Talmary: Embracing the Wild in Rural Tottori

酵母はビールづくりに必要不可欠なものである。肉眼では見えない酵母の存在が知られるようになったのは19世紀半ばのこと。酵母の働きで麦汁が発酵し、やがて素晴らしい液体に変化する。アルコールと炭酸ガスも生成される。これらもビールに必要不可欠な要素である。それなのに、酵母が注目されることは比較的少ないように思われる。1866年にルイ・パスツールがブドウ酒中の微生物をに関する研究を発表する以前、さらに言えば、1876年に彼がビールの研究を発表する以前は、人々は発酵の原因物質が何なのか知らなかった。それまで、アルコールは麦汁や果汁の中で何らかの原因で自然発生すると考えられていたので、この魅惑の飲み物は神の産物であると考える者も多かった。このような考え方がもとになって、日本酒がしばしば神社でお供え物として使われたり、教会のミサではワインがキリストの血の象徴として不可欠の存在となっている。

パスツールが顕微鏡でビールを観察したことにより、当時の醸造士たちは酵母を管理し、発酵具合を調整する方法の手がかりを得ることとなったが、それまでは、酵母は天然酵母しかなかった。醸造所内に漂う酵母や、麦汁が煮沸されていなければ穀類の殻に付着した酵母によって、すべてのビールが自然に発酵していた。とても美味しいビールが偶然にできたら、その一部を取っておき、次の仕込みに混ぜるとまた同じようなフレーバーが得られた。当時の醸造所は、こうして意図しないままに自家製酵母株の継代培養を行なっていた。しかし、パスツールの研究を知った後には、醸造士たちは自分たちでも科学的に研究するようになり、さらには酵母の売買も行なうようになっていった。

今日では、酵母の入手は至って簡単で、ほとんどのクラフトブルワーは小袋入りの粉末状か、小ビンに入れられた液体状の酵母を使っている。Wyeast、Safbrew、White Labsといったブランドがあり、例えばWLP090という酵母はWhite Labs社の「サンディエゴスーパーイースト」で、IPAに使われる人気銘柄である。このような市販のビール酵母は、いずれもよく知られたビールから分離されたものであり、メーカーで精製された後に培養され、販売されている。購入が簡単で、手技さえ間違えなければ、ドイツのヘフェヴァイツェンやベルギーのワロン地方のセゾン、英国のエールなどの狙い通りのフレーバーが得られるようになったことは、クラフトビールが一般大衆に浸透するための大変大きなプラスとなった。一方、それがフレーバーの画一性につながったという声もある。日本のクラフトビールの多くは、アメリカ、オーストラリア、カナダなどのものと同じビール酵母を用いてつくられており、これらの酵母はイギリス諸島、ベルギー、ボヘミアで培養された酵母株が元になっている。

鳥取県智頭町にあるタルマーリーに話を移そう。ここは、製造するすべてのビールの発酵を天然酵母で行なっている国内でただ一つのブルワリーである。タルマーリーのコンセプトは、オーナーの渡邉格(ワタナベイタル)が編み出したものだ(タルマーリーという名称はイタルと、妻マリコから取っている)。渡邉は天然酵母によるパンづくりに長年取り組んできた。そのパンづくりに対する情熱が、いつしかビールづくりがしたいというに気持ちにつながり、それがまたパンづくりのための酵母のバリエーションを増やすことにもつながった。以前、タルマーリーが岡山県真庭市にあった頃、三浦弘嗣が仲間に加わった。三浦は天然酵母のパンが大好きだったが、同時にブルワーになる夢も持っていた。その夢の実現のため、彼は国内で初めて天然酵母によるビールづくりを行なったアウトサイダーの丹羽智の下で技術を習得した(アウトサイダーのトリペルと、いわて蔵の自然発酵ビールも飲んでみよう)。

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タルマーリーのビールで現在使われている二種類の酵母を分離培養したのは、三浦の功績である。「真庭イースト」は、三浦が真庭の森の中に麦汁が入った容器を一晩放置しておいて得られたもの。穏やかなキャラクターの酵母で、後を引くわずかな甘みと心地よいフルーティーな味わいをもたらす。智頭町に移転後に分離培養した「柿梨レーズン酵母」は、ブルワリー裏の森に、柿と梨を置いておいて採取されたものが元になっている。この酵母は発酵が途中で止まったので、そこでレーズンが加えられた。そうするとさらに発酵が進んだ。こうして得られた酵母は、大変元気で発酵度が高く、ドライでわずかに酸味があり、ピリッとしたフレーバーをもたらす。レーズンの添加はまた、この酵母にシャンパンのような特徴をもたらしたと私は考えている。どのタルマーリービールに、どちらの酵母が使われているか当ててみるのも楽しい。

2015年6月、タルマーリーは鳥取県南部、岡山県との県境に近い智頭町の、かつて保育園として使われていた建物に移転してきた。杉と檜が生い茂る、切り立った山々に囲まれた峡谷にその建物はある。ここに移ってきた理由は、素晴らしい眺望と、部屋がたくさんある建物の魅力だけではなかった。地下にある井戸が最大のポイントだった。タルマーリーのビールとパンは、井戸から汲み上げられる天然水を使ってつくられる。建物内にあるカフェでもこの天然水を飲むことができる。新鮮で冷たい軟水は、私が訪れた8月の36℃という暑さの中で、一層美味しく感じられた。かつて保育園だったこの建物内には現在、製粉室、ベーカリー、ピザ窯を備えたキッチン、ビール醸造所、テラス、そして飲食ができる部屋が何室かある。タルマーリーの営業時間は10時〜17時(火・水定休)で、自家製パンとピザのほか、智頭町で採れた野菜と肉料理も楽しめる。地元の野菜が添えられ、サワーブレッドで挟むイノシシバーガーをいただいたが、その時に一緒に飲んだカモミールセゾンとの相性は完璧だった。タルマーリーは、JR那岐駅から徒歩10分弱のところにある。この駅はJR西日本因美線の駅で、電車の本数は少ないが、大阪駅から3時間弱で行ける距離だ。

タルマーリーの理念の一つは、できるだけ地元の原料を使うということ。天然水と自家製天然酵母のほかにも、これまで彼らは地元で栽培された大麦、小麦、ゆず、橙皮、蜂蜜、リンゴなどをビール(酒税法上は発泡酒)に使ってきた。私の滞在中、彼らが現在取り組んでいるホップ栽培のことや、地元で育った大麦で麦芽をつくる計画があることも話題に上った。今後どうなるか、とても楽しみである。

ここまで、彼らの天然酵母について強調してきたが、タルマーリーのビールに関して誤解を招きたくはないので、補足説明をする。まず第一に、彼らがつくるビールは、サワー系あるいはランビック系ではない。彼らの自家製天然酵母株には、ブレタノマイセスや乳酸菌は含まれていない。タルマーリーのビールは、わずかに酸味があり、複雑な風味を持つが、異臭はなく、ビネガーのような風味もない。そして第二のポイントは、ブルワーの三浦は、酵母に重きを置いているが、だからといってホップを使うことをためらっているわけでは全くないということだ。彼がつくるビールの多くは、ホップの素晴らしいアロマとフレーバーが特徴となっていて、三浦は世界中から取り寄せた様々なホップの最良の組み合わせを模索しながら美味しいビールをつくることを楽しんでいるようだ。

三浦が使っている天然酵母は、彼がつくるビールにベルギービールのような特徴を確かに与えている。ワロン地方のファームハウスセゾンが最も近いのではないだろうか。実際、彼がこれまでつくってきたビールの多くが、ベルギービールに影響を受けたスタイルとなっている理由が天然酵母にあることは間違いない。現在、唯一の定番ビールとなっている「ペールセゾン」はフルーティーかつスパイシーな香り、柑橘系のホップ香と酸味を感じるドライなフレーバーがあり、後味はピリッとした感じがある。天然酵母由来の軽やかな酸味は、柑橘系のホップ香ととても相性が良い。「カモミールセゾン」は全く違うタイプのビールで(酵母も異なる)、わずかに核果類(モモやプラムなどが属す果実の種類の一つ)の香りと、蜂蜜を思わせる甘みがある。グレープフルーツやレモンのようなアロマが、カモミールの軽いハーブ香とよく合う。ハーブを加えることによって風味に深みを与えながら、元の味も損なわれていない。ハーブビールのお手本のようなビールだ。

Miura doing a little quality control check. Miura doing a little quality control check.

「ホップホワイト」は、タンクから直接出してもらったものを飲んだ。ベルジャンホワイト風だが、コリアンダーやオレンジピールは使っていない。天然酵母と山椒由来のスパイシーなフレーバーと、ギャラクシー、ハラタウブラン、マンダリナバーバリアホップの複雑な組み合わせによる豊かな柑橘香が特徴である。大変ドライで酸味が心地よく、夏の暑い日にぴったりの味。ギャラクシーホップは「ギャラクティックペール」でもフィーチャーされている。ホップ由来のグレープフルーツとレモンの香りは、発酵による酸味とミネラル感のあるキャラクターとうまく混ざり合い、ホッピーベルジャンペールエールとでもいうべき新しいスタイルとなっている。

パンの焼き窯でローストした大麦を使った「スモークスタウト」と、トロピカルフルーツとピーチの香りの「スプリングブロンド」も印象的だった。「柚子デュベル」は、柚子の酸味とスパイシーなチョコレートモルトのフレーバーがうまくブレンドされた面白いビールだった。

タルマーリーのビールは、ほぼすべて智頭町周辺で消費されているのが現状だが、東京やその他地域の知人のレストランにも一部出荷されている。ビアフェスにも何度か登場した。500リットルの発酵槽が四つと、250リットルの醸造タンクが一つという規模のため、余分が出ない。関西のクラフトビアバーにも最近数樽出荷されたのは、関西在住の私にはラッキーなことだった。ブルワリーで新鮮なものを飲むのが一番美味しいのは、言うまでもないが。

鳥取の山間部で、このようなユニークな取り組みが行われているのは素晴らしいことである。しかもこんなに短期間で、こんなに小さなブルワリーで、天然酵母だけを使った、こんなに素晴らしいビールが安定してつくられるようになっているのは驚くべきことでもある。今後が非常に楽しみだ。

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Text and photos by Professor Mark Meli

This article was published in Japan Beer Times #28 (Autumn 2016) and is among the limited content available online. Order your copy through our online shop or download the digital version from the iTunes store to access the full contents of this issue.