チェコ共和国の首都プラハは長い歴史を誇る町。ヨーロッパの歴史が交差するところであり、共産主義の崩壊に伴う東欧の経済発展の中心地であり、中世建築物の宝庫であり、有能な人材も豊富な活気あふれる町。そしてもう一つ忘れてはならないのが、プラハはビール天国だということ。
日本からわざわざプラハまでビール醸造所巡りに行くというのはあまりにもぜいたくな話に聞こえるかもしれないけど、この町は世界でも類をみないほどのビール醸造所の過密地帯であり、ビール好きならわざわざ行く価値あり。玉石が敷かれた通りをほろ酔い気分で歩きながら一つ一つの醸造所を訪ねていけばプラハ全体のかなりの醸造所を制覇できます。そんな旅行、してみたいと思いませんか?
もうちょっと気の利いたプランの立て方があったかもしれないが、僕は友人から借りた醸造所ガイドブックからプラハの醸造所が載っているページをコピーしたものを持って行って、それを見ながら歩く、という方法をとった。ネットで検索するほうがもっと詳しく調べられるだろうし、行きつけの飲み屋の常連客の中にもいろいろ情報を持った人がいたりするので聞いてみるといい。
プラハに到着して最初のホテルで、コンシェルジュに旅行ガイドを見せて醸造所がある場所をチェックしてもらった。無料の旅行ガイドは市内のどこでも手に入る。プラハは道が入り組んでいるので相当方向感覚が良くないと地図無しでは迷子になる。路面電車や地下鉄もあるが、そんなに大きな町ではないので徒歩でほぼ網羅できる。さて言葉の問題だが、キミの幸運を祈るしかない。でも僕が知っている唯一のチェコ語は”Pivovar”(醸造所の意)。現地の若者の多くは英語を話せるからそんなに心配することは無い。
町の中心部にあり、創業は15世紀初頭という長い歴史を誇る醸造所「ウ・フレクー」。照明を落としたビアホールをいくつか備えており、トータルで1200人も入れる。ここの醸造所が造っているビールは一種類で、席に着くとその黒ビールがジョッキで運ばれてくる。ウェイターがジョッキを載せたトレイを持ってホール内を巡回しているので声を掛けて次の一杯をもらう。ウェイターはビールと共に強烈なリキュール「アブサン」もいかがですか、としつこく勧めてくる。プラハはジャズとアブサンでも有名だけれども、その危険な液体には手を出さないほうが賢明だ。「ウ・フレクー」ではビアホールにアコーディオンを弾く老人がテーブルを回り、チップを要求してくる。日本から来た、と告げると彼は上手に「さくら」を弾いてくれた。醸造所内の別のビアホールで会った男が言うには、この醸造所は昔は良かったが今ではビールの品質は二の次で観光客相手に稼ぐことばかり考えている、とのこと。でも僕が見たところ醸造所内の広いビアホールはどこも笑い声と活気に溢れ、他のほとんどの観光客たちと同様に僕も満足してホールを後にした。
数ブロック行くとちょっとおしゃれな感じの「ピヴォヴァルスキー・ドゥーム」がある。ここでは8種類のビールを造っていて、全種類少しずつ飲み比べできるお試しセットもあって便利だ。ペール・ラガー、ダーク・ラガー、ヴァイツェンなどの他、サワーチェリー、コーヒービール、バナナビール、イラクサ・ビールなどのフレーバー・ビールと月替わりのスペシャル・ビールの全8種類。実際にはその他にも何種類か造っているが販売されていないものもあるらしい。あるテーブルでは地元の人たちが変な匂いのする緑色のイラクサ・ビールを美味しそうに一気飲みしているのにはびっくりした。料理は肉料理、魚料理などどれも美味しく、代表銘柄であるラガービールとの相性も良かった。僕は大体コーヒー風味のビールが大好きだけれど、ここのコーヒービールは最高に美味しかった。
旅のハイライトは、プラハの町を見下ろす静かな丘の上にある「ストラホフ修道院醸造所」。丘と町の間にはヴルタヴァ川が流れているが、橋を渡れば丘のふもとまで歩いて行ける。旅行者の多くは有名なカレル橋を渡ってプラハ城を目指すが、僕は丘の中腹にある青々とした公園を歩いて抜けていくコースを選んだ。このコースは空気がいいし、プラハの町の家々が霧に包まれながらもその凝った装飾の屋根が浮かび上がっている景色が素晴らしかった。中心街の古い通りには長い歴史を感じさせる趣が満ちていたが、自分が歴史の町に居るということを本当に実感できたのは、すべての建物を見下ろせる丘の上に来た時だった。素晴らしい眺めだった。そして、前日までに飲んだビールもすべて美味しかったのだが、「ストラホフ」は別格。ついに辿りついた、という気分だった。
「ストラホフ」は料理もビールも最高レベル。料理は従来からの定番であるポーク料理、チキン、魚介類から、ピザなど新しい人気メニューも揃っている。ビールは何種類かあるが、僕のお気に入りはローストした麦芽を使いしっかりとした苦味がありながら、飲んだ後にキャラメルのような甘い香りが残るアンバー・ラガーとダーク・ラガー。さらに僕はここでビール造りを学んだ経験もある横浜ビールの鈴木真也氏の口添えにより、醸造責任者のMartin Matuska氏と会い、施設内を見学させてもらうことができた。Martin氏もスタッフの皆さんも親切にしてくれて、誇りを持ってここで仕事をしていることが感じられた。これだけ有名な醸造所なのに醸造設備は比較的小規模で、年間100キロリットル程度の生産量は日本の地ビールメーカーと変わらない規模。しかし彼らが目指すのは量産ではなくあくまでも品質にこだわること。その姿勢が味にしっかりと表れている。
ただプラハでも大手ビールメーカーの味には少々がっかりした。ヨーロッパ全域に輸出するために大量生産しながら、なんとかその品質のレベルを保っていることや、立派な生産設備などにも感心したが、彼らが造るビールは風味がやや単調で、ただ大量に造っているだけという感じ。「ピルスナー・ウルケル」はチェコのビールの中で最も有名だし、チェコのビールを海外にも知らしめた功績は大きいが、どこにでも置いてあるので珍しさは無い。アメリカのバドワイザーの語源となった「ブドヴァイゼル」もどこでも見掛けるビールだ。ただし本場で飲むブドヴァイセルの生はアメリカのバドワイザーとはとても比較にならない、素晴らしい味だったことを付け加えておこう。
チェコにはプラハ以外にもたくさんのビール醸造所があり、田舎町でひっそりと造っているようなところも多い。それらの中で僕が訪れたのは旅行者用のガイドマップに広告が載っていた「チェルナー・ホラ醸造所」。簡単に行けるような場所ではなく、行くならレンタカーを利用するしかないが、運転手を確保しなければいけないし、道のりは複雑で辿りつくのは容易ではないことを覚悟しよう。バスでも行けるのかもしれないが、田舎に行くと英語が分かる人はほとんどいなくて、チェコ語かドイツ語しか通じないから、道に迷うとちょっと面倒だ。そんなわけだから、田舎の醸造所に行くことは諦めて、時間が余ったらプラハ城やプラハ市内に古くからあるユダヤ人街などを見物するのが賢明かもしれない。連日のアルコール漬けで一日位は休肝日が必要だしね。
プラハまではとても行けない、という人には日本にも美味しいピルスナータイプのビールを造っている地ビールメーカーがたくさんあるので、そちらをお勧めしよう。ビール好きが勧める日本の地ビールメーカーをいくつか挙げてみると、横浜ビール、小樽ビール、エチゴビール、田沢湖ビール、小江戸ビール、オーガストビール(ふくしまみちお醸造所が製造、東京のオーガストビール・カンパニーが販売)などがあるけど、他にも美味しい地ビールはたくさんあるので、まだ飲んだことが無い地ビールがあればいろいろ飲んでみると美味しい地ビールを発見できるかも。日本の地ビールをもっと楽しもう!
文•写真ーライ•ベヴィル
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