by Ry Beville
御殿場高原リゾートはまるで不思議の国に迷い込んでしまったような気分になるワンダーランドだ。しかしここが誰でも楽しめる場所であり、特にクラフトビア好きにとって天国であることは間違いない。広大な平原にはたくさんの宿泊施設、スポーツ施設、温泉、遊び場、珍しいアトラクション、各種小売店、レストランなどと共に、ビール醸造所と併設の素敵なビアホールがある。周辺には大きなアウトレットショップもあり、ゴルフコースが20以上もある。欲張りに楽しむなら2~3日では足りないくらい色々なものがある。
しかしここはいわゆるテーマパークとは違う。テーマパークのように一つのテーマに沿って各施設が作られているわけではないからだ。ただ、庄司清和社長が持っている、皆が楽しめる、という基本コンセプトは各施設に共通している。海外に出なくても国内で家族みんなで楽しめる、ということに重きを置いている。もう一つはっきりしているのは、社長も取締役会も御殿場に必要だと思ったものを揃えるための支出については思い切って出す、という姿勢だ。例えば、特注して作らせた巨大な彫刻作品がキャンパス内に点在していたり、丘の上には世界最大と言われるスイングベルが設置されていて、これを鳴らすのは10人掛かりの作業だという。また、近くのアリーナではレーザーショーも行なわれる。3Dの映画館も多彩なアトラクションの一つ。その他、エコードーム、冬季に灯される400万もの美しいイルミネーション、氷ではなく特殊樹脂で出来たスケートリンク、ペットふれあいファーム、陶磁器体験コーナー、セグウェイコーナー、さらに丘の斜面には何百という仏像が並んでいるところもあり壮観である。しかし僕らがここに来た大きな目的はビールだ。
営業部長のベネット・ギャロウェイが出迎えてくれ、さらに元醸造長のスコット・ブリマーも来てくれた。スコットは年内にも川崎にブリマー・ブルーイングという醸造所をたちあげるために最近ここを辞めたばかりだが、今も御殿場高原ビールと緊密な関係を保っている。醸造所の裏手では助手の一人が真空乾燥機から出てきたビール粕を処理しているところだった。フレーク状にされたビール粕は御殿場高原ビールの親会社である大手食品メーカー「米久」に運ばれてキノコ栽培に利用される。
醸造所は思っていたよりも小さかったが、それもそのはず、米久はこことは別に自社敷地内に大きな醸造所を持っているのだ。僕たちが訪れた醸造所は御殿場の観光客たちがここで楽しむのに必要な量だけを造っているということだ。この醸造所と米久の醸造所は設備も醸造士も別々だが、レシピは共通しており、醸造所の違いによる風味の違いはマニアでないと分からないだろうとスコットは言う。
建物は美しく、大きなガラス窓を通していくつかある直営レストランのひとつ「グランテーブル」の建物が見える。グランテーブルには定期的にバンドの生演奏が行なわれるステージがあり、客席から見るとステージの向こうに醸造所が見えるようになっている。
糖化槽からはシナモンを思わせるようなアロマが漂っていてパン屋さんに居るような気分になるが、実際このアロマもこのリゾートの一つの魅力になっている。芳しいアロマに浸っているとビールが飲みたくなってくる。高品質のクラフトビアを造っているだけあって醸造所の設備はどれもピカピカで清潔感に溢れていた。二次発酵を行うコンディショニングタンクの中にはグランテーブルのサーバーに直結しているものもあり、レストランでまさに出来たての味を楽しむことができる。
スコットがカリフォルニアのシエラネバダ醸造所からここに来て任された仕事はレシピを作ることではなく実際の醸造プロセスだった。スコットが来た時点ですでに美味しいビールを造っていたが、改善の余地はあった。彼は最も重要なプロセスのいくつか、例えば「ろ過」のプロセスをもっとゆっくりと行なうようにした。これにより麦汁ろ過槽から煮沸釜に移される際によりクリアな麦汁となり、余計な酸味も取り除かれることになった。ろ過に時間は長く掛かるが同時に品質も向上したわけである。
レシピの見直しはもっと根本的な部分である。創業時にはドイツ人の醸造長がスタッフの教育を行なっており、当時使っていたレシピもそのドイツ人が持ちこんだものだったが、それらのレシピはその後何度も見直された結果、今では全くと言っていいほど別のものになっている。御殿場の醸造士と米久醸造所の醸造士たちはそれぞれがレシピについて、これは自分が手直しして作ったレシピだと主張しているらしいが、実際に誰の主張が本当なのか分からない状態だ。現在、品質管理の責任者は醸造長を務める門倉栄だが、御殿場高原ビールの各製品のクオリティの高さは従業員全員がチームとしてビール造りに取り組んだ結果だろう。レストランで飲んだビールはどれも文句なしに素晴らしい出来だった。
夜、僕らは醸造所併設のもう一つのレストラン「麦畑」に出掛けた。ここは和食、タイ料理、中華、イタリアン、インド料理、欧風料理、アメリカンスタイルの料理など、40種類以上の料理が食べ放題。シェフが目の前でステーキをグリルしてくれた。揚げたてのてんぷらがバイキングコーナーに出てくるや否やすぐに取りに行ってアツアツの美味しいてんぷらをを頂いた。ソーセージも美味かった。80分食べ放題、なんとクラフトビアの飲み放題もついて3150円という値段も驚きだ。
今回樽生で飲んだのは伝統的なドイツスタイルのデュンケル、ピルス、シュヴァルツ、ヴァイツェン、そしてヴァイツェンボック。特にヴァイツェンはパーフェクトなバランス、ほのかなクローブの風味がありながら、品質の悪いヴァイツェンにありがちなバナナ味の風船ガムみたいな甘さは微塵も無い。色の濃いヴァイツェンボックの出来も素晴らしく、黒い果実を思わせるアロマを持ち、若干スパイシーな感じの小麦のフレーバーとフルボディ、そして7%のアルコール度数のお陰で身体が芯から温まる。個人的に一番のお気に入りはシュヴァルツ。典型的なドイツスタイルの黒ビールで、コーヒーを思わせる色、ビターチョコレートのような香りと長く続くロースト香のバランスが見事。デザートビールに最適だ。
外を見るとFIFA公認の運動場が見え、ちょうど子供たちがサッカーの練習をしていた。将来あの中からスター選手が生まれるのかもしれない。4月以降、御殿場はJFAアカデミー福島から100人以上の子供たちを受け入れてきた。福島の原発事故によって故郷を離れることを余儀なくされた子供たちは御殿場の大きな宿泊施設に入り、たくさんある運動場を存分に利用している。御殿場リゾートは避難民の受け入れやCSR活動を行っている事実を大きく宣伝する事はなかったので一般にはそのことがあまり知られていない。
福島からやってきた子供たちは一般の宿泊客に混じってコンドミニアムなどに滞在しているが、御殿場全体をみると宿泊施設のバリエーションは実に幅広く、エスキモーの小屋のような形をした古いロッジから、新しい温泉リゾート施設、ビジネスホテルまで様々だ。アメリカインディアンが使うようなテント小屋もあるのには驚いた。御殿場で最も贅沢な宿泊場所は恐らく「時之栖」(ときのすみか)の最上階の部屋だろう。ここからは富士山の素晴らしい景色が楽しめる。しかし他にも人気の宿泊施設は多く、御殿場リゾートの常連は何ヶ月も前からお気に入りの宿泊先を確保しているという。
僕らが辺りを散歩していると、偶然にも庄司清和社長に遭遇した。腰が低く穏やかな感じの初老の男性で服装も地味なので、ホテルの常連客と間違えそうだ。自身が経営する広大な施設を宿泊客たちがどのように利用しているかを観察していたのか、あるいは次は何を作ろうかと思案していたのか。
「レーザーショーは見られましたか?」と聞いてきた彼の眼差しは優しく、声は少年が何かを自慢するようにも聞こえた。
「いいえ、残念ながらまだです。今からレストランに行くところです」
「そうですか。是非あとで時間があればご覧ください」
そんなやり取りがあったが、結局僕らはレーザーショーを見ることはできなかった。レストランで飲んで食べて腹いっぱいになったあと、僕らは帰途についた。でも必ずまた戻ってこよう。レーザーショー目当てでないとしても、温泉に入りに来てもいいし、ゴルフ目的でもいい。少なくともビールを飲みに又来ることは間違いない。読者の皆さんも美味しいビールを飲むためだけでも是非行ってみよう。
御殿場高原ビールに入社したのはいつですか?ビール造りを教えてくれたのは、誰ですか?ご自身のことをお聞かせください。
1997年にサービス部門に入社、ビール造りに興味を持ち、ビール部門に1998年に配属されました。ビール造りは当時ブルーマスターとして来日されていたアントン・ダナー氏と当時の先輩社員の方々に教えていただきました。醸造学については当時素人でした。
年間のビール生産量は?
400kl前後です。
門倉さんが手を加えたレシピもあると思いますが、それはどういうものでしょうか?
当時定番ビールだったデュンケルをシュバルツに変更いたしました。シュバルツのレシピは限定ビールとして存在したものをアレンジして現在のものとしています。他発泡酒の免許に対し、「ハニーレモンピルス」を限定ビール(発泡酒)として現在も提供しております。他多数存在しますが、最近では特に提供しておりません。
今後、どのようなビールを造ってみたいですか?
私はラガービールが大好きです。ドルトムンダーを作ることを目標としておりますが、ピルスナーとの差別化を考えると投入することができないでいます。またヨーロピアンピルスナーをより洗練し、鮮度の高さを生かした、何杯でも飲めるピルスナーも作りたいと思っております。
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