Ise Kadoya

伊勢神宮が神道の中心なら伊勢角屋は日本の地ビールの中心地と言えるだろう。伊勢市は毎年500万人の観光客が訪れる観光地だが、市自体は大変静かで伊勢角屋はそんな一地方都市の中でも特に閑静なところにある。そんな片田舎の地ビール醸造所が造るビールが世界的に評価されているということは驚きだ。しかし伊勢角屋の長い歴史、ビール造りに対するこだわり、衛生管理意識の高さ、最高品質のものだけを提供するというプライド、などを知ったなら世界的な評価の高さもなるほどと思えてくる。規律の厳しさから美味しいビールが造られる。

規律の厳しさが大切ということを中西正和はよく理解している。当初から伊勢角屋でビール醸造に携わり10年以上になる彼は日本国内のみならず海外のトップクラスのビール醸造者からも尊敬される存在である。しかし彼が伊勢角屋でビール造りを始めたことにはとてもラッキーな一面があったらしい。

「市役所に3年契約で勤めた後1997年に伊勢角屋に入りました。伊勢高校で発酵プロセスを学びましたが(「発酵プロセス」というのは農業高校でもあまりメジャーな科目ではなかったとのこと)、卒業した頃この辺りにビールを造っているところはありませんでした。ところが市役所の3年契約が切れた頃、ちょうどタイミング良く伊勢角屋の求人の話があり滑り込むことが出来ました」。彼が高校を卒業した頃の酒税法ではまだ年間60キロリットルという現行法のビール最低製造量の規定になっていなかったので、小規模な醸造所が一気に増える状況になるにはあと数年待たねばならなかったのである。中西は1999年に醸造責任者に昇格したが、その頃はまだビール醸造を学べるところが無く、助手だった頃に習得した技術と知識だけでは不十分だったのでビール醸造に関する書籍をたくさん読んで勉強したという。

そしてその頃、伊勢角屋の古き良き伝統の土台の上に新たな良き伝統が築かれる道筋が開かれた。角屋21代目の鈴木成宗が初めて品質管理規定を作ったのだ。長きにわたって醸造を続けてきた自信と自負があればこそ、優れた品質管理規定が生まれたのである。鈴木は歴史の重みと伝統を守らなければならない責任を感じた時のことを振り返りながら言った。「熟成が不十分だったために出来上がりに満足できなかったビールを1000リットルも廃棄したことがありました。品質の怪しいものを出して評判を落とすくらいなら販売前に廃棄したほうがはるかにいいのです」。

伊勢角屋の哲学は醸造所のその他の決断にも反映されている。「ヴァイツェンにも取り組んだことがありますが品質が安定しなかったので潔く諦めました。また、使用農薬の観点からモルトの仕入れ先も見直し、今はアメリカのグレートウェスタン産を使っています。その他、キャラメルモルト、チョコレートモルトもグレートウェスタン産を使用、スモークモルトはドイツのワイヤーマン社のものです。地元を流れる清流、宮川の水をチャコールマイクロフィルターで濾過したスーパークリーンな水を使っていますからとても美味しいビールが出来ます」と中西は言う。また伊勢角屋では衛生管理にも特別の配慮をしていて、それは醸造所内の各設備のクリーンさを見ればよく分かる。

受賞意欲も製品のクオリティの高さに一役買っているようで、2000年に初めて受賞して以来、数々の賞を取ってきた。以前はすべて国内の賞だったが、2003年にオーストラリア・インターナショナル・ビア・アワードで金賞を受賞したのを皮切りに、2006年にはサンディエゴで開かれたWBC(ワールドビアカップ)で神都ビール(オールドエール部門)とスタウト(クラシックアイリッシュスタイルドライスタウト部門。註:この年はゴールド、シルバーは無し)がブロンズ受賞。「WBCはカテゴリーがはっきり分かれているので、私たちはスイートスタウトをまず造り、そしてドライスタウトを造ることにしました」と言うが、どんなタイプのビールを造るかについては他に決定要因があるらしい。

伊勢市からほど近い浦村というところは牡蠣の有名な産地で、伊勢角屋直営のブルワリー・パブ「麦酒蔵(びやぐら)」では浦村で獲れた牡蠣などの地場産品を使ったメニューが色々揃う。「食事に合うビールをいつも考えていますが、牡蠣は特に意識しています」と中西は言う。「麦酒蔵」以外にも「伊勢角屋麦酒 内宮前店」という直営店が伊勢神宮近くにあるが、どちらのお店もグルメ垂涎の牡蠣料理やパブスタイルの各種料理を揃えていて、どの料理もビールとの相性は抜群だ。

伊勢角屋が造るビールの中でも「オイスタースタウト」は特に人気がある。晩秋に仕込み、年末にかけて仕上げて店に出すビールである。最近このビールは牡蠣のイメージをよりはっきり打ち出すため「浦村牡蠣スタウト」と名前を変えた。伊勢角屋のビールにはこの他にも「ペールエール」「ブラウンエール」「スタウト」などがあるし、「神都麦酒」というビールは伊勢市内で広く販売されており、地元産の黒米とカスケードホップを始めとするビターホップのコンビネーションが生み出す柑橘系を思わせる風味をもつアメリカンスタイルペールエール。「熊野古道麦酒」はマイルドなブラウンエールで三重県と和歌山県の限定販売である。

過去には「インペリアルIPA」などの限定ビールもあった。これは昨年、社長の鈴木成宗が個性の強いビールを造ろうと思い立ち、アメリカ・デラウェア州にある醸造所「ドッグフィッシュヘッド・ブルワリー」のビールを参考にしながら、麦汁の煮沸中に10種類ものホップを120回に分けて投入するという方法で造られた渾身のIPA。それは伊勢神宮を連想させる重々しく神々しい風味を持つビールだったが、残念なことに610本という少量限定生産だった。それが何と今年中に再発売されるという。

近いうちにまた魅力的な限定ビールが登場することを期待しよう。二人の新しいスタッフ、出口と榊原も加わり、中西は今後も素晴らしいビールを造っていくための強力なチームが出来上がったと感じている。新しい二人のスタッフのことを中西は興奮気味に話してくれた。しかし彼らにはビール愛飲家の強力なサポートも必要である。皆で伊勢角屋のビールを応援しようではないか。

この記事を読んでいるキミも伊勢市に行ってみよう。伊勢に行ったらまずは歴史を感じさせる河崎の町を歩いてみることを勧める。古い商家や町家が残る町並みは素晴らしい。そうした建物の多くは小さな商店や博物館として今でも使われているし、宿屋もあるので時間に余裕を持ち泊まりがけで楽しみたい。勢田川沿いを少し歩けば、そこが「伊勢角屋」だ。

by Ry Beville

www.isekadoya.com

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