工場長の小松勝久は骨のあるガンコ親父とでも言うべき人物。信念を曲げず、妥協を知らず、彼の知識と技術に裏打ちされた確かなやり方を部下たちが真似てくれることを望んでいる。言い訳を嫌い、彼自身、言い訳をしなければならないような失敗はしない。彼が造る美味しいビールは彼の力強い意思の表明なのだ。
元ホテルマンだった小松は「ビールを飲みたいと言うお客さんは多かったのですが、ビールで腹が張ってしまい、コース料理が進まないという理由でビールは出していなかったのです。そこで、料理を停滞させないビールはないかと世界中のビールを取り寄せました。そしてカルチャーショックを受けたのです」と説明してくれた。
ビールには詳しくなかったがその魅力を感じていた小松はさらにビールについての勉強を続け、やがてビール造りに関する規制が緩和されることを知った。年間最低製造量が300キロリットルだった法律が60キロリットルに緩和される直前の1993年、彼はホテル内でビールを造ることを提案し、ホテル側の了解を得た。
「日本にはビール醸造を学べる学校がなかったので1994年に休暇を取って自費でドイツに渡り1ヶ月間ビール醸造を学びました。ところがその後日本に帰ってくるとホテル側が考えを変えていたのです。ビール造りはリスクが大きすぎる、と」。
幸い、同ホテルを運営していた会社に勤めていたあるシェフが小松の考えに同調し、一緒にやろうと言ってくれたのが1996年のこと。
「エチゴビールで3ヶ月間ほど研修し、さらに2週間シーベル醸造科学技術研究所で学んだ後、開業しました」。
海外では醸造技師を目指す者は技術を磨くための下積みを何年も経験するのが普通である。近年は日本でもこれに倣う傾向は見られる。しかし日本で最初の地ビールブームが起ころうとしていた頃、小松は放浪の日々を送っていた。もう後戻りはできなかった。そして97年、田沢湖ビールは開業した。
「レシピは全て自分で考案し、改良を重ねてきました」
お気に入りのビールは?
「特に好きなビールがあるわけではありません。同じものを飲み続けたらやがて飽きてしまいます。ですからその時の気分によって飲むビールが変わります」創業して何年かは色々と問題もあった。最初に使ったホップと麦芽が最高に良かった、と小松は言う。
「最初に造ったビールの出来が最高に良くて、自分で天才じゃないかと思いました。しかしその後、同じ味が再現できなくて悩みました。最高の原材料を使いたいと思ったのですが、日本では最高のものが常に入手できるとは限りません」。
そのような経験から現在では原材料を地元で調達することにしている。田沢湖ビールは自社でホップや小麦の栽培も行う。麦芽も小松が自ら作っている。爽やかな風味の「さくらビール」は桜の花びらから採取した天然酵母を使用しており、100%地元の材料を使って造られる。
小松は流行や周囲の雑音に惑わされたりはしない。アメリカンスタイルのビールやイギリスのエールに興味がなく「カスケードホップはあまり好きではありません」とのこと。
コンテストに出品することにもあまり関心がないというが、ビアフェスなどには参加したことがあるらしい。田沢湖ビールの卓越した品質は日本の市場ではなく、むしろ海外で評価されるべきレベルなのかもしれない。
インタビューの終わりごろ、僕らは大笑いした。彼がこんな話をしたからだ。彼は日本のクラフトビアの世界ではスワンレイクビールの本田や渡辺とほぼ同期生だが、初めて彼らを見た時小松は「こんな若造がまともにビールを造れるのか?」と思ったそうだ(スワンレイクが世界品質のビールメーカーであることは読者の皆さんご承知の通り。本誌前号参照)。
小松一流のユーモアは彼の気さくでさばさばした性格に由来する。一方、彼のビールに対する愛情も大変なもの。「ビールがとにかく好きで、僕にとっては主食みたいなものです。賞を与える対象ではないですね」。
そうは言っても小松本人が金賞受賞に値する男である。それは間違いない。
田沢湖ビールを訪問したならぜひ湖周辺も散策してみよう。美しいブルーをたたえた田沢湖は日本百景にも指定され、日本最深の湖としても知られる。レンタサイクルで2時間ほどかけて周囲を走ってみるのもいい。付近には宿泊施設や温泉もある。僕らが泊まった「かたくりの花」の露天家族風呂は湖が見える場所にあり、とても良かった。観光案内所の人もとても親切で好印象な旅だった: www.tazawako.org
This article was published in Japan Beer Times # () and is among the limited content available online. Order your copy through our online shop or download the digital version from the iTunes store to access the full contents of this issue.