Beer Roundup (Spring 2022)




「かつてそこには、故郷に続く道があった」
ーザ・ビートルズ

もう元には戻れない。物事は永久に変わった。新型コロナが私たちの生活を一変させたと思ったが、本誌を執筆中に欧州では戦争が起きている。これにより、私たちの生活がどのように変わっていくのかまだよくわからないが、まちがいなく深刻である。このコラムでは大抵はおどけた、時に真面目な世界のビールのニュースに目を向けている。しかし、近頃の暗黒時代では、その比率が逆転してしまっている。酔いも覚めるようなニュースがあふれている。まずは暗い話から始めよう。

ブルワリーも含め、多くの外国企業がロシアからの撤退、またはロシアとの取引を停止している。3月上旬、デンマークの多国籍醸造会社であるカールスバーグはロシアへの投資と輸出を一時中断した。しかしながら、この状況はもっと複雑である。欧州で2番目に大きい醸造会社バルティカブルワリーは、ロシアのサンクトペテルブルクに本社を構えているが、カールスバーグのグループ会社なのだ。バルティカはロシアのビール市場の3分の1を占めており、少なくともロシアではまだ営業し続けている。また、カールスバーグはウクライナで三つのブルワリーを所有しており、この戦争が始まる前は、そこでも3分の1のビール市場を支配していた。それらのブルワリーが大砲や爆弾から逃れたか私たちの耳には入っていないが、私たちはどれほど地元住民がこのビールを飲むのを今欲しているだろうかと思う。

ロシアのビール市場で、カールスバーグと、トルコの醸造会社アナドルエフェスが所有する合併企業についで3番目に大きい多国籍醸造会社ハイネケンもまた、ロシアから撤退することを発表した。ハイネケンはロシアでの事業所有権を譲渡し、その譲渡から利益を得ないという姿勢を示した。

また、ビール業界の最大手企業であるアンハイザー・ブッシュ・インベブ(ABインベブ)は、ロシアでバドワイザーの販売を停止し、ロシアにある合併企業から得られる利益を失う見通しだという。また4月上旬、同社は英国でウクライナのビールブランドを売り出し、慈善団体に利益を寄付することを決めたと発表した。そのブランドは「チェルニヒヴスケ」と呼ばれ、ウクライナでもっとも人気があるビールの一つで、アルコール度数4.8%のラガーである。



ウクライナのリヴィウにあるブルワリーのプラウダは、自国の兵を支援するために、ビールの代わりにモロトフカクテル(火炎瓶)を製造すると2月下旬に公表した。彼らがこの爆弾のために使っている瓶は、「プーチン・フイロ」というドライホップが施されたゴールデンエールからつくられている。「プーチン・フイロ」は「プーチンはクソ野郎」という意味だが、彼らは数年前にロシアのクリミア侵攻を受けてこのビールを初めて製造したとき、モスクワにも1ケース送ったという噂である。3月上旬、プラウダは世界にコラボレーションを呼びかけた。その内容は、協力してくれるブルワリーには、彼らのレシピとラベルのデザインを利用可能にするので、救済資金に寄付してほしいというものであった。同社のウェブサイトでは以下の言葉で声明を締めくくっている。「平和を好むクラフトブルワリーとして、私たちはできるだけ早く普通の生活に戻り、ビールをつくって飲むことを楽しみたいと思っている。しかし、まずはゴキブリたちを私たちの土地から追い出さなければならない。グーラグ(強制収容所)も、ホロドモール(飢餓による殺害)も、抑圧ももうたくさんだ。これはウクライナ、そしてヨーロッパと世界の民主主義国家にとって決定的瞬間である。もうすぐ私たちはこの戦争に勝ち、美味しいビールを口にするだろう。勝利のビールを」



独裁主義がある一方、環境保全のための戦いがある。パタゴニアと米国の伝説的なブルワリーであるドッグフィッシュヘッドによる有望なコラボレーションが新たに誕生した。両社は協力して、カーンザという多年生穀物と、有機大麦、有機ホップを使用して醸造した「カーンザ・ピルス」をリリースした。以前、本誌第40号で、このカーンザ(小麦に似ているが、長い根をもっており炭素の吸収と土壌浸食の防止に効果的) を使ったパタゴニアの醸造プロジェクトを報告した。その当時は、「ロング・ルート・ペールエール」が発売され、その後、「ロング・ルート・ウィット」と「ロング・ルート・IPA」もリリースされた(日本でこれらのビールはパタゴニアプロビジョンズ、または輸入業者のえぞ麦酒によって供給されている)。ドッグフィッシュヘッドがこのプロジェクトに参加することにより、おそらくこの有望な穀物の知名度はさらに上がっていくだろう。



米国では、ストーン・ブリューイングがモルソン・クアーズに対する大規模な訴訟に勝ち、陪審員はクアーズに5,600万ドル(約70億円)の損害賠償の支払いを命じた。その訴訟は、クアーズがキーストーン・ライト・ビールのパッケージデザインや宣伝広告に大々的に「ストーン」という文字を使っていることが争点となっていた。手短にいえば、陪審員がストーン・ブリューイングの商標を侵害したと判断したのだ。ストーン・ブリューイングが告発したすべての問題点はこの訴訟によって解決しなかったが、クラフトブルワリー業界にとってこれは非常に大きな勝利としてみなされた。

その一方で、米国政府はビール市場の65%をABインベブとモルソン・クアーズによって支配されていることについて徹底的に調査すると公表した。これにより、政府は米国各地にある小規模ブルワリーに味方すると思われた。バイデン政権は、多くの産業における過度の統合を防止することが望ましいということで、今回の対策に乗り出したと述べている。どのような具体策を投じるかは定かではないが、市場の多様性と繁栄を保つための改革を導入してくれるのではないだろうか。しかしながら、注目すべきは米国にはすでに9千を超えるクラフトブルワリーが存在することである。日本のコンビニのように、どこにでもあるようだ。

オーストラリア政府もまたブルワリーの救済に身を乗り出している。以前このコラムで報告したように、同政府はパンデミックのためブルワリーに対する減税を検討していた。現在それが公認されたというわけだ。政府はドラフトビールの物品税を半減するようである。この計画の立案者は、価格が下がることにより、多くの客がバー・レストランなどの小売店に流れることを見越している。不味いビールだけは注がないでもらいたい。複数の報道機関によると、もしビールを注ぐ量が少な過ぎた場合は、政府はバーに対し22万オーストラリアドル(約2千万円)の罰金を科すとのことだ。消費者の皆がだまされないように、私服のパイント警官が巡回している。どうやら2019年の調査によると、おおよそ30%の小売業者は正しく注いでいないらしい。

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英国はパンデミック中に小売業者に対してもう少し支援を提供するべきだったようである。もしそうなら、英国の創業1000年以上のもっとも古いパブを失うようなことはなかっただろう。今年2月、ロンドンの北にある西暦793年に開業したジ・オールド・ファイティング・コックスは、コロナウイルスの影響による財政難により廃業することを発表した。

しかし朗報だ! パブの従業員たちがこのパブを廃業から救ったようだ! 12年間そこで働いていた前マネージャー、料理長、8年間働いていた従業員、そしてもう一人のメンバーが資金を出し合い、所有権を引き継ぎ、4月上旬にこのパブの営業再開を果たした。新チームはメニューと事業戦略を練りなおすと言っており、前オーナーは安堵と感謝を示した。彼らは「勝利のビール」を手にするにふさわしい。

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