Pioneering Beer: Brooklyn Lager



ビアスタイルのひとつ「インディアペールエール(IPA)」と聞くと、米国はもとよりビールを愛する国々を席捲したクラフトビアムーブメントを思い起こす人は少なくないだろう。しかし、注目を浴びることが少ないラガースタイルも、多大な影響力を保持していて、今でも人気が高い。ブルックリンブルワリーの旗艦ビール「ブルックリンラガー」は、クラフトビアムーブメントにおいて重要な役割を果たしてきた。そして、長いラガーの歴史においても、重要な位置を占めるといっても過言ではないだろう。

IPAが注目を浴びるのには理由がある。IPAは米国のクラフトビールの中でも、もっとも消費されているビールなのだ。IPAの味の幅はとても広く、また大抵の場合は香りが際立っている。米国のクラフトビアムーブメントの先駆者とされるブルワーの多くは、IPAはもちろん、ホップを前面に押し出したエールで評判を集めた。しかしブルックリンブルワリーは違う。素晴らしいブルワリーが数多くある中で、ラガーを中心としたクラフトブルワリーが、確固たる地位を確立するということがどれほど異例なことか、多くの消費者はあまり理解していない。そこでブルックリンラガーの秘密に迫ってみよう。

まず第一に、ブルックリンラガーは、エール酵母ではなくラガー酵母を使っていることからラガーに分類される。一般的に、エール酵母では、はっきりとしてわかりやすい味わいがつくられる。それに対して、ラガーは「雑味が少ない」と評されることが多く、すっきりとして飲みやすいとされる。ラガーは軽い味わいだという認識が消費者に浸透しているが、間違いではない。ラガーの特徴的な味わいは、何週間にもわたって冷温で発酵、熟成することで得られる。それに対し、エールは比較的高い温度で発酵するため数週間で出来上がる。

米国をはじめとして、各国で起こったクラフトビアムーブメントは、これまでビールの市場を独占していた大量生産型のラガーに反発して起こった現象でもある。興味深いことに、ブルックリンブルワリーの共同創業者スティーブ・ヒンディは著書『クラフトビール革命』(邦訳版も有り)の中で、その歴史について詳細に記している。初期のクラフトブルワーの多くは、明確に違いがわかる、ホップの利いたエールをつくっていた。ブルワリーが、大量生産型のラガーとの違いを出すために、わざわざラガーをつくるというのは不可解に思えるかもしれない。クラフトビール革命が沸き起こりはじめている中で、消費者になじみのあるラガーで、手を出しやすいクラフトビールを提供したかったのだろうか。

ブルックリンラガーは、苦味があり香りが際立ったラガーで、当時にしては大胆なビールだった。そのころの消費者たちは、味が違いすぎるとして小売店にブルックリンラガーを返品していたのだと、ブルックリンブルワリーの醸造責任者ギャレット・オリバーと現取締役社長ロビン・オッタウェイは教えてくれた。IPAやホップの利いたビールがあふれている現代ではもの珍しいビールではなくなったが、数百万もの消費者の嗜好を変えてきたパイオニア的存在だったことは間違いない。

さらに深く掘り下げると、ブルックリンラガーのコンセプトは、ヴィエナ(ウィンナー)ラガーのスタイルにも一部基づいていることがわかる。19世紀後半のブルックリンには、オーストリアからの移民ブルワーが多くいたことから、ヴィエナラガーはポピュラーなものだった。しかし、このスタイルは、広く浸透していたメキシコを除き、20世紀後半のクラフトビール革命が起こるまでに廃れていった。ヴィエナラガーには、ナッツの香りと麦芽の甘味を生み出すヴィエナ麦芽やミュンヘン麦芽が使用される。ブルックリンラガーには両方の麦芽が使われ、おだやかな麦芽の味がする。また、特徴としてノーブルホップ(ここではハラタウ・ミッテルフリュー)も使用されている。

しかしブルックリンラガーは、伝統的なスタイルから離れてユニークさもあわせ持つ。米国でもっともポピュラーな、スパイスと柑橘の香りがあるカスケードホップが使われているのだ。さらに、ドライホッピング(熟成段階のビールに直接ホップを投入することでフレッシュなホップの味と香りをつける方法)も施している。そして、キャラメル麦芽も使われているので、後味にキャラメルの余韻が残る。ヴィエナラガーにほのかな色付けと甘味を出すためにキャラメル麦芽を使用することは珍しくないが、ブルックリンラガーではさらに際立たせているようだ。

はっきりとしたホップと麦芽の特徴を持ったこのビールは、米国ブルワーズアソシエーションの基準に照らすと、アメリカンスタイルのアンバーラガーに分類される。近年、IPAのような特徴があるラガーを表す「インディアペールラガー(IPL)」という名称も生まれた。IPLは(現時点では)公式なカテゴリーではないが、ブルックリンラガーをIPLと呼ぶ人もいるだろう。少なくとも、ブルックリンブルワリーのこの名物ビールは、ホップの利いたラガーの流行の先駆けとなった。どちらの名称で呼ぶにしても、2018年のワールドビアカップで、世界でも有数のビアジャッジが下した判断には異論はないだろう。その判断とは、ブルックリンラガーがアメリカンスタイルのアンバーラガーの模範ともいえるビールだとして、金賞を授与したというものだ。

近頃では、クラフトビールに目がない愛飲家たちの間で、ラガーに対する興味が再燃しているようだ。もちろん、ブルックリンラガーのファンはこれまでと変わらぬ興味を持っているだろうが、舌の肥えた愛飲家たちも、もしかしたらこれまでラガーに相応の注意を払ってこなかったかもしれない、と気づきはじめたのだ。鳴り物入りのIPAブームに気を取られ、見落としていたものがあるのではないかと考えている。もしクラフトビールが好きで、ラガーに対する認識を改めたいと思うなら、まずはブルックリンラガーから始めてみるのもよいだろう。そして、クラフトラガーになじみがない場合も、同じことをおすすめする。

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