常に考えている。酵母細胞の数をカウントしたり、酵母活性や温度をチェックしながら常に発酵の状態に注意を払っている。発酵度に細心の注意を払っているのは、甘さや重さが必要以上に残ってしまうことを避けながら麦芽のフレーバーを最大限に引き出すためだ。
私が2度目に訪れた際には6種類の試作ビールを試飲する機会に恵まれた。ホップの効いたラガーが1種類、IPAが2種類、フルーツビールが1種類、イングリッシュブラウンエールが1種類、そしてなんとソラチエースを使ったベルジャンウィットが1種類である。どれも美味しかったが、最終的にはもう少し熟成させドライホッピングを施す予定だという。それぞれがどんな仕上がりになって登場してくるのかとても楽しみだ。
Y.Market Brewingの登場は最近の日本のクラフトビア関連のニュースの中でも最もエキサイティングなニュースだろう。開業から1カ月ですでに大成功を収め、これからどれだけ大きくなっていくかわからない。全国のクラフトビールファンが名古屋を目指してやってくる日が間もなく来るだろう。名古屋を通ることがあれば、ちょっと立ち寄ってみてほしい。新幹線の名古屋駅から、歩いてわずか10分のところにあるのだから。
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