震災後初めて一関市を訪れた時、そこには何も無かった。店に行っても食品はなく、暖を取るものも水もガソリンもなく、町があったところには生気を感じるものが何一つ残っていなかった。絶え間なく余震が続き、中にはマグニチュード7を超える大規模な余震もいくつかあった。いわて蔵ビールの醸造所も直営のレストランも休業状態となったが、従業員たちは網焼きスタイルの昼食を取るために職場の中庭に集まっていた。これはもう同じ職場の従業員というより、家族が集まっている感じだった。いわて蔵ビールを造っている会社、「世嬉の一酒造」の三代目の社長は佐藤晄僖、そして彼の息子の佐藤航が会社の日常業務において重要な役割を担っている。
道路が復旧し、救援部隊が次々に被災地に入ってくるようになった頃、佐藤航は救援部隊と一緒になって沿岸部の特に被害の大きい町への救援物資の運搬を手伝っていた。僕の友人たちやスポンサーの人たちからもたらされたたくさんの救援物資の輸送について僕が調整を計ろうとしていることを知った彼は、僕を地方自治体や避難所の責任者の人たちと引き合わせてくれた。僕らが被災地で活動していた間もいわて蔵ビールを飲む機会が何度かあったのだが(被災後も瓶ビールは入手可能だった)、1日の重労働を終えて頂くいわて蔵ビールの味は、素晴らしい人たちの手によって造られていることを知っているからこそ、また格別なものに感じられた。
その後、醸造所も復興して樽生も再び供給が可能となったゴールデンウィークのある日、僕はその樽生ビールを頂きながら丹羽に話を聞く機会を得た。丹羽は長らく博石館ビールで働いていたが2009年の終わりにいわて蔵ビールに転職してきたという、まだ今の職場では新入社員である。丹羽が入ってくる以前は佐藤航が主に醸造を担当していた。
「地ビール醸造の規制が緩和されることになった90年代の半ば頃、当時働いていた会社が地ビールの製造を始めることを検討し始めました。僕はビールが大好物でしたからこれはちょうどいいと思いました。設備をイギリスから調達してきて、最初の短期間でしたが僕にビール造りを教えてくれたのもイギリス人の醸造技師でした。習ったレシピは4つ、ラガー、ペールエール、ゴールデンエール、スモークエールでした。教えてもらって1年くらい経った頃、それらのレシピを自分なりに少し手直ししました」。
仕事が順調に行ったことでやがて丹羽は別のスタイルにも取り組んでみたいと思うようになった。丹羽が博石館ビール時代に造った、特にアルコール度数の高い「スーパーヴィンテージ」という名のバーレイワインはよく知られているし、日本で最も早い時期に造られた彼のリアルエールもよく知られている。しかし全てが順風満帆というわけでもなかったようだ。
「何度も失敗を繰り返しました。バーレイワインも最初に造ったときは失敗に終わり廃棄せざるを得なかったのですが、そのことに当時の部下たちは納得出来ない様子でした。ランビックにもチャレンジしましたがまともなものが出来るまでには何度かの失敗を経験しました」。
彼は今でもベルギースタイルの酸味の強いビールや天然酵母に強い関心を持っており、「そんなビールを日本人も造れるんだということを世界にアピールしたい」という。
好きなベルギービールを聞いてみると彼は僕らも大好きな「デュセス」、そして僕らも訪れたことがある醸造所の名前を挙げてくれた。デュセスは大きなオーク樽で18ヶ月間もの間寝かして熟成させてあの複雑な味を出している。丹羽もこれに匹敵するようなものを造ることにチャレンジしてみたい様子だった。
「あんな感じのビールが一番造りたいビールですね。バーレイワインをウィスキー樽で造りたい。でもホワイトオークのウィスキー樽でないとだめなんですよ」
すべてのビール造りのレシピが考案し尽され、考えられるあらゆる種類のビールが造られ尽されてしまうなどという事があり得るだろうか。そんな事はあり得ない、ビール造りに関する探究に終わりはないと丹羽はいう。
「柿由来の酵母を使ってスタウトを造る予定です。酵母の世界は奥が深く、興味が尽きません。これからも生きている限り色々な新しいビールを造っていきたいと思っています」。
丹羽にエールを送ろう!
いわて蔵ビールにはアルコール度数7%のIPAを始め、丹羽が持ち込んだビールがいくつかあるが、同醸造所のビールで最もよく知られているのは2008年ワールドビアカップで銀メダルを受賞した「オイスタースタウト」である。牡蠣を収穫していわて蔵ビールに供給していた人物は津波が襲ったエリアに住んでいて、震災後しばらく連絡が取れなかったのだが、地域の消防団の一員として生存者の捜索に奔走していたことがわかり、ひと安心したとのこと。こういう話を聞くとまたさらにこのオイスタースタウトが飲みたくなるではないか。
今年も一関市で毎年恒例のビアフェスティバルが例年通り開催され、60を超える醸造所から100銘柄近くのビールが出品される予定。開催期間は8月19日から21日まで。
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