by Kumagai Jinya
鳥取県の県庁所在地である米子市から見ると、まるで富士山のような堂々たる山容を誇るゆえ「伯耆富士」の異名を持つ、大山。その麓でつくられているのが、大山Gビールだ。1856年に創業した久米桜酒造と、高圧ガスの販売を営む山陰酸素工業の共同出資で立ち上げられた久米桜麦酒株式会社のブランドである。1997年からビールの製造・販売を行っている。
ここの醸造長は「ヒデ」こと岩田秀樹だ。岩田は島根大学農学部の応用微生物学研究室の出身で、酒造会社で研究者になる予定だった。しかし卒業前に、久米桜酒造がビールづくりを始めることを知る。酒造会社で今までの技術を維持していくのは確かに意義のある仕事だが、技術が確立しておらず多様性があるビールづくりで新しいことを目指す方が自分に合っているのではないかと思い、大山Gビールの立ち上げに加わった。
大山には豊かな自然がある。まず何と言っても水だ。醸造に使っている水は、醸造所の近くにあり、平成の名水百選にも選ばれている地蔵滝の泉と同じ水源から採取している。この水は口当たりがとてもマイルドで、甘味すら感じられるほど。大山に降った雨や雪が400年かけて濾過され、この泉に湧き出すという。さわやかで優しい水音は、人間の時間の感覚を失わせる。案内してくれた同社の醸造長も、「音を聞いているだけで気持ちがいいですね。いつまでもここにいたい」と、原料への愛情を隠さない。
土も肥えている。大山周辺には火山灰土と腐植によってできた「黒ボク」と呼ばれる、肥沃な黒ずんだ土壌が広がる。この土を利用して同社は3つの作物を育てている。一度は途絶えたが復活させた、初夏に収穫される大麦品種のダイセンゴールド、夏のホップ、秋に収穫してビールづくりにも使う酒米の山田錦。つまり、雪をかぶっている時期を除き、これら3つの作物いずれかの成長ぶりを見られるのだ。
工場の前でホップ栽培を始めた要因は、志賀高原ビール(本誌2013年春号参照)が栽培を始めたことを耳にしたこともあるが、近年のホップ価格の急騰が大きい。大山周辺ではホップ栽培の実績がなく、周囲からも「できないのではないか」と言われてしまう。しかし志賀高原ビールに栽培の方法を聞き、とにかく始めてみた。1年目は40株植えて3株が毬花を実らせた。2年目は80株植えて6株できたが、害虫にやられてしまい、ほとんど収穫できなかった。3年目はどうしても有機無農薬でやりたかったので、害虫は見つけ次第、捕殺した。地元の農家からは、虫よけとして木酢液にハバネロやトウガラシ、ニンニクを混ぜるといいと教えてもらった。そうして、なんとかビール醸造1回分のホップを収穫した。
この自家製ホップでつくられた銘柄が「ヴァイエンホップ」だ。ドイツ語のWeihenは愛情、奉献を意味する。このホップ園が以前は梅園であったことからも、ぴったりの命名となった。栽培5年目の今年は、カスケード、センテニアル、チヌーク、スターリンをそれぞれ20株ずつ植え、30キログラム程度の収穫を見込んでいる。
酒米の山田錦は「八郷」に使われる。今年で6回目の仕込みを終えた八郷は、フルーティーな香りとソフトな甘味を特徴とするビール。八郷という名は、山田錦を栽培している工場周辺の地域の名前だ。
岩田は農作業をすることによって「原料を生かしたビールづくりをしたいと一層思うようになった」と強調する。「本当に毎日クタクタになるまでホップの世話をしていました。だけれども、気分がすがすがしくなる、気持ちの良い疲労です。こうしてできたホップでつくったビールが、おいしくないはずがない。それにね」と彼はホップづくりの密かな醍醐味を教えてくれた。「上に伸びていくものを見守っているのは、気持ちがいいんですよ」山としての大山も好きでたまらないと言う岩田の向上心を、ここでも知らされた気がした。
大山Gビールの銘柄は、「ピルスナー」「ブラウンエール」「ヴァイツェン」の3つからスタートし、ブラウンエールはほどなくペールエールに変わった。そして黒いビールがラインナップに欲しくなって「インペリアルスタウト」を醸造したところ、岩田はおいしさにほれ込んでしまった。これを飲みやすくする形で生まれたのが「スタウト(ビアスタイルとしてはポーター)」だ。
限定ビールの第1号として、当初は「デュンケルを作りたい」と当時技術指導をしてくれていた大手メーカースタッフに相談するも、「スタイル名ありきではなく、つくり出したいキャラクターを優先すべきだ」とアドバイスを受ける。これに深く納得した岩田は、自分がつくりたい味を実現するため、これまでに実に50種類以上のビールをつくってきた。そこで得た経験は、定番ビールの質の向上に役立っている。そのなかには例えば、基本的なレシピはレギュラーのビールと同じだが、酵母だけを変えたものも含まれている。そうした違いを岩田が、飲み手に直接伝えることもある。
バーレイワインを初めてつくったときの感慨はひとしおだったと言う。「初めての熟成をきかせるビールがおいしくできて、なんだか大人になった気がしたのです。国内のすごいブルワーたちの仲間入りができた気すらしましたね」
岩田には、このときから大山Gビールの味が一段階進化したという実感があった。実際、ブルワリー併設レストランだけでなく、外販の売り上げが伸びていった。そうして2010年に、小麦を入れる以外はバーレイワインと同じレシピでウィートワインを醸造。これが岩田が今までつくったビールのなかで最も感動したビールだという。「つくり方が1点違うだけなのに、香りが全く違う。醸造中のある日、工場に入った瞬間に、これはいいビールができると確信しました」
岩田がビールづくりで重視しているのは「やさしい味」だ。「大山の色で例えるならば、白。そして僕のなかでは、白と言えば牛乳なんです。牛乳のような優しさを、ヴァイツェンに重ね合わせて見ています。この創業当初からお客さんの意見を聞きながらつくってきたお気に入りのヴァイツェンが、ワールドビアアワーズ(WBA)で受賞できて、天にも昇る気持ちでした。」イギリスで毎年開催されるWBAでは、スタイルごとに世界一を決める。2番以下に賞は与えられない。受賞したことをファンに発表すると「自分がつくったわけじゃないけど、とても嬉しかったよ」と言われ、喜びでいっぱいになった。岩田はヴァイツェンに深く思いを寄せている。「トレードマークのヒゲは、ヴァイツェンを飲んだときに泡が付くように生やしているんですよ」と笑った。
日本における最近のクラフトビアのうねりのなかでも、岩田の向上心は止まらない。「すべてのビールの出荷量が増加傾向にあるなか、2012年のヴァイツェンの出荷量はWBA受賞もあって、前年比300%でした。2013年は前年比でさすがに100%を割るだろうと思っていましたが、今のところ120%くらいになる見込みが立っています。生産を追いつかせるために、苦手だった冬場の仕込みをせざるを得なくなりましたが、逆に弱点を克服できました」
大山Gビールを取り扱う大都市圏のビアパブは少なくない。しかし、もし本当にほれ込んでいるならば、醸造所併設レストラン「ビアホフ・ガンバリウス」を一度は訪れよう。最近は満席になることが多く、事前予約をお勧めする。6月8日、9日には昨年に引き続き、ビール、フード、音楽が融合した「地BeerFest大山」が開催される。キャンプ場の無料提供もあるので、キャンプ道具をマイカーに積んで存分に楽しもう。さらに翌6月10日には「山陰地ビールフェスタ2012 in 米子」も開催される。6月は山陰に行くしかないようだ。
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