家族経営のデュベル・モルトガット社が造るビールはどれもユニークでとても美味しい。主力商品の「デュベル」の他、修道院タイプの「マレッツ」、ラベルが可愛らしい「ラ・シュフ」、ニューヨークにある同社の傘下醸造所による「オメガング」、そしてすっきりと爽やかな「ヴェデット・ホワイト」は本国のベルギー以外では小西酒造が輸入する日本でのみ入手が可能だ。
この度本誌は「リーフマンス・オン・ザ・ロック」のプロモーションのため来日したデュベル・モルトガット社CEO、ミシェル・モルトガット氏にインタビューを行なった。このビールの新しい飲み方は伝統的なフルーツビールをオンザロックで楽しもうという同社の新しい提案である。
今回は「リーフマンス・オン・ザ・ロック」のプロモーションでの来日ということですが、このアイデアはどうやって思いついたのですか?
単なる偶然ですね(笑)。リーフマンス醸造所の歴史は古く、もともとブラウンビールの産地として有名な地方にあります。そのような環境の中でリーフマンスは「グーデンバンド」というブラウンビールを造りました。上面発酵で通常のブラウンビールよりずっとアルコール度数が強く、年間を通してチェリーとラズベリーに漬け込んで造られます。私たちがリーフマンスを買い取った際に考えたのは、もっと爽やかかつフルーティで価格も手頃なビールを造りたいということでした。そうした思いで出来上がった新作が「リーフマンス・フリテッセ」で、もうすぐベルギーで発売されます。
ある日のこと、当社の醸造責任者が「フリテッセ」を飲みながら言ったのです。「このまま飲んでも美味しいが、夏向きの爽やかな味をイメージして造ったのだからいっそ氷を入れてみたらどうだろう」と。そんなことはできないと最初は思いました。伝統的なビールの製法に沿ってこれまで品質の高いものを追求してきたわけですから、氷を入れるなどとんでもないと思いました。ところが、あえて試してみたところ、実際に飲んでみた人たちは皆「これは結構イケる」と言ったのです。過去に例が無いからといってやってはいけない理由にはならない、という結論になりました。オンザロックで飲むのに最適な形の専用グラスも用意しました。世界のビール愛好家から非難されることも予想していましたが、彼らの反応は予想外に好意的なものでした。多くの人がこれをビールの飲み方の可能性を広げるものだとして歓迎し、新しいファンが増えることを期待してくれているのです。
ご存じの通り、ビールの消費量は世界的に減少傾向にあります。その理由の一つは、最近の若い世代は皆甘い飲み物で育ってきているのでビールのような苦い飲み物に慣れていないということです。ビール業界の明るい未来のためには若い世代を取り込むことが必須です。カクテルを飲む様な感覚で美味しく気軽に飲めるのなら今までビールを飲めなかった人たちも興味を持ってくれるかもしれません。爽やかな味で飲みやすい「リーフマンス・オン・ザ・ロック」でまずは気軽にビールの世界に入ってもらい、最終的に伝統的なビール「デュベル」を味わっていただけるようになれば理想ですね。
ワイン好きやスプリッツァー(白ワインにソーダを加えたカクテル)などを好む人たちにも受け入れられそうですね。
その通りだと思います。
「デュベル」は世界で最も厳格なスケジュールに沿って造られるビールとして知られていますが、その高い品質を安定的に保持するために製造工程で最も気を使うのはどんなことですか?
造るビールの種類が増えてくるとそれぞれに醸造工程が異なるわけですから、醸造に関するノウハウも複雑かつ膨大になってきます。特にデュベルの製造においては温蔵庫と冷蔵庫の両方が慢性的に不足気味です。デュベルは充分な熟成期間を経た後瓶詰めされますが、瓶詰め後も瓶内(二次)発酵の期間が必要で、この瓶内発酵にはかなりの期間を要します。まず温蔵庫で約2週間瓶内発酵させた後、冷蔵庫に移してさらに5~6週間じっくりと瓶内発酵させます。また瓶内発酵には時間のみならず広大なスペースも必要です。デュベルの必要とする充分な熟成期間と瓶内発酵の期間を確保することは大変なことなのです。
2年前に醸造所を拡張されたんですよね?
製造工程を常に最新のものにするために毎年予算の確保に努めています。常に最高の醸造テクノロジーを導入していくための努力を惜しみません。品質管理における技術革新がなされ、そのテクノロジーの導入に投資し続けることは高品質のビール造りに不可欠と考えています。2003年に新しい瓶詰めラインを構築し、2005年に新たな発酵タンクを追加し、2年前には新しい醸造所も作りました。そうして醸造所全体を常に最高の状態に保つことを心掛けてきました。
発酵中のイーストを次回の仕込みに再利用する「トップ・クロッピング」というアイデアはどのように生まれたのですか? そしてそれはどのように実際の醸造工程に使われているのでしょうか?
トップ・クロッピングは以前から行っていました。昔使っていたオープンファーメンターでは上部から簡単にイーストをすくい取れましたが、発酵タンクがシリンドロコニカルタンクと呼ばれるタイプになってからはイーストを取り出す作業がずっと難しくなっています。しかし私たちの醸造所で働く人たちは皆優秀です。当社は製造工程上で発生する専門的な問題の解決のためにベルギーのルーバン大学と提携しています。そして私たちは同大学の博士課程で学ぶ学生に対する援助を行なっています。場合によっては同じような問題を抱える他の醸造メーカーと協力して問題の解決にあたることもあります。
社内で問題に突き当たった時は大学の博士課程の学生に協力を仰いで問題解決にあたるのですか?
そうです。彼らを醸造所に来てもらって問題を詳細に説明します。それはとても専門的な問題であることが多いですが、日常業務の中で問題解決のための研究をする時間も足りなければ人材も足りないので、学生たちにじっくり時間を掛けて問題の解決にあたって欲しい、とお願いするのです。そしてその結果、新たな技術が生まれることもあります。
世界的な経済不況の中で貴社は昨年も、それ以前も好調を維持してこられましたが、その好調の理由は何だとお考えですか?
まず言えることは、当社の成功は我々が造っているビールの品質によるところが大きいということです。常に品質第一を念頭に置いてきました。研究開発や新技術に対する投資については先ほどお話した通りです。例えば「デュベル」は仕込から完成まで90日掛かりますが、世界中のビールメーカーを見渡してみても一つのビールの製造にそんなに時間を掛けているところは多くありません。そんなに長い時間を掛ける必要は無いだろうとおっしゃるかもしれませんが、私たちにとっては時間を掛けて造ることが重要なのです。
そして次に言えることは、先進国の人たちは量はたくさん飲まないけれど美味しくて質の高いものを求める傾向にあり、私たちの製品がそこに上手くはまっているということです。海外への販路の拡大も積極的に行ない、イギリス、フランス、オランダ、そしてアメリカに販社、子会社を作りました。一方、製品ラインナップもより充実させました。その一つ、「ラ・シュフ」は27年前に義理の兄弟が始めた小さな醸造所で、彼らの事業は成功し販売量は大きく増えましたが、やがて彼らの生産設備と販売網ではそれ以上の拡販は困難となり、3~4年前に彼らは大きな醸造所とのタイアップを決断しました。そして私達との話し合いが始まったのです。そして「ラ・シュフ」はデュベル・モルトガットグループに入り、私たちが持つ販売網に乗ってここ4年間で「ラ・シュフ」の販売額はそれまでの2倍以上に増えました。また当社は彼らのビール販売量増加に見合った生産設備を新たに整えました。こうして当社はグループ企業として成長してきましたが、世界規模で見ればまだまだニッチな分野で商売しているに過ぎません。
ニッチな分野というのは総売上高に関してということですか?
そうです。私たちより大きなビール会社はまだまだたくさんありますから。しかし、大手ビールメーカーが大きくなればなるほど彼らの手が回らないニッチな分野も大きくなっていくのです。そこに私たちのビジネスチャンスがありますから、大手メーカーがさらに大きくなっていくのは私たちにとって歓迎すべきことです。
生産中止になっていた「デュベル・トリプル・ホップ」の生産を再開するという話を聞きましたが、そのいきさつは?デュベルのシリーズとしてこれまで「デュベル・グリーン」と「デュベル・トリプル・ホップ」がありましたが、今後デュベルのシリーズを増やす予定はありますか?
「トリプル・ホップ」は3年前に出しました。かつて人気があったホップの効いたビールに対する人気が再燃してきたのでそういったニーズに合ったものを造ったわけです。少量生産でしたからすぐに売り切れてしまい、たくさんの人からもっと造ってくれというリクエストを頂いています。
私も是非飲みたいです!
(笑)「デュベル・トリプル・ホップ」は1回きりの限定生産品で、再生産の予定は無かったのですが、ベルギーのビール好きのグループがまた飲みたいと何度も何度もリクエストしてきたので彼らに「1万人が言ってきたらその時は考えます」とお答えしました。すると彼らはフェイスブック上にファンのページを開設し、1ヶ月半で1万人以上のファンを集めてしまったのです。私たちはその熱意に負けて「デュベル・トリプル・ホップ」を今年9月に再発売することを彼らにお伝えしました。
「トリプル・ホップ」以外にデュベルのシリーズを増やす予定は?
そうですね。この話に関連して実は昨年新しい発見がありました。デュベルを蒸留所に持って行き、発酵ではなく蒸留し、それをチェリー材とオーク材の樽で3年間寝かせました。そうして出来上がったものを、たったの2750本でしたが発売したところこれまたすぐに完売しました。この製品はデュベルというブランドのさらなるイメージアップに貢献するとともに、消費者に醸造と蒸留の違いと類似性を同時に認識させることとなりました。ビールと日本酒の違いと類似性のようなものです。似ているところもありますが、違いもたくさんあります。誰かが何か面白いアイデアを思い付いたら当社でそのアイデアに沿って実験的に造ってみることはできますが、そうした製品はどうしても限定品になってしまいます。
デュベル専用のチューリップ型グラスはビール用グラスの理想形と言われていますが、その秘密はどんなところにあるのでしょう?
一旦くびれて口のところで広がっていることでアロマ香が解き放たれるのです。グラスの中に鼻先を突っ込むくらいの感じで味わってみてください。グラスの底から上に向かって広がっているだけのV字型グラスだとアロマが逃げてしまいます。チューリップ型はくびれているところでアロマが保たれ、そして口が広がっていることで初めてアロマが解き放たれるのでビールが持つ豊かなアロマを逃がすことなく100%楽しむことが出来ます。またこの形状は泡も理想的な状態で保ちます。これも重要なポイントです。
試行錯誤の末にあの形状にたどり着いたのですか? 社内にグラスの形状を研究したり、形状の違いによるアロマの流れを研究する専門の部署などがあるのですか?
特に専門部署はありませんが、グラス取扱業者や製造メーカーと話し合いながら決めています。デュベル専用グラスに関してはもう一つ自慢できるポイントがあります。グラスの底にアルファベットの“D”字型が彫り込んでありますが、これは単に見た目のカッコ良さを追求したものではなく、この彫り込みから炭酸が立ち上り続けることで、クリーミーなヘッドを持続させることが出来るのです。
「デュベル・グリーン」はアメリカで評判がいいですが、日本に導入する予定は? 日本にはベルギービール専門店がたくさんあり、市場としても魅力的と思いますが。
近いうちに導入するという計画はありませんが、いずれ日本にも「デュベル・グリーン」を樽生で導入したいと考えています。今まで日本でデュベルの樽生を出したことは無いので、これは私たちにとっても新しい試みになるでしょう。アメリカとイギリスでは樽生を1年半前から展開しています。樽生は瓶内発酵を経た瓶入りとは違って若々しい爽やかな味わいが特徴で、そこから「グリーン」という名前が付けられました。アメリカとイギリスの市場は大きいのでもう少しその2つの市場に力を入れていく予定ですが、その後は日本にも力を入れていきますよ。
日本の地ビールメーカーは今後日本にどれくらいベルギービールが参入してくるのか注目しています。多くの地ビールメーカーはベルギービールを競合品として意識していると思います。競合品にもなり得るし、一方で日本の地ビールに刺激を与えてその品質向上につながっていくプラスの一面もあると思いますが、日本においてはどちらの側面が大きいとお考えですか?
アメリカではかつて外国製ビールとしてまずオランダのハイネケンが輸入され、その後ドイツビール、さらにベルギービールも入ってきた結果大きな地ビールブームが起こり、その後もアメリカの地ビールは成長を続け、現在ではビール業界の中で唯一成長を続ける業界となっています。またワインの世界を見ても、アメリカではかつてフランスワインを輸入し始めたことで国産ワインの品質が上がり、今ではカリフォルニアワインはフランスワインに勝るとも劣らない高品質のワインになっています。こうしてみると、海外製品が入ってくることは国産品にとっても結局はプラスに働くと思います。
以上です。ありがとうございました。
by Jason Koehler
詳しくは、下記URLを参照:
www.duvelmoortgat.be
www.liefmans.be
Belgian Beer Weekend Tokyo 2010
Sept. 10-12, Roppongi Hills Arena
www.belgianbeerweekend.jp
This article was published in Japan Beer Times # () and is among the limited content available online. Order your copy through our online shop or download the digital version from the iTunes store to access the full contents of this issue.