Garage Project

gp1

ニュージーランドの首都・ウェリントンにあるガレージプロジェクトは今、世界で最も刺激的で新しいクラフトブルワリーの一つである。革新的なビールが最近少ないと感じている人は、同社の創造性に富んだビールを飲んでみると良い。ちょっと変わった原料を使った珍しいビールというだけではない。びっくりするくらい美味しく、世界最高レベルといっていい素晴らしい出来だ。

ガレージプロジェクトは、2011年に創業した比較的新しいブルワリーだが、短期間で急成長を遂げ、ニュージーランドのみならず海外でも高い評価を得ている。ピート・ガレスピーとイアン・ガレスピーの兄弟がジョス・ラッフェルと手を組み、満を持して創業したブルワリーである。IPA、スタウト、ピルスナーといったスタンダードな銘柄も手がけているが、燻製ハラペーニョ、カカオニブ、バニラとリュウゼツランを使ったラガーや、コーヒーとチコリの根を使ったダークエール、炒ったココナッツ、糖蜜、オート麦を使ったレッドアンバーなど、さまざまなビールをつくっている。

スペインの著名な料理人であるフェラン・アドリアからインスピレーションを得ることもあるという。ラッフェルはこう説明する。「彼はこの100年間で最も偉大な料理人の一人です。素晴らしい才能を持ち、革新的で経験も豊富です。彼がつくる料理は常に変化し続けていて、新しい技術を考案することにも余念がありません。ブルワリーが新しいアイデアを出して試作ビールに取り組むためには設備を大きくしないほうがいい、ということを私たちは知っていました。大きな設備は新しいことを試すには不向きなので、従来の方法から抜け出せなくなるのです。私たちはそうはなりたくなかったので、非常に小さな設備で始めることにし、多くの自家醸造者が使っているサブコ社のブルーマジックシステムを採用することにしました。最初は儲からないだろうということは予想できていましたし、これが私たちが考えついた唯一の方法でした。銀行に頭を下げて融資をお願いする必要もなく、時間もかけずにスタートすることができました」

ブルワリー立ち上げの計画を進める前に、この三人の男たちには似たような物語があった。ラッフェルとイアン・ガレスピーは生まれた家が近所の幼馴染だった。ピートはイギリスやオーストラリアを渡り歩きながらブルワーとして経験を積み、オーストラリアで起業しようとしたが、現地の役所からストップがかかった。ラッフェルは仕事でアメリカに渡り、そこでクラフトビールの虜になった。ラッフェルとピートがウェリントンにブルワリーを立ち上げる話を取り持ったのはイアンであるようだ。飲食店の数やビールの消費量の観点から見れば、ウェリントンがニュージーランド最大のクラフトビール市場であるように思われるが、この街にはブルワリーがなかった。ブルワリー立ち上げ承認は驚くほどスムーズだった。少なくとも、ピートにとっては。

2011年に入ってすぐのころ、ピートはオーストラリアで住んでいた家を売り払い、仕事も辞めて、一家でニュージーランドに戻ってきた。一方、ビール醸造に関する書籍を片っ端から読み漁っていたラッフェルは、「その後すべてが現実味を帯びてきました。一番の親友には仕事も収入もない兄がいて、それまで話していたことがすべて現実になり、今でも自分たちで実際にやっているのです」と事の成り行きを説明してくれた。

少ない貯金から引っ越し費用を捻出した彼らは、醸造設備をイアンのガレージに運び込み、「ガレージプロジェクト」と名づけた。その後まもなく彼らは市内で古いガソリンスタンドを見つけ、交渉の結果、安く借りることができた。数か月かけてガソリンスタンドを綺麗にし、そこでブルワリーを開業する認可が下りた。ラッフェルは当時の様子を「麦芽、酵母、ホップが各種並んでいる食品庫のような感じで、僕らは毎日そこへ行って材料を吟味する料理人のようでした」と表現した。

ピートはやがて最初の「料理」に挑戦することになったが、それは24週間で24種類のビールをつくる、という内容だった。こうして2011年1月にガレージプロジェクトは本格的にスタートした。

とあるフェスティバルでデビューした彼らは、新進気鋭のブルワリーとして注目を浴び、その後数週間は多忙を極めた。24種類のビールづくりを決めてからというもの、休むことなくそれに集中し、試作ビールをつくることもなかった。その24種類のうち最初の2種類は今でも実際につくっていて、そのほかにも何種類か新しいものもつくっている。評判の良くなかったビールについては製造を中止した。彼らはコースターの裏面に客の意見を書いてもらってそれを取りまとめ、どのビールを止めてどのビールを残すかを決めるための資料とした。

創業した年、ガレージプロジェクトはピートの指導のもと、およそ50種類のビールをつくった。ラッフェルは各種アイデアを提供しつつ、ブルワリー内でなにか起きればどこでも駆けつけて問題解決に尽力した。

「ホップ、酵母、さまざまな醸造技術や醸造法について情報収集していました」とラッフェルは語る。「私が出したアイデアをピートが吟味し、アレンジします。彼のブルワーとしての才能は素晴らしく、料理人としても一流です。私たちは各種スパイスや副原料を使ったたくさんのビールをつくっています。オーストラリアとニュージーランドのすべてのブルワリーの中でも、つくるビールの種類ということにおいては、ピートが一番でしょう。彼の場合、座る間もなく忙しく働き、たくさんつくればつくるほど良いものができてきます。トップレベルのレストランのシェフも毎日座るひまもなく働き続けていますね。しかしビールの世界ではほとんどのブルワーは座っている時間が結構長くて、実際に醸造を行なっている時間は短いものです」

仮に事業が行き詰ったとしても、小規模で起業した彼らの経済的リスクは小さいもので済んだことだろう。しかし、実際今までのところ彼らはうまくいっている。そしてラッフェルはある計画について発表し、ほかの二人はそのプランに大いに賛同した。

「なにかやりたいことがあったら、あまり自信がなくても、それをたくさんの人に言い回ることです。他人に言って回れば、実行せざるを得なくなります」とラッフェルは笑いながら言う。それから真顔になって言った。「ブルワリーをつくる話はたくさんの人にしてきました。その話を聞いた一人が、銀行に融資を頼むよりも投資金を募る方がいいとアドバイスしてくれました」

その男性は自ら彼らに投資してくれたという。しかも彼らの期待をはるかに上回る金額だった。当初その男性は彼らがブルワリーをつくることに否定的だったらしいが、彼らの熱い気持ちが彼の心を動かしたのだろう。個人からの投資はガレージプロジェクトにとっても意に沿ったものだった。彼らはいつも仕事上のチームを作りたいと考えていたからである。投資してくれた男性はまた別のパートナーを彼らに紹介し、資金を増やすことができた。2012年5月、プールした資金でプレミア社製の10バレルシステムにグレードアップし、同時に20バレル発酵槽を6つ購入した。

タイミングも良かった。ちょうどそのころ、オーストラリアンインターナショナルビアアワードでノルウェーのヌグネとガレージプロジェクトのコラボレーションビールが受賞したからである。こうしてガレージプロジェクトの知名度は急速に上がっていった。同社は精力的に醸造を続けながら新作にも意欲的に取り組み、売り切れが続出するほどの人気を博した。

Pete and Jos making plans. Garage Project, Aro Street, Wellington, 2013.

新しいビールを考え出す方法について尋ねると、ラッフェルは前述の著名な料理人アドリアをもう一度引き合いに出した。「アドリアは新しい技術を編み出すことに長けていました。新しい技術を編み出したら、それをいろいろなレシピに応用することができます。ホップやその他の原料を変えただけのビールとは違います」。新しい技術とは一体どんなものだろう?

さまざまな探求の中から生まれたビールの一つが、#IPA(ハッシュIPA)という、ホップヘッドにとってはたまらないものだった。

「料理人が料理を完成させるまでには、さまざまな下準備があります。そこで私はビールの原料の下準備について考えてみました。まずはホップです。ホップから油分や酸を取り出したい。いろいろ調べていくうちにホップのルプリン腺を分離する方法が分かりました。私も自分でやってみたのですが、これは基本的にはハッシュ(大麻から作る麻薬の一種)をつくる方法と同じです。まずホップを丸ごと液体窒素に投入してかき混ぜ、ホップをバラバラにします。しかし熱は加えないので繊細な香りはそのまま保たれます。それから目の細かいフィルターを何度も通過させると、ルプリン腺が抽出できます。この方法を応用してつくったのが#IPAです。通常の方法ではここまで大量の植物性物質をビールに投入することは不可能ですが、この方法を使うと大量のホップをビールに投入することができます。#IPAの味わいは強烈でしたが、苦みの中にある種の繊細さも感じました」とラッフェルが説明してくれた。

世界中から選ばれたブルワリーが参加するファイアーストーンウォーカーインヴィテーショナルビアフェスティバルに出品されたガレージプロジェクトのビールをご紹介しよう。「ウマミモンスター」と名づけられた彼らのビールは、大量の昆布と鰹節が使われ、濃厚な旨味を出している。ラッフェルによると、同フェスティバルにはヤッホーブルーイングからも何人か参加していて、このビールを大絶賛していたという。そういえばヤッホーブルーイングも鰹節を使って旨味を強調した「前略好みなんて聞いてないぜソーリー」というビールを出していた。ウマミモンスターが黒く、麦芽の味わいが感じられる、濃いビールであるのに対し、ソーリーはホワイトIPAというところが対照的で面白い。

現在のガレージプロジェクトは、20バレルシステムと、さらに多くのタンクを有している。缶ビール製造ラインも導入し、ニュージーランドのクラフトブルワリーで初となる缶ビールをリリースする予定だ。今年に入ってフル稼働の日が続いており、新工場の建設も検討されている。規模の拡大によって、新しいものに挑戦し続けるという同社の哲学は変わってしまうのだろうか。いや、そんなことはないだろう。

ラッフェルは再度料理に言及した。「ある懐石料理店の料理長の言葉で、『革新的であることは伝統を重んずることである』というのがあります。この一見奇妙な考え方はビールづくりの世界にも当てはまります。実際19世紀からこの考え方に従ってビールはつくられてきました。過去のブルワーたちは皆革新的でした。1950年代から1980年代にかけてビールの革新性が失われたことは確かにありましたが。懐石料理というのは伝統的で美しいものですが、懐石料理の料理長の言葉の通り、彼以前の料理人たちも皆革新的だったのです。従来通りのやり方でやりますと言えば、それは伝統を重んじていないことになるのです」

gp3

This article was published in Japan Beer Times # () and is among the limited content available online. Order your copy through our online shop or download the digital version from the iTunes store to access the full contents of this issue.