Onidensetsu Ji-Beer

Head brewer Shibata Yasuhiko Head brewer Shibata Yasuhiko

岩が露出した谷から、高熱の白い煙と熱湯が吹き出している。まるで地獄の谷。このような苛烈な場に棲むのは、きっと鬼に違いない——。

地獄谷と言えば、志賀高原ビールがある長野県山ノ内町と並んで有名な、北海道登別市である。谷に沿って数多くの湧出口や噴気孔があり、火山ガスと高温の温泉が噴出している。火山活動が日本列島を形成した要因の一つであるという証しであり、温泉や地熱、そして素晴らしい景観という資源を人間は享受している。

このまるで地獄のような光景から想起されたのが、鬼が棲むという「鬼伝説」であり、1998年から登別市でつくられ始めたビールはこれにあやかって、「のぼりべつ地ビール鬼伝説」というブランド名が付けられた。経営母体は、道内で菓子の製造・販売、回転寿司店の経営をしている「わかさいも本舗」である。

現在、醸造長を務めている柴田泰彦は、モノづくりができる仕事をしたいと考え、1980年代後半に同社に菓子職人として入社した。同社がちょうど、支店を増やして成長しているころであった。入社後は洋菓子部門に配属されて12年間、菓子をつくり続けた。

仕事は充実していて、「このまま菓子職人としてキャリアを重ねていくんだろうな」と思っていたある日、上司から突然、「ビールづくりをやってみないか」と打診された。1998年のことである。当時柴田は、いわゆる「地ビール解禁」によって全国に地ビールメーカーができていたことは知っていた。しかし、わかさいも本舗が地ビール事業を計画していたことは全く知らなかった。

「なんで自分が?」と柴田は悩んだ。将来も菓子職人を続けるつもりであったところに予想もしないオファーが届き、家族にも相談して結論を出すのに時間をかけた。そして次第に、ビールづくりという仕事自体が「希少ゆえに未知な部分が多くて面白いのではないか」と思うようになった。そしてそのオファーから1カ月後に、「やります」と応じた。

その後、2、3カ月は、道内のブルワリーを巡ってどんなビールがあるのかを味わいながら調べた。同時に、地元で買えるビール関連の本を買い漁って、基礎的な知識を身に付けた。日本にアマゾンがまだない時代である。そして1998年7月から約2カ月間、伊勢角屋麦酒で研修を受けた。わかさいも本舗で導入しようとしていたカナダのスペシフィックというメーカーの醸造設備を使っている縁からだった。なぜスペシフィック社の設備を採用したのか。それは同社の現会長が、ビールファンの間では城山ブルワリーで知られる、城山観光ホテル(鹿児島市)の当時の社長と知り合いであり、紹介を受けたからだ。

研修は、ひたすら製造作業そのものであり、仕事を通して教えを受けた。OJT(オンザジョブトレーニング)である。柴田の研修中、ビアへるん(松江市)の矢野学も一時期、一緒に研修を受けていたという。そして研修を終えた同年9月、柴田は登別に戻って製造を始め、11月末に現在でもブルワリーの上にある「のぼりべつ地ビール館」というレストランがオープンし、販売・提供が始まった。

スタート時の銘柄は、赤鬼レッドエール、青鬼ピルスナー、白鬼ホワイトエール、そしてフランボワーズであったが、数カ月後に白鬼が、現在高く評価されている金鬼ペールエールに変わった。小麦を使った白鬼はまだ比較的受け入れられづらかったのが理由だ。フランボワーズは柴田らしい選択だ。つまり、洋菓子職人の経験を生かして、ケーキで使うようなフルーツを用いたかったからだ。「香りも色もしっかりあって、お客になじみがあって分かりやすいと思ったのです」。現在の定番はこれらに、スイートストロベリーとシシリアンルージュトマトが加わっている。

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The Onidensetsu “compound” The Onidensetsu “compound”

1990年代に始まった多くのブルワリーがそうであったように、鬼伝説も前述の地ビール館とその販売コーナーや、社内の回転寿司店での売れ行きは非常に好調で「ビンは詰めても詰めても出荷が追い付かなかったほど」だったという。

ほどなくして缶も始めると、ブルワリーから車で10分ほどのところにある登別の温泉街や、北海道の空の玄関である新千歳空港で取り扱ってくれるようになった。ビンは当初500ミリリットルだったが、その後330ミリリットルにすると、地元のホテルやコンビニエンスストア、酒販店でも取り扱われるようになった。

製造量は1998年のスタートから伸び続け、2001年には年間約130キロリットルにまで伸びた。これを当時は柴田を含めて3人のスタッフで回していて、「正直なところ、ただつくるだけで精一杯。品質を顧みる時間はなかった」と振り返る。しかしその後、製造量は減っていき、約60キロリットルと半分ほどに下落した。そのとき、会社からは「従来通りつくってくれ」と言われたが、柴田は「やっとできる」とばかりに品質改善に取り組んだ。

「落ち込んだ消費量については、地ビールの味わいがもっと評価される時代が必ず来ると確信していました。だから、そのときのために今こそ品質を上げようと思えたんです」

そして、消費者からの評判と柴田の努力の最初の合致が見られたのは、金鬼ペールエールを改良したときだ。2007年ごろのことであり、国内でもIPAをつくるブルワリーが増えていったころだ。柴田は「営業」のために取扱店を巡るたびに、IPAはホップの特徴がよく出ていて面白いが、杯を重ねていくとアルコール度数やボディーが強すぎると感じてしまうようになった。そこで、アルコール度数やボディーはほどほどに、ホップの特徴はしっかり感じられる銘柄を自分でつくろうと思い、既存の金鬼を改良することにした。

実験を重ねるごとに、ホップの種類を変える面白さも見出した。樽は使用したホップのバージョンを記して出荷するようにした。実際、金鬼は使用しているホップによって多少の違いはあるが、統一して感じられるのは、緊張感である。それは飲む者に緊張を強いるものでは決してなく、ホップの特徴は確かに強いが、アルコール感や甘味などと絶妙なバランスを保っている緊張感だ。筆者は金鬼を飲むときいつも、「きれいだ」とつぶやきたくなる。

最初に樽で赤鬼や金鬼を注文し始めたのが、兵庫県西宮市にあるビアカフェバーレイであり、その後、大阪市のQbrickや堺市のエニブリュでも取り扱われるようになっていったという。つまり、大都市圏で最初に広まったのは、東京ではなく関西だったのだ。関東はここ1、2年で急増し続けているビアパブのおかげで注文量が激増している。彼らはまず金鬼から注文してくれて、最近は青鬼や赤鬼などの定番も注文してくれるようになったという。

柴田がビールづくりで大切にしているのは、自分に厳しくなって、妥協せずに一つひとつの作業をしっかりやることから始めることだという。「ビールづくりには手間がかかる工程がたくさんあります。そのうち何か一つを『味わいにほとんど影響は出ないから、やらなくてもいいかな』と思ってしまったら、自分に甘くなることの始まりです。品質を良くしていくのは難しいでしょう。また、例えば糖化の工程一つを取っても、毎回少しずつ工夫を加えて、常に品質向上を目指しています」

そんな柴田が「相方」と呼んでいるもう一人のブルワーは、山本昭教という。山本も醸造開始してからすぐ後に製造メンバーに加わったベテランであり、例えば仕入れごとに微妙に違う麦芽の粒ぞろいを観察して、破砕の具合を調整しているなど、柴田と同様に工夫を凝らしている。

2013年から始まって今や定着したのが、2月3日の節分の日に合わせて開催される、一連の鬼伝説ビールのイベントだ。これは、開催する店舗に柴田がやって来て、消費者とつくり手の交流ができるイベントだ。開催店ではもちろん、可能な限り多く、鬼伝説ビールの樽がつながる。2013年に初めて開催したのが神奈川県茅ケ崎市にあるビアカフェホップマンであり、翌年に東京・六本木のアントンビー、その翌年に東京・代々木のウォータリングホール、そして今年はさいたま市のビアハンチングウラワも加わって盛大に開催された。

最初にの節分イベントを企画したビアカフェホップマンの田代康生は、「オープン当初から金鬼をほぼ欠かさず置いていたこともあり、『鬼』と節分につながりを感じてオファーしました。柴田さんは人間味もあふれていて、つくっているビールにはとても愛着があります」と言う。

他社のブルワーも柴田の素晴らしさを教えてくれた。伊勢角屋麦酒時代に研修を受け入れ、現在ワイマーケットブルーイング(名古屋市)に所属している中西正和は、「洋菓子職人のセンスをとても感じます。フルーツのピューレなどはお手の物で、つくり方の相談をすることも。『もっと質を良くしよう』という思いが普段の会話からも感じられて、とても共感が持てます」

Shibata of Onidensetsu takes over Watering Hole Shibata of Onidensetsu takes over Watering Hole

同じくワイマーケットブルーイング所属で、2015年には柴田とコラボレーションのビールを手掛けた加地真人は、「経験豊かな先輩なのに、気さくで話しやすい。ビールづくりには大胆さがあって、それでいて出来上がりはすごく安定していて、誰もが美味しいと感じる。このあたりはコラボレーションで学ばせてもらいました」

大都市圏では本当によく見かけるようになった、のぼりべつ地ビール鬼伝説。旅行を兼ねてブルワリーに行くのもおすすめだ。場所は、JR登別駅と登別温泉の中ほどにある、わかさいも本舗の登別東店の中に、ブルワリーとレストランがある。レストランではもちろんビールを楽しむことができるし、店舗にはボトルのビールはもちろん、一つの銘柄の味見ができる試飲コーナーもある。札幌市内のビアパブで楽しむのももちろん最高である。

Kumagai Jinya

This article was published in Japan Beer Times #26 (Spring 2016) and is among the limited content available online. Order your copy through our online shop or download the digital version from the iTunes store to access the full contents of this issue.