実は、今回このコラムを始めるにあたって、ロード・オブ・ザ・リングはぴったりの出発点だ。三部作の同シリーズのヒットによって、ファンタジーのジャンルが広く一般に浸透した。そして同じく三部作のホビットが公開されたが、これはロード・オブ・ザ・リングの成功に便乗したお金儲けだと批判を浴びた(まあ、いいじゃない?)。数年前、このコラムでホビットのコラボレーションビールについて書いたことを覚えている読者もいるかもしれない。映画の公式ビールというアイデアは目新しいものだったが、巧みな戦略でもあった。しかし、ホビットシリーズを考えると、ある意味予想通りの展開だったかもしれない。ビールの味もいまいちだった。ちなみに、ブルックリンブルワリーも、かつてはホビットにちなんだ低アルコールのピルスナー「ハーフリング(小さい人)」をつくっていた。
さらに最近、本誌はファンタジージャンルのもう一つの大ヒット作「ゲーム・オブ・スローンズ」にちなんだビールを取り上げた。これらはニューヨーク州の名高いブルワリー、オメガングが手がけたビールだ。どのビールも素晴らしかった。最後に出たビールは、酸味のあるサクランボと燻製ポーターを融合させたものだ。まるでケーキのような味だった! 世界的に有名になったテレビシリーズがとうとう終わってしまったが、次は何があるだろう? このようなコラボや共同ブランディングをもっと期待してもよいのだろうか?
ファンタジーの作品では、登場人物が酒場やビアホールでビールを飲んでいるシーンがよくあるのでうまく作用するように思える。ファンタジー以外のテレビ番組や映画がブルワリーとコラボしたら、変だと感じるだろうか? ちょっとお遊びで、SFで考えてみよう。ブレードランナー・ネオン・エール。スターウォーズ:ホップの覚醒。アニメなら、ハウルの動くブルワリーラガー。
今回なんと、ブールバードブルーイング(デュベルモールトガットUSA)が20世紀フォックスと手を組んで、シリーズ12作目の『X-MEN:ダーク・フェニックス』を宣伝するそうだ。年間を通して入手可能な同ブルワリーの「スペース・キャンパー・コズミックIPA」が、映画の公式クラフトビールに選ばれた(と言うのも少し変な感じがするが)。この企画にはダーク・フェニックスを前面に起用した限定パッケージが含まれる。また、購入すると3米ドルの割引も得られる。
前向きに捉えると、かつてはニッチな業界だったクラフトビールが、超がつくほどの大人気作品と提携するまでになったのは素晴らしいことだ。考えれてみれば、何十年も前から消費者製品はエンタメ業界と手を組んできた。これらのタイアップ企画は、ビール業界の進化においてごく普通のことかもしれない。こういった企画は間違いなく今後も増えていくだろう。
ここ数年、本誌が伝えてきたもう一つのトレンドは、クラフトブルワリー間の買収、資本参加、そして物流の合弁会社設立だ。この動きは日本でも見られる(ヤッホーブルーイングによる銀河高原の買収など)。もっとも驚いたニュースの一つは、ボストンビアカンパニーとドッグフィッシュヘッドブルワリーの合併だ。前者はサミュエルアダムズの製造元で、米国内で年間醸造量第2位のクラフトブルワリー、対する後者は業界でも影響力を持つパイオニアだ(第13位)。両社のオーナー・創業者はメディアでもちょっとした有名人だ。米国の消費者はとても驚き、このニュースが何かの冗談か、マーケティング戦略かと思ったほどだ。日本に置き換えてみると、コエドビールと志賀高原が合併するニュースを突然聞くくらいの衝撃だ。ドッグフィッシュヘッドのオーナーであり創業者のサム・カラジオーネは、合併について、ラジオで「ただ好きなものが増えるだけだ」と説明した。その通り。そして販路も増える。クラフトビール業界が群雄割拠の様相を見せている日本やほかの国で、このような動きは増えていくのだろうか? 我々はそう予測している。
合併があり、そして次は、バトンパス? 今年4月、サンディエゴを拠点とするストーンブルーイングのウェブサイト上のブログで、創業者のグレッグ・コッホはベルリンにある醸造設備を、業界の仲間である英国のブリュードッグに売却すると発表した(詳細は未公表)。問題はいろいろあるだろうが、成長率が予測を下回っていたようだ。ベルリンのストーンブリューイングワールドビストロ&ガーデンズは、そもそも野心的な(そして「アロガント=傲慢な?」)プロジェクトだった。ヨーロッパの中でもビールの中心的場所の一つで、広大なブルワリーとレストランを開業し、アメリカンスタイルのクラフトビールを醸造して紹介するというものだ。コッホがこの計画を発表したときも、その成功には懐疑的な見方が大多数だった。しかし、今回彼が言うように、少なくとも挑戦はしてみたのだ。ブリュードッグにとっては、拡大を続ける事業に一つの駒を加えた形だ。ブリュードッグはうまくいくだろうか? 彼らがどう違う手で攻めていくのかが見ものである。
ドイツがヨーロッパの中でもビールの中心的場所の一つだと述べたことにお気づきだろう。言うまでもなく、英国、ベルギーとチェコ共和国も、影響力が大きく奥深いビールの伝統がある。今号の特集でも取り上げたように、ポーランドやイタリアも追い上げてきている。しかし我々が「伝統ある4大国」と呼ぶ国々にとっては、ビールはナショナル・アイデンティティである。これらの国にビールの博物館があるのは驚くに当たらないだろう。中でも特筆すべきなのは、ビール博物館(ブルージュ)、チェコ博物館(プラハ)、そしてビールとオクトーバーフェスト博物館(ミュンヘン)、そして国立ブルワリーセンター(バートンアポントレント)だ。
アメリカ大陸のビールのメッカ、サンディエゴもこれに倣って、2020年夏までにビール博物館(MoB)の建設を目指している。このプロジェクトを推進しているのは個人の集まりだが、彼らは良い考えと販促材料を持っている。しかしインディーゴーゴー上で行われたクラウドファンディングは、目標額の10%ほどしか達しないまま5月に終了した。それでも、このプロジェクトを発足したグループの一人、マイク・コシエラは楽観的で、財源確保には民間投資や資金援助など、ほかの方法もあると主張する。彼はセントルイスの国立ブルース博物館を開館まで導いた立役者の一人なので、きっと今回も成功すると信じている。また、サンディエゴには先例がある。サンディエゴ人類博物館には、ビールの歴史を扱った、興味をそそる「ビアオロジー」の展示がある。MoBは、より現代的でサンディエゴに焦点を当てた内容になるだろう。ピッツバーグでも類似したプロジェクトが進行中だが、ここ数年頓挫している。両チームがうまくいくよう祈っている。
博物館といえば、昨年8月、イラン北部を調査していた考古学者たちが2500年前につくられた粘土容器にビールの痕跡を発見したと、ワシントンDCのスミソニアン博物館はウェブサイト上で報告した。この発見は『ジャーナル・オブ・アーキオロジカル・サイエンス』誌で最初に発表されたが、スミソニアンは第一線の科学者、エルサ・ペルチーニとクラウディア・グラッツの2人に直接インタビューを行った。以前にはより古い発見もあったが、今回の発見がとりわけ特別だったのは、残留物を特定するためにガスクロマトグラフ分析法という新しい手法を用いたからであった。記事ではさらに「紀元前3千年紀に、メソポタミア人は普段から共用の甕からストローを使ってビールを飲んでいました。ですが、その後1千年のうちに、共用だったビールの甕は、次第に個人用の入れ物へと変わっていったのです」と報告した。
彼らにとって、「乾杯」に当たる言葉は何だったのだろうか? 今年の夏は、是非ジョッキでビールを楽しもう。
This article was published in Japan Beer Times # () and is among the limited content available online. Order your copy through our online shop or download the digital version from the iTunes store to access the full contents of this issue.