Nøgne Ø

シェテル・ジキウン(Kjetil Jikiun)は、バイキング王のように大柄で、幼稚園の先生のように優しい。彼の名は古期ノルド語でヤカンを意味するそうだ。優れたクラフトビール醸造者として世界に知られる彼にぴったりだ。彼の生まれ故郷ノルウェーでクラフトビールのムーブメントが起きたのは、シェテルの功績だと言って差し支えない。クラフトビールの市場が比較的小さく、操業中の醸造所が数えるほどしかないノルウェーの状況を考えると、ムーブメントを起こしたと言っても大してインパクトが無いかもしれない。しかしそれも「今の所は」だ。時が経てば、ノルウェー、スカンジナビア諸国、ヨーロッパ、そして全世界に彼が残すであろう真の遺産が、明らかになるだろう。

シェテルが命名したNøgne Ø醸造所は、輸出の割合が最大だった2008年の70%よりは減少したものの、ビールの大半を輸出している。ノルウェー国内の販売は長年にわたる苦労の末やっと上向いてきたところだ。

シェテルは語る。「自分の街で絶対的なローカルな醸造所になることを目指していたが、僕達のクレイジーなビールを飲みたい人などいなかった。IPAやインペリアルスタウトなどの新しいスタイルを始めてノルウェーに持ち込んだのは僕達だった。当時はクラフトビール文化など皆無で、そんな飲み物があると聞いたことがある人もなかった。だから僕達の立ち上がりはとても遅いものにならざるを得なかったんだ。僕の古いランドローバーにビールを積んで街を走り回ったが、バーのオーナーは必ずこう言うんだ。『これはビールじゃない。』醸造を始めたのは2003年の5月頃だったが、その年の夏までには、輸出をしなくちゃやっていけないと気付いた。」

デンマーク、スウェーデン、アメリカへの輸出をすることで駆け出しの醸造所はなんとか生きながらえたが、物流面での問題は逆に増えてしまったようだ。
「僕達のやり方は本当にリスクが高くてバカな方法だった。」とシェテルは振り返る。「ビジネスプランなど無くて、あるのは情熱だけだった。ただ、色々なスタイルのクラフトビールを造ってノルウェーでも飲めるようにしたかったんだ。マーケティングとか、販路とか、販売とか、そういうことは一切知らなかった。でも問題に直面してしまったら、泳ぐか、沈むかしかないだろう?」

シェテルとその仲間は無事に泳ぐことができたのだが、その理由は情熱と決意だけではなく、彼らが3つの重要な価値に集中したからだった。第一の価値は、当然のことながら、品質。原料選びから究極のフレーバーまで品質にこだわった。第二の価値は、多様性。Nøgne Øには年間を通じて常に飲めるビールが約25種類あり、これに実験的なビールやコラボレーションものが加わる。ラインナップ数の多さについてはシェテルもこう認めている。「クレイジーでしょう。これで皆が苦労している。だけど同時に、僕達を醸造に駆り立てる原動力でもあるんだ。」そして第三の価値はスタイルに忠実なこと。自分が飲んでいるビールのスタイルは何か、常に明確であるべきだとシェテルは言う。それから彼はふと考えて、続けた。「もう1つ、飲みやすさも加えてください。世間にはビールオタクが大喜びするような極モノが数多く出回っている。でも、瓶1本やパイントグラス一杯のビールを飲みほすとしたら、それは最初から最後まで飲みやすくあるべきなんだ。」

結局のところ、品質に「力を注ぐ」だけではなく実際にそれを「造りだした」点が成功の大きな鍵となったのだろう。これは、シェテルのホームブルワーとしての経験とスピリットに負うところが大きい。

「ビールの造り方はキッチンで学んだ。次に庭のトウヒの木の下で醸造するようになり、次は駐車場、そして家のガレージ。今でも学び続けているよ。とても大切なことだから。ビールに関する正式な教育は受けていないし、監督してくれる人もいない。自分が造るビールに対する責任は、自分で負わなければならないのだから。」

彼がホームブルーに使う器具はすべてアメリカから購入した。そして造ったビールをアメリカへ送り、当地のクラフトブルワー達に検証してもらい、アドバイスを請うた。エリシアン・ブルワリーのディック・カントウェルには特に助けられたし、シアトル郊外のフード・カナル・ブルワリーからは多くのインスピレーションを受けたという。シェエルは、アメリカで開催されるクラフトブルワー会議にも参加した。会議を成功させるには参加者が知識を共有することが非常に大切だと、いう催しだ。

Nøgne Øの設立から10年近く経った今、ノルウェーの人々もクラフトビールに慣れ、業界は成長を始めている。国内にはNøgne Ø以外にも5つの醸造所が幅広いスタイルのクラフトビールを造っており、ブルーパブも7〜8軒ほどある。加えて、多くのいわゆるナノ・ブルワリーがある。ナノ・ブルワリーとは、例えば農地の中にある小さな施設で、夏休みに訪れる観光客がビールを味わえるような場所だ。

Nøgne Øはオーストラリアでも良い評価を得ており、インターナショナル・クラフトビア・コンペティションにおける「チャンピオン・スモールブルワリー」など数多くの賞をオーストラリアで獲得している。近々アメリカのモイランズ醸造所と共に、オーストラリアで発売するコラボレーションビールを醸造予定だ。これはオーストラリア産の新種のホップ「ビクトリア・シークレット」(ビクトリア州産の品種なので)を使ったブラックIPAで、チャリティ目的で販売するという。

「コラボビールが成功したら、国へ帰って自分のブルワリーでも造るから、その時には日本への輸出も検討しましょう。」と約束してくれた。

ありがたいことに、Nøgne Øの素晴らしいビールの数々は日本でも既に入手可能だ。樽でも瓶でもだ。酒酵母を使った「レッド・ホライズン」は絶対にお勧めだ。また、次号ではシェテルとボストンの2つの醸造所がどのようにしてビールと酒のハイブリッドを作ったか、お伝えする。

Nøgne Øは、株式会社ウイスク・イーによって日本へ正規輸入されている。http://www.whisk-e.co.jp

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