サンフランシスコでは地ビールは生活に完全に溶け込んでいるので「地ビールバー」などといって区別することはあまりない。この街は食べ物が美味しいことでも有名で、それが地ビール需要を押し上げていることは間違いない。日本は世界に誇れる美食の国なのだから、一流の食事メニューをウリにした地ビールバーやレストランがもっとたくさんあっていいはずだ。将来有望な業態になるのではないだろうか。
僕が今回行った中では・・・有名なヘイト・アシュベリー地区にある地ビールパブMagnolia Pub & Brewery で食べた料理は最高に美味しかった。「チーズ詰めイチジクのベーコン巻」はとにかく絶品でその後何週間か忘れられない味だった。ここは高級レストランだと感じる人もいれば、洒落たバーだと感じる人もいるが、その名が示す通り、醸造所でもある。バーのみでも流行っているところはあるが、最近の流行ははっきりしている。全米地ビール醸造者協議会のレポートによると、醸造所に併設のパブやレストランは単独経営のパブやレストランに比べて不況に強いという結果が出ている。
ヘイト・アシュベリーには有名なバー Toronado もある。余計なサービスは無しの頑固一徹な経営で良く知られている。ここにはトップクラスの地ビールが数十種類と何種類か厳選したベルギービールもあり、どれも結構な値段がついている。余計なサービスをしないことで有名なこの店も僕らが行った時は接客など全く気になったところは無かった。細やかで丁寧な接客など期待せず、ただ美味しい地ビールを楽しむことだけを目的として行くならここは素晴らしい店だと思う。もちろん僕らもカクテルなどはオーダーせず、この店が自信を持って勧める自慢の地ビールを心ゆくまで楽しんできた。
それからNorth BeachエリアにあるRogue Caféに行こう、という話になった。ここもたくさんの品揃えが自慢の店。筋金入りの地ビールマニアであり、Rogueビールを日本に輸入している蝦夷麦酒のフレッド氏に対する敬意を払っての同店訪問でもあった。店に入ると壁にフレッドのポスターが貼ってあり、スタッフが「彼は元気か?」と聞いてきた。やっぱり彼は有名なのだ。
翌朝は肌寒くいかにもサンフランシスコらしい霧が掛かった朝。ピーツコーヒーの一杯で身体を目覚めさせる。それから今回の行き先—ジャイアンツ・スタジアムからほんの数ブロックのところにある21st Amendment Breweryに向かう。醸造所の隣に素晴らしいレストランがあり、ボリュームたっぷりなフードメニューと8種類の樽生が楽しめる。ここのBrew Free or Die IPAは名高く、樽生で頂くのがベストだが、缶入りでもあちこちで売られている他、アメリカ国内を飛んでいるVirgin America航空の機内でも飲める。日本でもANA、JAL、Skymarkは是非見習って地ビール導入を考えて欲しいところだ。缶入りで製品化されているものが他に4種類あり、Hop Crisis Imperial IPA(アルコール9.7%)は特にホップが強烈に効いており、120 IBU(国際苦味単位)という苦さを誇るが、現在は樽生でしか飲むことができないのでサンフランシスコ・ジャイアンツの応援も兼ねて是非お店を訪ねてその強烈なホップを体感して欲しい。
同店の近くで営業しているThirsty Bearは全く異なるスタイル。ここではオーガニックの原料を使った自家製エールとラガービール、そしてスペイン料理がウリ。2種類の季節限定エールとハンドポンプで供されるエールを含む、計10種類がある。ここのビールはヨーロッパ系のビールを基本としてそこに独自のアレンジを加えて造られており、ラム酒をヒントに造られた季節限定のRum Runnerは独特の甘みが複雑な美味しさを出している。
Missionエリアにはお洒落な高級レストランがたくさんある。その中の一つ、Monk’s Kettleは雰囲気が良く、最高の料理と豊富なワインリストで食通をうならせるが、20銘柄を超える樽生ビールと、メニューが何ページにも渡る瓶ビールのセレクションがある。この店は食事とビールの組み合わせに気を配っていて、フードメニューを見るとそれぞれのメニューに合うビールが紹介されている。同店の金持ち向けの商売を嫌う声もあるようだ。確かにMonk’s Kettleは立派なビール貯蔵庫を備えていて、珍しい高級瓶ビールもいくつか在庫している。高級ビールが気に入らない人はパイントグラスで供される安いビールを楽しめばいいのだ。
運転手が居るならレンタカーを借りて北部エリアに足を伸ばそう。このエリアにはRussian River, Bear Republic, Lagunitas, Marin Brewingなど素晴らしい醸造所がたくさんある。日本でもナガノトレーディングが取引きしている関係でBear Republicの名前は地ビールファンの間でよく知られている。Russian Riverが造るPliny the Elderは世界でも最も美味しいIPAの一つに数えられているが、僕らは最近人気が出てきた酸味の効いたタイプのビールにもっと興味があった。豊かなアロマを湛えた気品さえ感じる酸味は他の何にも例え難い魅力的な味。Russian River社のConsecrationはカベルネ樽で、Supplicationはピノ樽で、Temptationはシャルドネ樽でそれぞれ熟成させ、手間を掛けて造られる。日本では箕面(みのお)ビールが造るカベルネが一番近い味だが、こちらはいくらか酸味が弱い。
そして再びサンフランシスコに戻り、Speakeasyという醸造所が毎週金曜日に開いているカジュアルスタイルのパーティに参加。大勢の参加者で賑わい、ベイエリアの美味しい地ビールを楽しみながら皆おしゃべりを楽しんでいる。プロダクトマネージャーのMatt Walsh氏とも話したが、彼の醸造所も含めてこのエリアの醸造者たちはユニークでコクのある風味を追求する努力を惜しまない、と熱く話してくれた。当醸造所自慢のBig Daddy I.P.AやDouble Daddyを飲んだことがある人なら皆納得するだろう。どちらのビールもホップが力強く効いていて素晴らしい味でよく知られているが、彼らが季節限定で造るビールもすべて同じ理念に基づいて丁寧に造られている。Matt氏を始めとして従業員の皆も情熱的にリッチな風味を追求していて、その熱心な姿勢が素晴らしいビールの味に結びついているようだ。
僕は2002年から2006年までEast BayのBerkeleyに住んでいて、JupiterやTriple Rockがあるところから数ブロックだったので、Jupiterに行っては地ビールを飲み、あるいはライブを楽しんだり当店自慢のピザを食べながら陽気な連中とおしゃべりを楽しんだりしたものだ。今でもそのビールやピザの美味しさは全く変わっていないようである。ところがTriple Rockに行ってみて驚くことがあった。Jupiterのお洒落な雰囲気に対してTriple Rockはお気軽な雰囲気の地ビールレストラン。気さくな性格のゼネラル・マネージャー、Jesse Sarinana始めスタッフたちは皆仕事熱心だ。ここのRed Rock Aleはホップが効いていながら口当たりが柔らかでフィニッシュはほのかなカラメル香がある。一口飲んでその美味しさに驚いた。以前この辺りに住んでいた時は飲んだことが無かったのだ。美味しいビールが出来たと思ってもそこに安住せず、常に最高の味を追求し、レシピの細かいところを見直していく姿勢をこれからも続けていく、とJesseは話してくれた。その厳しい姿勢が反映された彼らのビールはどれも素晴らしい味に仕上がっている。
サンフランシスコから日帰りで行けるEast Bayエリアはお勧めだ。今回は時間が足りず、ここのところ面白い地ビールがどんどん出てきているオークランドや南部エリアには行けなかった。「アンカー・スチーム」を始め、有名どころでも本記事に取り上げきれなかった醸造所はまだまだたくさんある。そもそも一回の旅行で回りきれるはずはないのだ。サンフランシスコ・ベイエリアの数ある名所見どころを考えればビールだけを目当てにこのエリアを旅行するのはもったいないともいえる。
ベイエリアの状況がそのまま日本に当てはまるわけではないが、そこに日本の地ビールが参考にすべきヒントが色々あるのは間違いない。まず美味しい料理がベイエリアの多くのお店で必要不可欠なポイントになっている。そして繁盛しているバーやレストランはどこもスタッフが優秀で、それが店の雰囲気を作り店のクオリティを高める大切な要素になっている。さらに各種イベントを企画したり各店独自の手法を凝らしたりしている。コストパフォーマンスを考えることももちろん重要だ。そして本誌のスローガンでもある「美味しくないビールは世の中の敵」。それはもう分かりきっている。
現地でのチップについて:1パイントに1ドルが目安。食事も楽しんだならお会計の15〜20%をチップとしてプラス。タクシーに乗ったら2〜3ドルをチップとして渡そう。
サンフランシスコは公共交通機関(バス、地下鉄、路面電車)が充実しており、BARTという通勤用の高速鉄道でもEast Bayまで行ける。空港からはBARTに乗るか、手頃な料金で乗れるシャトルバスを利用しよう。
by Ry Beville
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