The Beer Professors



ジェスパー・エドマンとクリスティーナ・アメージアンは一橋大学大学院商学研究科の教授を務め、日本における起業家精神と技術革新を研究している。しかもそれはクラフトビールに関するものだという。皆さん、メモのご用意を。

この分野の研究を始めたきっかけは?

クリスティーナ(以下C):日本に入ってきた海外の文化が全国的に広まったり、あるいは広まらずに限定的なもので終わったりする。その仕組みはどんなものだろうということと、日本における起業家精神、技術革新。それらが私たち二人の話題の中心でした。私は当時、模倣が大変得意な日本の外食産業に興味があり、その分野を研究対象にしていました。他所から何かを借用してそれを独自のものに仕立て上げることにおいて、日本人はとても素晴らしい能力を持っていると思いました。ところが、その全容は意外と知られていない。そこで私たちはそのような事例が実際にどこにあるかを調べ始め、たまたま二人ともビール好きだったので、この分野の研究を始めることにしたのです。初めの頃はほとんどのブルワリーがドイツスタイルを踏襲していましたが、政府やメディアが「地ビール」と呼んだことから、各ブルワリーは地産品を原料に取り入れることを考え始めました。

ジェスパー(以下J):日本の地ビール産業に当初、多数の外国人が関わっていたということも面白い。60〜70名ものドイツ人ブルワーがいて、お互いに交流していたようです。しかし彼らが日本のクラフトビール産業に与えた影響とは一体どんなものだったでしょう?ドイツ人ブルワーが居さえすればそのブルワリーはうまくいったのでしょうか?色々調べていくと、彼らの影響は何も無かったに等しいことが分かりました。それは興味深い発見でした。

日本の地ビール黎明期における興味深い話は他にもありますか?

J:そうですね。最初の地ビールブームは短命に終わりましたから、この研究を始めた当初は、いわゆる衰退してゆく業界に関する研究になるだろうと思っていました。

C:西欧諸国では「日本人の成功の極意」が話題になっていましたが、これとは相反する事例があるのだと思いました。やがて日本の地ビール産業が衰退の後に復活を果たしたという事実に私たちの興味は移って行きました。

J:そう。地元産の牛乳とビールを組み合わせて作った「ビルク」という商品もありましたね。薩摩芋を使ったコエドの「紅赤」も発売当時はかなり奇抜な印象の商品だったかもしれませんが、その後数々の賞を受賞しました。

地ビールの実用的定義は?

C:実はこの定義が一元的にはいかないのです。定義が定まらないままにこの呼び名が定着してしまった感があります。いわゆる「空範疇」のようなものでしょう。そこで私たちは、業界がこの呼称をどのような意味で使っているかをまとめることにしました。

J:諸外国では、このようなタイプのビールを定義する草の根的な運動が起こりました。「ホームブルーイング」とか「マイクロブルーイング」といった定義です。人々はそれらを受け入れ、実際に使用しています。しかしクリスティーナが指摘した通り、日本では言葉が独り歩きしてしまった感が強い。

なぜそのようなことになったのでしょうか?

C:一体誰が最初にこの言葉を使ったのか、それを私たちは調べています。ドイツの田舎で造られたビールを指す言葉として「地ビール」という言葉が1980年代に使われたことが分かっています。なぜドイツに行きたいか?それはドイツには地ビールがあるからです。また、この地ビールという言葉は「地酒」という言葉が元になっています。そして1990年代前半にビール製造の規制が緩和されたときにメディアがこれを取り上げ、地酒のビール版だと表現しました。

J:地ビールという言葉がメディアに登場してきて、人々は新しいカテゴリーの登場を知りました。地産品を使って造られたビールのことなのだと多くの人々は思いました。地産品とは地元の名水や、特産の農産物を指していたのでしょう。また、自治体が地ビールメーカーを支援しているだけの場合もあったでしょう。いわゆる町興しのための地ビールという位置付けです。こうした事柄全てが地ビールの定義を曖昧にしてしまいました。ビルクやダブルボックなんかを作るのはもちろん自由ですが、地ビールという言葉が色々な意味合いを持ってしまうことになりました。

なぜそれが問題なのですか?

C:日本ではカテゴリーに収まらないものは売りにくい傾向があり、カテゴリーが消費者にとってとても重要であることが私たちのリサーチでもはっきりしています。カテゴリーを曖昧にし過ぎると消費者は混乱してしまい、購買意欲を失くしてしまうのです。

J:同感です。カテゴリーを維持し、消費者を混乱させないことがとても重要だと思います。もう一つの問題は、最低限クリアすべき品質レベルさえ無かったことです。ローカル色が出ていさえすればよく、味は二の次というものがたくさんありました。このお陰で地ビールに対するひどいイメージが消費者の中に植えつけられてしまいました。ブルワリーは何よりもまず品質を重視することが大切なのですが。

ローカル色だけを追求する風潮から、品質を重視するように変化してきたのはいつ頃からだったのでしょう?当初から本当に美味しい地ビールを造っていたのはごく一部のブルワリーでしたよね。

C:私たちの調査によれば、最初に地ビールとクラフトビールの差別化を意識的に行った一人がコエドビールの朝霧社長でした。新しい言葉がこのような形で現れるのは珍しいことです。クラフトビールという新しい言葉の出現により、小規模なブルワリーがブランドの再構築を行うことが出来ました。

J:そうですね。朝霧さんが「クラフト」という言葉を意識的に使い始めたのには、従来の「地ビール」の曖昧なイメージから脱却し、観光客目当てでなく品質重視の姿勢を打ち出す目的がありました。そうして彼はコエドを埼玉の一地ビールから世界に通用するクラフトビールに育て上げたのです。しかもローカル色も残しながら。しかし、例えば箱根ビールのように、観光客重視のメーカーが残っていてもそれはそれでいいのです。彼らにローカル色追求を止めて全国レベルで考えなさいと方向転換を強要する必要はありません。

その他に何か大きな変化は?

C:私たちが研究を始めた頃は、みな口を揃えて地ビールは美味しくない、奇をてらったビールは日本人の嗜好に合わないから定着しないだろう、と言っていました。人々は地ビールは成功しないと思い込んでいましたが、その後状況は大きく変わり、地ビールに対するそのような評価は全く過去のものになりました。

J:クラフトビールが消費者の目に触れる機会が増えていることも重要なポイントです。本当に色々なところで見掛けるようになって、今やコンビニでも置いているところがあります。最初の頃は「ポパイ」などの専門店に行くしか無かった。

今後はどのような変化が期待されますか?

C:技術を持った人材が自ら起業したとしても、業界に受け入れてもらえないこともあります。そのような人材はアドバイザーとして生き残ることが出来たとしても、事業を続けるにはプロの経営者を迎え入れるしかありません。日本にはそのような境遇に置かれているブルワリーがいくつかあります。職人だけで構成されたブルワリーがビジネスとして成功するためには、どうしてもプロの経営者を迎え入れないと厳しい。でもそうすれば、高い技術を持った職人がビジネスとして成功できるチャンスはあるのです。

J:一方では、経営のトップがブルワーではないブルワリーで、独自の問題を抱えているところもたくさんあります。他方、経営センスに乏しい生粋の職人が運営しているブルワリーもいくつかあります。経営のプロをトップに迎え入れたら技術畑出身の創業者は退いてゆく運命ですが、この業界は経営のプロが能力を発揮しやすいマーケットになっていません。A社で従業員として働いていた人が新たにB社を起業し経営するという例も少ないですし、経験を持った人を外部から経営トップとして迎え入れるという例も少ない。現場で働くブルワーとしては、トップが外部から入ってくることを歓迎しないという風潮が強いのです。これはライフスタイルにおけるチョイスの問題と言えます。

明るい兆候は?

C:私たち二人はいつも同じ質問を受けたものです。教授という立場でありながら、なぜビールに関する研究などやっているのですか?と。ビール業界ではなくて日本という国のために何かをして欲しい、という意見です。地ビールの研究をいくら重ねてもお金にはならない。時間を費やしてやるようなことではないし、単なるライフスタイルの話でしょうと言われました。しかし、地ビールの研究を重ねている他の教授たちや大学院生の間では、今や立派な研究対象になっています。

J:この業界はこれからも起業家精神と技術革新に満ちた世界であり続けるでしょう。単なる物まねではなく、日本のクラフトビールは独自の力で今や世界レベルに達しました。同時に、たくさんのリスクも背負うようになっていますが、本物のビジネスリーダーたちの台頭は、見ていて心沸くものがあります。この業界で成功することはとても魅力的なことです。この業界はまだ若い人が多いですから、きっと明るい未来が待っていることでしょう。

ありがとう、ジェスパーとクリスティーナ。

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