Karuizawa Brewery

by Kumagai Jinya



日本屈指の高級リゾート地「軽井沢」の名前が付くビールと言えば、ヤッホーブルーイングの「軽井沢高原ビール」を思い浮かべる人が多いかもしれない。しかし2013年、もう一つ立ち上がった。長野県佐久市にある軽井沢ブルワリー株式会社の、軽井沢浅間高原ビールだ。

2013年の4月中旬にビール醸造免許を取得し、6月10日から販売を開始した。工場は2011年末に着工し、2012年6月に竣工し、醸造設備を担当したのは、最もやる気とアイデアを見せたというBETだった。経験が豊富なのも決め手となった。そうして、ゆくゆくは年間2000キロリットルの製造を目指せる、日本のクラフトビールの中では大きな部類に入るブルワリーが誕生した。

この軽井沢ブルワリーは、親会社のドーバー洋酒貿易の念願だった。1994年のいわゆる「地ビール解禁」に合わせてブルワリーを立ち上げようという夢があったが、検討を重ねて「まずは本業を固めるべき」という判断になり、見合わせることとなった。その後、新工場を二つも建てるなど着実に成長していった同社は、2011年に満を持してクラフトビール事業を具体的に進めていったのだ。

立ち上げから現在に至るまで醸造長を務める岡慎一朗は、大学でバイオテクノロジーを研究して農学博士号を取得し、2010年にドーバー洋酒貿易の関連会社であるドーバー酒造に入社。以来、製品開発や品質管理を担当していたが、2011年秋にビール部門に異動となった。その後、先述のBETの紹介でドイツでの実習をし、さらに御殿場高原ビールや伊勢角屋麦酒、木内酒造でも研修を受けた。そして現在も一緒に働いている大手ビールメーカー出身のベテランブルワーに教わりつつ、ビール醸造免許取得の準備を進めていった。

軽井沢浅間高原ビールの特徴は、一言で言えば「すっきりとして飲みやすい」ということだ。「大手メーカーとも、いわゆる地ビールメーカーとも違うビールをつくりたい」と岡は言う。つまり、まずは大手にはない高級感を持つこと。そして濃厚で1杯1時間かけたり、飲み飽きて次は違うものを頼みたくなったりするようなビールではなく、何杯でも飲みたくなるようなビールを目指しているのだ。

そうした思いは、製品のパッケージにも表れている。ボトルは、半透明で触り心地がなめらかである。ポイ捨てしようなどとは思えないほどだ。ギフト用には1本からでも箱を用意してくれる。さらに、このボトルと缶のラベルの絵は、日本画家の千住博によるものだ。同じ佐久・軽井沢地域に、彼の美術館がある縁で実現した。画家が特定の定番商品のラベルの絵を描くということは、なかなかあることではない。工場の建物のデザインも凝っている。工場は流通団地のなかにあるが、外観が真っ黒でひと際目立っている。

いざ昨年6月10日に販売がスタートすると、在庫として蓄えていた24キロリットルのビールは、1カ月はもつと見込んでいたが、わずか3日で売り切れてしまった。その後、ビールをつくってもつくっても注文に追い付かない状況が3カ月続いた。しかも注文の多くは長野県内、特に軽井沢ブルワリーがある佐久・軽井沢地域で多かったという。ご存じのように、長野県には多くのブルワリーがあり、同じ佐久・軽井沢地域には国内クラフトビールのシェア1位のヤッホーブルーイングがある。この地域には、クラフトビールを受け入れる素地があるのだ。

実際には、長野県外でも売れ行きは好調である。東京駅の地下にある酒販店・ルコリエ丸の内には全国のクラフトビールが並んでいる。ここは毎月、販売数の多い順にランキングをつくっている。2014年は1月と2月は軽井沢浅間高原ビールのヴァイスが1位となり、3月は2位だった(1位は某社の限定商品だったから、仕方がない)。さらに、北は北海道から南は熊本までのほぼすべての都道府県のスーパーや酒販店で取り扱われている。これは、軽井沢ブルワリー社の営業努力もさることながら、親会社のドーバー洋酒貿易の協力を得られているところが大きい。

実際に、いくつかの銘柄を味わってみた。前出のヴァイスは、スタイルで言えばヴァイツェンだが、酵母による濁りは少なめ。当然、酵母臭は少ないが、そのせいもあってバナナのような香りをはっきりと感じる。ボディーもヴァイツェンの中でも弱めで、飲みやすい。友達をクラフトビールにはまらせるのに最適な一杯かもしれない。「プレミアムクリア」は、はっきりとしているがさわやかな甘味が特徴。その甘味に神経が刺激され、舌の下から唾液がぴゅるぴゅる出てくる。「アルト」はモルトによる香ばしさと甘味がフレッシュで、デュッセルドルフにあってもおかしくない。春限定の「桜花爛漫」は素晴らしいカラメル香がする。ホップの特徴はさほど強く出ていないので、ホップが弱めのボヘミアンピルスナーといった味わいだ。

「Betに入れてもらった設備は、どんなスタイルのビールもつくれると思うほど使い勝手がいいですね。いろいろつくってみたいとも思いますが、とにかく今は高いレベルでの品質維持に努めています」。そう言う岡が最も気を付けているのが、衛生面だ。もともといたドーバー酒造の品質管理は、酒というよりも食品と同じ高いレベルを採用しており、岡はそれを引き継いでいる。実際、ドーバー酒造では、厳格な衛生管理が必要な南極観測隊でも採用されている「パストリーゼ77」というアルコール消毒剤も製造・販売しているので、グループ内での衛生に対する意識は高い。

人間ができる努力は尽くして事故に備えているが、天災だけは根絶できない。多くの人の記憶に新しいように、今年2月に日本各地を襲った大雪は、特に山梨県、長野県で大きな被害があった。最も大きな被害を受けた山梨県は比較的多く報道されたが、長野県は当初ほとんど報道されず、被害が出ていると知られるのに少し時間がかかった。オリンピック期間中であったことも、報道が少なかった一因だ。取扱店からは「なぜビールが届かないのか」という問い合わせも殺到したが、状況がメディアで取り上げられるようになってからは理解を得られるようになった。

軽井沢ブルワリーがある佐久・軽井沢地域は例年あまり雪が降らないだけに、今回の大雪に対する備えがあまりなく、例えば交通網の麻痺が起き、物流が約1週間止まった。幸い、ブルワリーのスタッフにケガなどはなく、主要メンバーは歩いて出社でき、大雪が降った直後から回復に務めることができた。ビールは、製造だけでなくさまざまな過程を経て消費者の口に届くことを改めて思わせる出来事だった。

4月には、初めてのケルシュタイプ「プレミアムエール」を発売。これはレギュラー商品になる予定だという。販売開始直後から引手あまたの軽井沢浅間高原ビールゆえ、イベントに出店するのはまだ難しい。樽生を飲んでみたい人は、工場まで行ってしまおう。関東方面からは長野新幹線で佐久平駅に行き、そこからタクシーで6分前後。2015年からはこの佐久平駅を経由する北陸新幹線が東京から金沢まで開通して、さらにアクセスが良くなる。ブルワリーの見学ツアーも毎日やっていて、入場料は500円。持ち帰り用ビール2本、もしくは試飲1杯と持ち帰り1本の引換券が付いてるのでお得だ。これからの季節、涼しい風に吹かれながらさわやかなビールを飲みに行ってはどうだろうか。

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