Shonan Style

湘南というとまず思い浮かべるのはサーフィンだろう。神奈川県内の海岸沿いは以前から波乗りのメッカとなっており、ラッシュアワー時の都内の電車並に混み合うこともある。そんなときはサーフボードを置いて、ビーチでリラックスしながら一杯やるのもいい。

あるいは近隣の地ビール醸造所、例えば熊澤酒造などを訪ねてみるのはどうだろう。湘南ビールで知られる熊澤酒造は海岸からかなり内陸に入った閑静なところに立地し、緑豊かな敷地内には美しい建物が点在し、日本でも最も見応えのある醸造所の一つになっている。これらは元々純粋な造り酒屋だった熊澤酒造の六代目、熊沢茂吉の手腕によるところが大きい。

20代の最初の頃は家業を継ぐことにあまり関心がなかったらしいが、バブル崩壊後日本を出て世界を見てみようと海外留学、その後放浪の旅を経験し、その中でクラフトビアに出会ったことで今のアイデアの基礎ができたようだ。

帰国した1993年、家業は廃業の危機に瀕していた。当時、消費者の関心は増え続ける安価なビールに向いており、古くからの造り酒屋はどこも生き残るためにそうした消費者のし好の変化に対応することを迫られていた。しかし同時に地ビール製造に関する規制緩和というプラスの変化も業界の話題となっていた。そんな中、熊澤酒造は1996年に地ビール製造の認可を取得、翌1997年に熊澤茂吉が代表取締役に就任、野心に燃えていた彼は単なる造り酒屋からの脱皮を推し進め、組織を活性化し再生に導いた。そして敷地内に二つのレストランを作った。一つはピザやソーセージがメインのダイニングレストラン、もう一つは四季折々の蔵元料理を提供する和食レストランである。また同敷地内にビール酵母を使ってパンを作るベーカリーも作った。さらに茅ヶ崎駅近くにもダイニングレストランの支店がある。地元の作家等が作った様々な作品を展示販売するギャラリー&ショップや、道路を挟んだところに植物や園芸品を扱うガーデンストアもあり、キャンパス全体の魅力をさらに増している。これだけ見所が揃ったキャンパスなのだからあとは是非宿泊できる施設を作って欲しい。

しかし今回の訪問で一番興味深かったのは大変な苦労の末に今の仕事を覚えていったという醸造長の筒井貴史の話だった。

「在学中にあちこちの醸造所を訪ね、採用をお願いして回りました。そしてやっと1年間の実務研修のチャンスを得ました。その後2006年に熊澤酒造に就職したのですがその1カ月後に当時の醸造長が突然退職し、就職したての私がいきなりすべての醸造に関する責任を負うことになってしまいました。それからの2年間は地獄の日々でした」。

体力勝負の辛い日々、それは本当に大変な仕事だったが愚痴を言っても始まらない。仕事を好きになるか嫌なら辞めるか、二つに一つだった。



やがて筒井の仕事に対する情熱と尽力が報われる時が来た。同社のシュヴァルツビアがワールドビアカップで銀賞を受賞したのだ。またそれ以前にも同社は1998年(ヴァイツェンボックが銅賞、シュヴァルツビアが銀賞)と2000年(シュヴァルツビアが銀賞)にも賞を取っている。そしてついに2008年、筒井が造った湘南リーベが金賞を受賞したのである。

当初はドイツ人醸造技師から教わったレシピに従って造っていたというが、「入ってくるホップや麦芽の品質が安定しないので、入荷した原料の品質に応じてレシピの調整が不可欠でした。また原料の品質とは関係なく自分でもレシピの微調整をやってきました。なお、ゴールデンエールは最初から僕が作ったレシピによるものです」と筒井が解説してくれた。

湘南ビールの定番ビールはビター(ピルス)、ルビー(アルト)、リーベ(シュヴァルツ)の3本柱とチョコレートポーター、となっているが、それら以外にも筒井は色々な限定ビールを造っている。100%オリジナルのゴールデンエールの他、ヴァイツェン、インペリアルスタウト、バーレイワイン、IPAなどである。

「IPAについては別バージョンもいくつか造ってみました。カスケードホップを使ってみたり、またそれとは別のIPAではドライホッピングの方法を試したりしました」。

直営レストランでのフードとビールの組み合わせについて考えたり、レストランのシェフとやり取りしたりすることがあるか、筒井に聞いてみた。

「僕が考えているのはビールの味をよくすることだけで、それが料理と合うかどうかということは特に意識していません」。

10代の頃にはベルギーのシメイを随分飲んだらしい。「いつかシメイみたいに美味しいベルギースタイルのビールを造ってみたいと思っています」。しかしもっと大きな夢も持っている。「いつかは独立して自分の醸造所を持ちたい。それがビール造りに携わる者なら誰もが抱く夢でしょう」。

www.kumazawa.jp

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