本誌はこの度、沼津のある彼らの小さな醸造所を見学し、ブライアンに衛生管理の重要性、手造りということに対するこだわりなどを話してもらいました。良いビールのラインナップを揃えるには10年、20年、場合によっては30年掛かるとブライアンは言います。優れた人材も必要となりますが、ここの醸造責任者であるクリス・ポエルもそんな優れたビール職人の一人。そこでクリスにベアードビールの哲学について聞いてみました。
ブライアン&さゆり夫妻と知り合って、ベアード・ブルーイングで働くようになったいきさつは?
2人と初めて会ったのは2000年の秋、街に新しくビール工場併設のパブが出来たと聞き、ブライアンが醸造免許を取る前に何回か足を運んでその年のクリスマス前には友達になっていました。彼が自家製のビールを出していると聞いたのでわざわざ足を運んだわけですがその時はまだ認可が下りてなくて、1月にならないと販売できないと言うのです。それを聞いた時の僕の落胆ぶりを見て彼は試飲用の「黒船ポーター」をグラスで出してくれたのですが、一口飲んですぐに惚れ込みました。
ある日、彼が30リットル仕込みの自家製ビール造りの手伝いをしないかと誘ってきたのですが、当時私も同じような設備でビールを造っていたので彼の手伝いをすることになりました。1年くらいアルバイトとして働いた頃、彼は設備を250リットル規模に拡大しました。僕はその仕事を続けたかったのですが、高校生の子供が二人いてもうすぐ大学入学という頃でしたから辞めざるを得なくなりました。
そして2008年12月、50歳の誕生日まであと数日という頃、ブライアンが2009年4月から醸造責任者として働かないかと言ってきたのです。この時は断る理由が何も無く、二つ返事でオーケーしました。とても有難いお誘いでした。
ブライアンはいわゆる頑固オヤジとして知られていて、その姿勢は彼が造る季節限定ビールのネーミングなどにも反映されていますね。そんなブライアンもあなたに影響されて定番ビールのレシピや醸造工程の見直しをしたそうですが、そのあたりのことをお話しいただけますか?
まず申し上げたいのは、手造りビールの世界では頑固オヤジであることが必須であるということです。アメリカで成功している地ビールメーカーの造り手を見れば分かりますが、彼らは良い意味で皆とても頑固です。ビール造りについてのしっかりした理念を持ち、その実現に向かって妥協せず努力を続けるような人たちです。一方、日本では細かいことにとことんこだわる様な人はどちらかというと敬遠されがちで、そのような風潮が品質の低いビールをはびこらせる状況を生んでいると思います。この点に関してブライアンと私は同じ意見を持っています。
ベアードでの今までの私の主な仕事は毎日の醸造の作業の繰り返しでしたが、今では教師だった経験を活かし、二人の若い日本人スタッフに醸造のノウハウや設備を清潔に保つことを徹底的に教え込み、すべての工程が正常に効率的に行なわれていることを常に確認するよう指導徹底しています。しかし同時に、なぜそこまで細部に亘ってこだわることが大切なのか、その意味も彼らに教えています。言い換えれば、私は次世代の頑固オヤジを育成しているのです。それがベアードビールの味を決める一番大事なところですから。
ビール造りのレシピに関してはベアードで働くようになってからいくつか新しいものを考案しましたが、どれもおおむね好評です。これからも新しい美味しさを追求していくことを楽しみにしています。
あなたは「ホップ・バースティング」という方法を発明した、あるいはその方法を発展させたとして有名ですが、その方法について教えてください。
2005年1月頃、自家製ビール愛好家たちの情報交換サイト「ブルーボード」上でホップを後で加える方法が話題に上りました。従来の方法とは異なり、煮沸の最後の段階ですべてのホップを投入するというものです。これを見て私はIPAのレシピを見直し、ホップの煮沸時間を30分以内に変更し、通常のレシピと区別するために新しい名前を考えました。「ホップ・バースト」というネーミングは我ながら上出来だったと思います。しかしその方法自体は私たちが編み出したものではなく何年も前から考えられていたものです。そして偶然ですが同時期にこの方法を試そうとしていた人が何人かいたわけです。自家製ビールを造る人たちにとってこの方法はとても興味深いものですが、ホップ代が高くつくこと、大量のホップを投入することにより吸収によるロスがどうしても生じてしまうことなどにより商業ベースには乗りにくいのです。
美味しいビールを造るために大切なものは何だとお考えですか?
ビール造りはクールで素敵なことだと言われます。私も確かに楽しみながらやっていますが、本当に美味しいビールを造るためには苦労も多いです。大麦を計量し、水の分量や温度に対して粉砕の具合は適切かチェックし、「ドライ・ホッピング」と呼ばれる熟成中のビールに生ホップを加える工程があり、出荷のための箱詰めに至るまで、一つ一つの工程において注意深さと深い知識が要求されます。どこか一か所で間違いがあれば全体のバランスが崩れます。美味しいビールが出来上がるためには、造り手の考えがしっかりしていて、全ての製造工程において細心の注意がなされていることが必要です。さらに、出荷の前には醸造責任者が最終的に品質をチェックしなければなりません。私は今まで日本中のビール、アメリカ中のビールの味を見てきましたが、中には造り手自身が品質に満足していないにもかかわらず出荷されているようなものもありました。そのようなことは私たちには絶対に許されないことですし、他のビールメーカーや一人一人の造り手がきちんとした意識を持つことが大切だと思います。
ベアードビールの中であなたの一番のお気に入りは?
私にとっては今造っているビールが全てお気に入りです。現在9種類の定番ビールを造っていて、それぞれが個性的な風味とアロマを持ち、それぞれがファンを持っています。季節限定ビールもいろいろとあります。私はホップの効いたもの、たとえばペールエール、IPA、アンバーエールなどが大好きで、初めての醸造所を訪問する時は味の比較対象として持っていきます。訪れた醸造所のペールエールが美味しいと思ったら他のビールの味も見ます。まずはペールエールを飲んでみてあまり美味しくないと思ったらそこは早々に引き揚げて他に行きます。
毎日働いていらっしゃると毎日ビールの味見をするわけですから飲まない日は無いでしょう?
そうですね。発酵具合をみるには味見が欠かせません。発酵が終わってコンディショニング段階に入ると、定期的に味をみることがさらに重要になります。そして一日の仕事が終わった時の一杯のビールほど美味しいものはありません。意識的に休肝日を作ることはありませんが、仕事で味見する時も体調が分かりますし、仕事が休みの日も体調は自分で分かりますから、体調が悪いなと感じた時は飲まないこともあります。飲まない日が何日か続くこともありますが、それは意識してそうするというよりも結果としてそうなる感じです。
ビジネスとしてではなく、純粋にビール職人としての立場からみて、日本の地ビールの課題は何だと思いますか?
日本にはもっと美味しい地ビールが生まれる環境が必要だと思います。ジャパンビアタイムズ創刊号の裏表紙にも書いてあったように「美味しくないビールは世の中の敵」です。思い上がった言い方に聞こえるかもしれませんが事実を言い当てた言葉ですよね。日本では漠然とした理由で「ビール職人」が生まれるケースがあまりにも多いように思います。「なあ、太郎君。キミはビールをよく飲むよね。自分で造ってみたらどうだ」といった具合です。そして醸造設備のメーカーから使い方についての講習を受け、レシピを何種類か渡されて最後に握手を交わしたら「ビール職人」の誕生です。コンロやオーブンの使い方を教わり料理のレシピを手にしたらそれで「料理人」の誕生でしょうか?そんなことではダメでしょう。本物のビール職人になるためにはビール醸造学校に通って知識を身に付け、ちゃんとした醸造所で見習いとして経験も積むことが必要です。日本には現在ビール醸造学校が無いので勉強するには海外に出るしかありません。しかしそうしたステップを経て本物のビール職人が日本でも何人か出てくれば、彼らが次の世代に技術と知識を伝えてくれることによって好ましい流れが出来てくると思います。
原料はどこから調達しているのですか?
沼津産の原料も使っていると聞きましたが。 果物と野菜の大部分は、果樹園を経営しながら大工でもある私たちのパートナー、長倉さんから仕入れています。長倉さんの畑からはみかん、夏みかん、ゆず、かぼちゃ、緑茶、などがやってきます。その他の原料は知り合いやお客さん関係のルートを通じて仕入れています。原料が入荷したらレシピと照らし合わせながらこだわりのビール造りの開始です。
ビール造りの世界で未知の分野というのは残されているのでしょうか?
原料、製造工程、技術、すべての分野で新しいものが常に出てきています。、今後どういったものが新たに出てくるのか本当に分かりませんが、私たちは美味しいビールを造るためにユニークで独創的な材料、方法を常に追求しています。小細工を施すのではなく、洗練された美味しさを生み出すためのこだわりです。
醸造技術はどこで身に付けられたのですか?
1999年に自家製ビールを造り始め、楽しみながらやっていました。結構出来も良かったですし。その後はビール造りに関する本やインターネットで情報収集したり、ブライアンのところで働き始めたりして技術を磨いてきました。ブライアンから教わったレシピの作成についてのノウハウがとても役に立ち、それは僕が造る自家製ビールの強みにもなっていました。自家製ビールを造っていると突飛なアイデアを思い付いていろいろと試してみるのですが、ブライアンがいつも僕の突拍子もないアイデアを軌道修正してくれたお陰で、僕も美味しいビールを造るために基本的に必要なことは何かということを理解できるようになったと思います。
ビール造りを学ぶ時に一番難しいのは?
難しい質問です。私の場合、ベアードビールで働き始めた初日からいきなり何でもやらなければいけないような状況でしたから。2009年4月1日が初日でしたが、その3週間後にはブライアンが地ビールの会合に出席するためアメリカに行ってしまうというので大変でした。彼が不在の間も設備を稼働させておかなければいけないので、3週間の間に全部習得させられたわけです。具体的には、1000L仕込みのシステムを動かせるように、まず250L仕込みのオペレーションを復習し、タンクを洗浄したり、設備の衛生に気を配ることに慣れ、その他にもたくさん覚えないといけないことがありました。大変なストレスとプレッシャーでしたがなんとかこなしました。最初の1カ月で10キロも体重が減ったくらい大変な思いをしましたが、それは同時にとても貴重な体験でもありました。今でも同じような難題が降りかかってくることがありますが、そのたびにワクワクするような興奮を覚えます。そしてただ生き残っていくというだけでなく、美味しいビール造りにこれからも情熱を注いでいきます!
10年後、日本の地ビール業界はどうなっているでしょうか?
先のことは分かりませんが、今の日本は15~20年前のアメリカの状況に似ているということは言えます。当時アメリカにはビール造りに関する知識も経験も乏しく、あるのは夢だけというような人たちがたくさんいました。率直に言って、平均点以下のビールがたくさんありました。今の日本がそのような状況で、美味しくない地ビールがたくさんありますね。ビール造りに手を出す動機もはっきりせず、きちんと勉強もしていない人たちが造るビールは当然味気ないものになります。今後10年間で日本にもたくさんのビールの造り手が現れ、材料や造り方にこだわりを持ち、美味しくて個性的なビールを造りたいという気持ちを持って手造りビールに取り組んでくれることを切に願っています。そしてそのためには、先ほども言いましたが、これから美味しい地ビールを造ろうという人は時間を作って海外で本物のビール造りを学ぶべきだと思います。日本の有志たち、頑張れ!
次号(夏号)は、伊勢角屋麦酒、八海山泉ビール、ヘリオス酒造の特集です。
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