Brewery Gurus



by Ry Beville

すべてのプランがその実行に必ずしもベストなメンバーを必要とするわけではない。すべてのプロジェクトが大規模な予算を必要とするわけでもない。手抜きをする、代用品を使う、あまり深く考えず取り急ぎ済ませる、これらはよくある妥協の一種。しかし製品の品質を考えたとき、もしそれが大きなクラフトブルワリーが行う投資だったら、どれくらいの妥協なら許されるのだろうか。

「投資はちょっとでもケチってはいけない」というのが、現在日本における最高かつ最新のクラフトブルワリーであるラフ・インターナショナルの堀輝也と、BETのマルクス・ルツェンスキ両氏の一致した意見だ。

今では日本のクラフトブルワリーも色々なレベルの醸造設備の中から好きなものを選べる環境が整っている。アジア大陸、北アメリカ、ヨーロッパなどから様々な醸造設備が入ってきていて、価格面においてもそれぞれのブルワーが自分にあったものを選べる幅広さがある。堀とマルクスは、どちらも当然ながら質の高い、信頼できるもの使っている。組み立てが必要な設備を自分で安く輸入し、自力で組み立ててしまうブルワーが居る一方、そんなことはしないというブルワーもいる。そんなことをしている時間が無いというブルワーもいるだろう。自分では組み立てたくない、あるいは時間が無い、というブルワーの中には堀やマルクスに頼ってくる人もいる。彼らが経験豊富でエンジニアリング、メンテナンス、コンサルティングに精通しており、きめ細やかなサービスを提供しているからだ。現在、軽井沢ブルワリー立ち上げの仕事で忙しい両氏を訪ね、その仕事ぶりを見せて頂くとともに、国内最強ともいわれるチームになるに至った経緯について聞いてみた。

堀は2001年にラフ・インターナショナルを、マルクスは2007年にBETをそれぞれ立ち上げたが、二人が一緒に仕事を始めるようになったのは1999年のことだった。醸造関連部品の売買とメンテナンス、廃業したブルワリーの解体などから始めたという。堀はこれまで10件のブルワリーの立ち上げに携わり、現在15のブルワリーのメンテナンス業務を請け負っている。最初に立ち上げたのは2003年、ベアードの沼津タップルームにあった200リッターシステム。一方マルクスは、元々日本でブルワーとして働きながら仕事を通じて設備面の知識も深めてゆき、やがて醸造設備の輸入業に転業することになった。今回の軽井沢ブルワリーの立ち上げは彼らにとって一から始める共同作業としては初の大型プロジェクトである。

たくさんの技術者、建設作業員たちが働く広大なブルワリー敷地内をヘルメットを着用して歩いてみた。まず驚いたのはそのスケールの大きさである。そして今までもたくさんのブルワリーを見てきたがこんなに裏の裏まで見せてもらうチャンスは無かった。全国にたくさんある比較的小規模なブルワリーとはかなり違い、そのスケールの大きさに迫力さえ感じる。二人がここまでハイレベルな内容を手掛けることが出来るようになったのはどうしてだろう?

「以前から建設に関する知識と技術はある程度身に付けていたのですが、ブルワリーの立ち上げについてはゼロから自分で勉強しました。これについては教科書がありませんでした」と、堀が話し始めた。

彼は元々この仕事に向いていたようで、彼をよく知る人たちは皆、彼の「ダ・ヴィンチ・ノート」についてからかう。これは彼が常に携帯しているスケッチブックで、デザインや略図などが書き込まれているもの。堀が何かにピンと来て突然スケッチブックを開き、何か書きこむ様子は見ていて面白い。

しかし、このくらい大規模なブルワリーの立ち上げともなると堀とマルクスのコンビだけで全てを完成させられるわけではない。BETとラフの両社がデザインと醸造設備一式を担当し、電気系統、その他の付随設備(配管、空調設備など)、廃棄物処理、井戸水の取り込み、包装ラインなどについてはそれぞれ別の業者が担当する。

色々な業者が一緒に仕事を進めていく上で摩擦などは起きませんか?

「それは全くありません。皆さんがそれぞれの分野のプロですから」と堀が答えてくれた。

建設工事は順調に進んでいますか?

「今のところ完璧ですね。計画通り進んでいます」。

いつもこんなに順調に進むものですか?

堀とマルクスの二人は顔を見合わせて笑いながら、「計画の中身次第ですね」という。剥き出しの未完成の壁面には金属線や配管が張り巡らされていて、醸造スペースからコンディショニング・タンクに至るまで、ブルワリー全体の中でどの部分とどの部分が繋がっていなければならないかを考えながらの作業が続く。そんな複雑な仕事内容を見ていると、この一連の仕事はまずどんなところからスタートするのだろう、と思った。

「まず生産目標の設定からこの仕事は始まります。そして一週間に一回程度のミーティングを繰り返し、プランを練っていきます」とマルクスが説明してくれた。

さらに堀が付け加える。「大抵の場合、顧客の要望を満たすことをまず考えます。例えば、ブルワーが特定のビールを一定量造ろうとするとき、その作業がなるべくスムーズに行くように私たちは考えなければなりません。そしてそのアイデアに沿って必要となる設備とデザインを提案します。今回のプロジェクトでは省エネタイプのシステムも提案させて頂きました。このシステムは初期投資としては高くつきますが、長い目で見れば充分に回収可能で、その後は利益を生み出してくれるのです」。

プランを実行する前に二人はブルワリーの平面図を見ながら理想的なシステムとセットアップを決めてゆく。そしてそれぞれの要素をどうやって連結させてゆくかを決める。その後、実際に建設作業に当たるチームが加わり、プランに従って作業に入る。

堀はブルワリーのビジネスプランには口を差し挟まない方針だと言う。そのことには実際あまり興味が無いという。一方マルクスはフォローアップ的な仕事も行なっている。商品に関するコンサルティング業務、トラブル・シューティング、醸造に用いる各種製品の販売などである。

このビジネスをどのようにとらえているか、二人の考え方をさらに詳しく聞いてみよう。

「比較的小さなブルワリーで、苦しいビジネスを強いられているところをたくさん知っています。システムの規模が小さいとどうしても醸造に時間が掛かりますしブルワー自身も時間を取られます。年間60キロリットルに満たない製造規模(ビール醸造認可取得のための最低ライン。発泡酒の場合は最低6キロリットル)の場合、実際にビジネスとしては厳しいと思います」と堀は言う。

こんなブルワリー、一体誰が設計したんだ?!と感じたことは?

二人は笑い、「大抵の場合そう感じます。地ビールブームに便乗してたくさんのブルワリーが作られたあの頃はビール造りについても、そのための正しい設備設計についても誰も知りませんでしたから」とマルクスが話してくれた。

このビジネスをやっていて感じる問題点は?

「衛生管理に対する投資を惜しむブルワリーの存在が最大の問題です。エンジニアリングに関する事柄、例えばホースの衛生管理は大変重要ですが、これについての知識も意識も薄いブルワーが多すぎます。衛生管理意識の欠如は様々なトラブルの元凶です。美味しいビールを造れるブルワーでも衛生管理が出来ていないお陰で製品の質を落としてしまっているケースが多々あると思います」と堀は指摘する。「ビールの質は80%衛生管理で決まります」とマルクスが付け加えた。「衛生管理が出来ない人は優れたブルワーにはなり得ません」。

お二人が理想と思う衛生状態を保ったブルワリーはありますか?

「ありません」と堀が笑いながら答えた。「おそらくビッグ・フォー以外には完璧なところは無いでしょう」。「設備の管理状態による部分が本当に大きい。設備管理がおろそかになればビジネス上のリスクを招くことになります」とマルクスが付け加えた。

海外のブルワリーについて聞いてみた。

「ドイツにはビール造りの長い歴史と経験の蓄積があり、ブルワリーも素晴らしいところばかりです。ストーンやラグニタスなど、アメリカの優れたブルワリーでさえドイツのブルワリー・システムを導入しています。それでもトラブルが起こる可能性はありますが、品質面でドイツビールに勝るものは無いと思います」と、マルクスが誇らしげに語った。

ブルワリー立ち上げの仕事でその他に何か思うことは?

「防災管理も重要ということです。日本は地震大国ですからブルワリーも安全面で充分な管理をする必要があります。今回のプロジェクトの場合、タンクは床と天井の両方で固定しています。これでかなり大きな地震にも耐えることが出来ます」と堀が説明してくれた。

現在二人はいくつかの新しいプロジェクトを抱えて超多忙であり、他にも依頼が殺到しているもののそれらを断らざるを得ない状況だ。日本には今後どれくらいのブルワリーが新たに誕生するのだろう?

「今は間違いなくブルワリー新規開業ブームです」と堀は言う。「しかしこのブームは2〜3年で終わると予想しています。それ以降はメンテナンス業務で僕たちは忙しくなるでしょうね。今はクラフトビアの世界に新たに参入する希望を持った人がたくさん居て、特にブルーパブを始めたいと考えている人が多いのですが、ビジネスとしてやっていく難しさを考えなければなりません。すでに何店舗か経営している方はそれぞれ別に製造設備を作ることをお勧めします。例えば御殿場リゾートのような広いキャンパスに何軒かレストランを持っているようなケースはいいのですが、市街地の場合は自分である程度の土地を持っていないと今後ビジネスとして続けていくのは厳しくなって、資金繰りが苦しくなってくるでしょう」と堀は指摘する。

一方マルクスも「アメリカでは相変わらずブルワリーが増え続けていますが、それはブルワリーが育って行ける環境が整っているからです。日本の場合は生産規模に関する法律が大変厳しい。発泡酒のライセンスは取れてもビール製造のライセンスは条件が厳し過ぎます」と強調する。

二人の口から警告や現状に対する不満などを聞いてきたが、実際彼らは日本のクラフトビアの将来にとても明るい見通しを持っている。明るい展望が無ければここまで今の仕事に打ち込んで来なかったはずだ。そして二人は今手掛けているブルワリーの今後について大きな期待を寄せている。

「このインタビューがジャパン・ビア・タイムズに掲載されて発行される頃には、もうビールがこのブルワリーで発酵を始めているでしょう」。

そして、その頃の二人はもう他のプロジェクトに取り組んでいることだろう。

お知らせ:本誌は、設備メーカー数社に広告をご掲載いただき、広告収入を得て発行しています。ブルワリーの皆様におかれましては、これら設備メーカー各社が提供しているサービス内容を吟味の上、御社に最適な設備をご導入ください。また、ご意見やご要望等をお寄せいただければ幸いです。


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