シャトーマルゴー(著名なボルドーワイン農園)から近々新たに発売される銘柄について何か聞いたことはあるかな? それは、彼らの名を冠した第1級品を通常どおりフレンチオーク樽で長期熟成した後、アメリカンバーボンの樽に移し、そこでバニラの種、カカオニブ、手焙煎したコピルアク(ジャコウネコの糞から採れるコーヒー豆)も加えられて6カ月以上熟成されるというものだ。瓶詰めされる直前には、エルビス・ブレスリーを意識していたずらっぽくうなずくように、ピーナッツバターとベーコンサンドイッチをなめらかにすりつぶして混ぜ合わせたものが漬け込まれる(プレスリーはおそらくこれらの食べ物が大好きだろう)。出来上がりのワインはシャトーマルゴーでのみ販売される予定で、ロバート・パーカー(米国在住の世界で最も影響力のあるワイン評論家)の関係者たちは確実に入手するために、ボルドーの通りで既に野営をしていると言われている――。
このワインに関する作り話を、スコッチウイスキーや日本酒の大吟醸、またはコニャックの著名なブランドに置き換えると、ひどくばかげているように聞こえるだろう。しかしながらビールとなると、前段の話はたちまち意味を成してくる。ワインや日本酒、ウイスキーの愛好者がそれぞれブドウ、米、麦芽からのみでできている製品に満足している一方で、ビールおたくたちが、動物、野菜、もしくは鉱物などありとあらゆる新しい原料がビールに使われてやっと満足するということが、少し奇妙だと思うようになってきた。ビールと他の酒とで、何が大きく違うのだろうか。なぜパイ生地スタウトとミルクシェイクIPAは存在し、ミルクシェイク純米酒やパイ生地メルロー(赤ワイン)は存在しないのか。ワインと日本酒は自立した高級な酒である一方、ビールは決して高貴になれないニセモノなのだろうか。
この疑問について、昨夏ドイツに3週間滞在して十数リットルのケラービアとピルスナーを飲みながらじっくり考えた。その後日本のクラフトビールの世界に戻ってきて、米国やスウェーデンの影響を受けたミルクシェイクスタウトとパイ生地スタウトをかつてないほど見掛けることになった。麦芽、ホップ、水、酵母――。人々は、これら四つの原料だけでビールがつくれるとまだ思っているのだろうか。ピーナッツバターとベーコンサンドイッチは、ビールに入れることを意図されなかったのならば、神はなぜ我らにもたらしたのだろうか。
クラフトビールは常に、技術革新と共にあり続けてきた。市場を支配し、「ふつう」と「軽め」という二つの形式でしか現れなかった、黄色のラガーに対する反乱として米国で始まった。クラフトブルワーたちは英国風エールのつくり方を習得した後に、今度は差別化が必要だと感じるようになった。その結果、高めのアルコール度数、新しい品種のホップ、木樽長期熟成、酵母や細菌の実験的な使用、そして、果実や香辛料からカボチャなんかはもちろん、肉や乳糖、バニラの種など、もう本当に多くの副原料が採り入れられるようになった。ビールづくりは激しい変化を遂げてきた。そして疑いの余地なく、そうしたフリースタイルのビールの多くは非常に美味しい。ただ、一度立ち止まって自問自答する必要がある。「こうしたビールみんなはどこに向かっているんだろうか。そして古くからの地味なビールにいったい何が起きたのだろうか」と。
多くのブルワー、そしてビールを飲む人たちも、濁ったニューイングランドスタイルのIPAを初めて見たとき不快感を抱いたことは知っている。筆者は彼らが言いたいことを理解できる。水晶のように透き通って輝くビールをつくることは本当に難しく、ブルワーたちはその方法を習得するのに数年を要している。今になって突然、ビールをある意味汚い見た目にすることがかっこよくなった。しかしニューイングランドIPAとは結局、ホップを多用して主軸に据えたIPAのスタイルの一つに過ぎない。小麦またはオート麦を加えるのは、なめらかな口当たりをつくり出し、出来上がりのビールに残っている酵母を浮遊させるためだけだ。同じような方法は数百年間なされてきた。
その後、スウェーデンのオムニポロや米国のタイアドハンズが登場して、さらに手を加えた。甘味を強めるための乳糖、単にバニラが好きだからというのが理由でのバニラの種、そして手元にあるあらゆる抽出物を用いてそのビールは出来上がった。これがミルクシェイクIPAの誕生である。彼らは、アルケミストやツリーハウスといったブルワリーと同様に濁ったIPAをつくることができなかったからそのようなビールをつくるに至ったのか、それとも彼らがそのようなビールを本当に飲みたかったからつくったのかどうかは、誰にも分からない。
そして我々はそのビールをすっかり惚れ込んでしまった。筆者は初めて飲んだときのことをよく覚えている。それはタイアドハンズの「トゥデイウィルビーアグッドデイ」という銘柄だった。ブルワリーによる銘柄紹介はこうだ。「このインディアペール『ラテ』は、スペルト小麦、オート麦、乳糖でもって醸造している。ホップはアマリロ、シムコー、センテニアル、モザイクを強烈にきかせている。熟成時にはコーヒーとマダガスカル産のバニラの種を入れている」
最初は疑いを持ち、心の中で嘲笑していたが、本当に美味しく飲んだ。甘くてまろやかで、バニラとコーヒーと混ざった、ホップからもたらされる柑橘類と熱帯の果物の美味しい特徴が伴っていた。自分が知っているどんなビールとも異なる味がしたが、実にうまかった。この銘柄が世界初のミルクシェイクIPAというわけではなかったが、すぐ後にもっとぶっ飛んだ方向に進んでいくこのスタイルの、初期の銘柄群に属することは確かだった。現在では、ほとんどすべての考え得るあらゆる果物や香辛料を使った、このスタイルの銘柄を見掛ける。そしてそれらのすべてには乳糖が、ほとんどすべてにはバニラが使われている。
どのスタウトが初めてパイ生地部門に分岐していったのは分からない。しかし、スリーフロイズの「ダークロード」は確かにその前兆の一つだった。この銘柄は2002年以来、コーヒー、メキシコ産のバニラ、インド産の砂糖でもって醸造されてきた。そしてこのビールが、人々が長蛇の列に並んで手に入れようとする「限定販売」を世に普及させたのである。しかしながらダークロードは常に、ボディーとアルコール度数が強いスタウトとだけ思われていた。マシュマロやココナツは含まれておらず、木樽長期熟成もかけられていない。深い焦げ香ばしさと苦味があり、単に甘かったりスパイシーだったりするわけではなかった。ビールらしい味わいがあり、オムニポロの「ノアペカンマッドケーキインペリアルスタウト」やミッケラーの「バニラメイプルシェイク」といったビールとは全く違った(タイアドハンズのオンリーボイドダブルストロベリーミルクシェイクインペリアルスタウトIPA(なんて名だ!)はどうだろう?)。
スタウトをパイ生地スタウトたらしめるものは、副原料の数だけでなく、どれくらいそれらに焦点を当てているかにもよる。スタウトをつくるときに微妙な特徴を加えるためにコーヒーやバニラ、チョコレートが加えるブルワーがいる一方、パイ生地スタウトは定義上、微妙ではなく衝撃的な特徴となるように加えられる。副原料がもはや主原料になっているのだ。
新しくて独創的なビールは楽しくて興味深く、クラフトビールの市場の拡大を間違いなく加速させている。しかし、「伝統的でない副原料の使用が増えていることは必然的」「クラフトビールは常に進化しなければならない」「クラフトビールビジネスにおいて独特なビールを毎週のようにつくり出せないブルワーは置いていかれるだろう」といった声を聞くと、がっかりする。極め付きは「ピルスナーはつまらない」だ。
副原料が豊富に使われたビールでも「ビールらしい味わいがある」限り受け入れられるという考えを、筆者はいつも推し進めてきた。しかしながらこれらの新しい傾向という観点からは、筆者の考えはあまりにも相対的すぎるように思う。筆者にとって「ビールのような味わいがある」ものと、これを読んでいるあなたにとって「ビールの味わいがある」ものとは非常に異なるのではないか。特にあなたがミルクシェイクスタウトを介してクラフトビールに出会った場合はそうだ。これは主に、世代の違いによる問題だと思っている。筆者はクラフトビールがこの世界で確たる地位を占める以前のことをよく思い出せるほど年を取っていて、ドイツのラガーや英国のビター、そしてベルギーのトラピストビールを通じてビールを愛するようになったのであり、果汁感があって乳糖を使ったミルクシェイクビールではない。心と舌が極端な特徴になびいていて、地味なスタイルに興味を持たない若い世代の消費者を、「それは本当にビールの味がするの?」「そのビールから麦芽やホップ、酵母の特徴を感じ取れるの?」なんて非難することはできない。多くのミルクシェイクビールやパイ生地ビールからは単純にビール本来の味を感じ取ることはできない。どうしたって、有意義なことにはならないだろう。そしてさらに、そうした多くの甘ったるい混ぜ物に既に飽き飽きしている。
だから、ピーナッツバター、マシュマロ、またはブルーベリーマフィンが入っている「ビール」を飲むのは、ちょっと休憩しようと決めてしまった。コーヒーや果物、香辛料のようなものを使っているビールは飲み続けるがね。乳糖は、低い比重のミルクスタウトに使っている場合は受け入れられるが、IPAに使っている場合は遠慮したい。最後に、筆者は一緒に飲みに行った人がそうしたビールを注文したとき、一口飲ませてもらうだろうが、注文した人がそうしたビールが好きな場合は批判したり、嘲笑したりはしない。「ピルスナーはつまらない」と言ってくれない限りね!
All Beer Styles articles are written by Mark Meli, author of Craft Beer in Japan.
This article was published in Japan Beer Times # () and is among the limited content available online. Order your copy through our online shop or download the digital version from the iTunes store to access the full contents of this issue.