Craft Beer City Japan?

日本の各都市をクラフトビア・ブルワリーやクラフトビア・バーの数で分類してみるとその結果にちょっとびっくりするかもしれない。もちろんクラフトビア・バーの数では東京がトップだが、人口が多いので一人当たりの店舗数に換算すれば意外と多くないことが分かる。横浜も市の中心部だけみればブルーパブやバーの密度は全国でもトップクラスに入るが、市の中心部を離れると意外とそういうお店が少ない。大阪は最近やっとブームに火が付いてきたが、まだまだこれからというところ。京都は4つのブルワリーを誇るが、クラフトビアを提供するお店はそんなに多いとは言えない。では札幌あたりがトップにくるのか?意外だがこれが実は神奈川県厚木市なのである。

小さい町ながら3つのブルワリーといくつかのクラフトビア・バーがあるのは、近くにアメリカ軍の基地があるからだけではない。まず、神奈川県は水が美味しい。神奈川県内には他にもいくつかのブルワリーがあるが、そのどれもが美味しい水の恩恵に与っている。厚木市の場合は地価の安さもメリットだろう。そうした事実はあるが、厚木市のクラフトビア密度が高いのはあるいは単なる偶然かもしれない。

大胆な風味のビールを造るブルワリーとして今や全国的に有名な厚木ビールはその名の通り、地元に密着したブルワリーである。スラッシュゾーンの勝木オーナー(ホップブレンドを考案)とブルワーの望月秀樹のコラボレーションによる、強烈なホップと高アルコールが特徴のHopslaveは特に有名。2010年11月に開催されたジャパン・クラフトビア・セレクションで最高賞を受賞して以来、Hopslaveはビール好きに愛され続けている。しかしそのクオリティの高さと人気は強烈なホップのせいだけではない。ブルワーの望月は自分のビールの味の秘訣は酵母にあると言い切る。

酵母はビールのフレーバーを確実に左右する重要な要素でありながら、ホップやモルトフレーバーにばかり気を取られる一般の人たちからは見逃されがちな要素でもある。望月は酵母が素晴らしいフレーバーのカギを握ると考え、これまでずっと様々な種類の酵母を試したり、酵母のブレンドにもチャレンジしている。

「酵母はフレーバーを決めるとても大事なものですから、自分で培養するのが一番だと思いますし、酵母のブレンディングもブルワーにとってとても意味のあることだと思っています」

望月に酵母の重要性を気付かせたのはエチゴビールの初代ブルワーだったBawa Demuyakorで、彼は望月に酵母の研究や培養は中途半端で終わらせず徹底的にやるように勧めた。望月が醸造について主に学んだのは大和葡萄酒という会社だった。山梨県のワイナリーで、90年代の後半にクラフトビア造りも始めた。望月は大和葡萄酒に入る前は普通のサラリーマンをしながら新しい道を模索していたという。

「あるとき大和葡萄酒に一人のドイツ人ブルワーが来て、私たちに何ヶ月間かノウハウを教えてくれたのですが、結局彼は2年間にわたって指導してくれました。そんなことから当時の私はドイツスタイルのビールを造っていました」

やがて望月は山梨県を離れ、家族が居る厚木に戻ってきた。神奈川県議会議員の堀江則之が創業した厚木ビールはたまたまその頃、ブルワーを探していた。そこにタイミング良く入社した望月はやがてドイツビールからベルギービールへとスタイルを変えた。望月は現在Hopslaveなど9種類のビールを造っているが、厚木ビールとしてはベルギービールをメインに据えている。ブルーパブとレストランは少々はずれた場所にあり、厚木市近辺の市場規模も限られていることからビールを売りさばくのはなかなか大変なようだ。その打開策の一つとして望月が現在取り組んでいるのは、オリジナリティーを追求しているバーのためにハウスビールを開発することである。この新しい試みは上手くいっており、新規顧客開拓も順調に進んでいるという。

サンクトガーレンは大きなブルワリーでこれだけ有名であるにも関わらず、厚木市のブルワリーであることは意外に知られていない。同社が造るビールはどれもバランスがとれていて取っ付きやすく、クラフトビア初心者でも飲みやすいものが多い。飲みやすいビール造りを心掛けているおかげで同社の業績は順調だ。マーケティングも巧妙なもの。しかしサンクトガーレンがここまで大きくなった最大の理由はオーナー兼ブルワーである岩本伸久の長年に渡る努力だろう。

今年の本誌冬号の中でエチゴビールを日本で最初のクラフトブルワリーであると紹介したとおり、1994年に規制が緩和された後最初に登録されたのがエチゴビールだったことは間違いない。しかし、サンクトガーレンが最初のクラフトブルワリーだといえるかもしれない事実がある。

岩本伸久の父、光生は1989年にアメリカを旅行した際にクラフトビアに出会って衝撃を受け、日本でのブルーパブの開業を夢見てホームブルーイングを始めた。しかし当時の日本の酒税法では年間最低製造量は2,000klで、事実上、大手のビール会社以外は締め出されていた。そこで光生は日本のクラフトビア解禁の一因になったとされる、ある行動を開始する。

1992年、再びアメリカに渡った光生は現地でビール製造許可の申請をし、翌93年に無事認可された。一方、光生の次男の伸久はその頃六本木にブルーパブを開店して規制対象外のノンアルコールビールの製造を始めていた。光生はアメリカでビールの醸造を開始し、日本に逆輸入して六本木のブルーパブで販売を始めた。

「日本の人たちに本場のブルーパブの雰囲気を味わって欲しいと思っていましたし、ビールが実際にどんな風に造られるのかを見てもらいたいという思いで六本木にノンアルコールビールのブルーパブを始めたのですが、私たちにはアメリカから逆輸入したビールもあったわけです」

これは知恵を絞った素晴らしいプランだったようで、ベアードビールのブライアン・ベアードは自身のブルワリーを開業する何年も前からこのブルーパブに何度も足を運び、ビール造りについて教えたりしながらも色々なことをここで吸収したらしい。やがて1997年に六本木のブルーパブを閉店、新たに醸造設備を購入し、厚木市にブルワリーを開設した。事は順調に進んでいるかと思えたが実際にはそうではなかった。

「スタートから苦しい状態でした。ちょうど地ビールブームが終わろうとしていた頃に開業したわけですから。安い価格で販売するためにたくさん造ろうと、充分な醸造設備をすでに購入していました。しかし地ビールマーケットは縮小を続け、特に2000年は最悪でした」と伸久は苦しかった時を振り返る。

地ビールを取り巻く環境はますます悪化し、光生らは税金も払えなくなって免許の更新も滞り、ブルワリーは閉鎖を余儀なくされた。

しかし父親の志を受け継いだ伸久は事業を続けることを決意し2001年に再申請、2002年に認可が下りた。
「今までに4回も醸造許可を申請したことになります。最初はアメリカで、その次は六本木、そしてここのブルワリーで2回申請していますから」と伸久は笑いながら言う。

2002年の再出発の時からはクオリティ重視の方向を打ち出し、2005年には事業も軌道に乗りスタッフを増員できるまでになった。それ以降、現在までサンクトガーレンの売り上げは順調だ。マーケティングを担当する中川美希の功績も大変大きい。

その手腕を認められ、彼女はこれまでに同社のラインナップの中でも最も売れているビールのいくつかの開発に関わってきた。中川がチョコレート好きということもあり、同社は2006年にインペリアルチョコレートスタウトを販売、これは今でもバレンタインデーには大変な人気だ。また中川はネット通販や各種メディアを通じた販促の面でも多大な貢献をしている。サンクトガーレンの売り上げ全体に占める瓶ビールの割合は約70%で、伸久はこれについて、「当社のブランド戦略上、とても重要なこと」だと言う。

同社のマーケティングやブランド戦略における中川の功績は計り知れないが、同社が造るビール自体、とても魅力的である。高島屋がサンクトガーレンに横浜をイメージさせるビールの開発を打診したことがきっかけで生まれたYOKOHAMA XPAは素晴らしい出来で、同社のブランド戦略の上でも重要な存在となっている。このビールは岩本が横浜市のオフィシャル水「はまっ子どうし」を仕込水として使うことを提案して生まれた。最近人気の湘南ゴールドは“幻のオレンジ”といわれる神奈川産のオレンジ、湘南ゴールドを皮も実も丸ごと使用したプレミアムフルーツビールで、瑞々しく華やかな香りが口中に広がるスイーツビールだ。

売り上げ好調のため設備が製造能力の限界に近付いており、さらに売り上げが伸びれば新たな対応を迫られそうだという。「これ以上規模を拡大すべきかどうか悩んでいます。今の規模でちょうどいいとも思いますし。気心の知れた仲間たちと快適な環境の中で仕事ができている今の状態が、ここが自分の会社だということを実感させてくれますので」と伸久は言う。いかにも真のクラフトブルワーらしい言葉ではないだろうか。

そんなにクラフトビアに詳しくない人なら「さがみビール」のことを知らないのは無理からぬことかもしれない。販売エリアも限られているし、製造元の黄金井酒造は1818年創業の老舗の造り酒屋としてのほうが有名だからだ。黄金井家によって経営されている同社だが、現社長の黄金井康巳はブルワリーに隣接する小さな医院の院長という顔も持っている。クラフトビアの世界でも現役で、全国地ビール醸造者協議会の会長職も務めている。

厚木市郊外の山間部にある同社は1998年からさがみビールの製造を開始、老舗らしく伝統に則った製法ながらとてもクリーンで飲みやすいビール造りが特徴。アルト、ケルシュ、ペールエール、スタウト、限定醸造のヴァイツェンなどがある。ビール造りを始めたのは地域振興と自社の製品ラインナップ強化が目的だったという。

「創業時より清酒・焼酎を製造しています。元々、清酒・焼酎は冬の時期の仕込みですので、年間で製造力を無駄なく発揮したい、また、夏の暑い時期に売れる商品を増やしたいという想いが一致して、造り酒屋が造る地ビールがあっても良いのではないかということで、地ビール製造に取り組みました」と黄金井が説明してくれた。

さがみビールは同地域のホテルなどに対して販売されている他、隣地にある直営イタリアンレストラン「セルバジーナ」でも飲むことができ、特に2,000円の飲み放題が人気。薪窯で焼いたピザと出来立てのクラフトビアの組み合わせは最高のごちそうだ。

醸造長の飯塚栄治は清酒と焼酎造りにも携わっており、醸造に関する知識も豊富。仕込水には丹沢の名水を使うほか、原料にドライイースト、カナディアンモルト、ジャーマンホップを使う。東京の農大で醸造を学んだ助手の清野裕樹も頼もしい存在で、自転車で各地を旅しては現地のビールを試飲してきたという。清野は独自のレシピに従い、アルコール度数が強くてホッピーなアメリカンスタイルのビール造りにチャレンジしてみたいという思いを持っているが、伝統を重んじる黄金井ではなかなか難しいかもしれない。これはホームブルーイングで是非チャレンジしてみて欲しい。ブルワリーでは不定期ながらツアーも開催され、ツアーの後には3,500円で飲み食べ放題のコースが待っている。現地へ赴くなら丹沢周辺にたくさんある温泉を楽しむのもいい。山間には魅力的なトレッキングコースもあって楽しめる。歩き疲れた後のビールほど美味いものはない。

厚木市ではクラフトビアを提供する店が増え始めた。厚木ビールのブルーパブの先にあるGreen Budも本格的なクラフトビアバーで、8~14種類のタップと約70種類の選りすぐりのクラフトビアが楽しめる。Café&bar a #1:07(略してA-sharp)という奇妙な名前の小さいながらファンキーな店は、3種類のタップと100種類の瓶ビールを置いている。本格イタリアンバールSunfaceはフードメニューも多く、サンクトガーレンや厚木ビールと合わせて頂ける。バーAmaroも樽生を多く揃え、イタリアンが美味しい店だ。

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