Kiuchi Brewery

by Ry Beville



海外における日本のクラフトビールの代名詞的な存在となっているのが、木内酒造のブランド、常陸野(ひたちの)ネストビールである。これは製造元の木内酒造がフクロウのマークで海外市場に積極的に進出してきた結果であろう。特に米国で常陸野は「ひ」と「ち」にアクセントを置いて発音されて親しまれており、アメリカというレベルの高いクラフトビール市場にあって充分にその存在感を示している。現地生産ではなく日本で製造、輸出されたビールがアメリカでこれほど売れているのは驚く他ない。長い輸送の間の品質の保持という難題をクリアした上に、コストの面からアメリカのクラフトビールよりもどうしても高い値段を付けざるを得ないハンディがあるにもかかわらずこれほど売れているのである。アメリカのクラフトビールが日本に入ってくれば高い値段が付くのと同様に常陸野ネストも海外では高価なビールなのだが、それでも売れている。

日本のほかのクラフトブルワリー、中でも海外市場の開拓を目指しているブルワリーにとって、木内酒造が以前から優れたクラフトビールを輸出し、海外での日本のクラフトビールの印象を高めてくれていることは歓迎すべきことだろう。しかし、今後の持続的な業績拡大のために海外に活路を見出そうとしているブルワリーがある一方で、木内酒造が国内での事業拡大のために一層の努力を払おうとしていることも事実だ。

失敗はしないし、好機を逃さない木内酒造のことだから、ちょうど今が国内事業拡大に力を入れるタイミングだと考えているに違いない。日本のクラフトビールの歴史とビジネスについて木内敏之、洋一の木内兄弟ほど熟知している人はそう多くはない。だから多くのクラフトビール醸造者に慕われ、技術的なことから経営に関することまで相談を受けることが少なくないという。

木内酒造の成功には彼らの伝統も大いに関係している。酒蔵としてのルーツを持ち、現在8代目となる木内酒造は、もちろん今でも盛んに日本酒を造っている一方で、職人技を活かした様々なアルコール飲料を手掛けている。歴史のある酒蔵に行くとよく耳にするジョークがある。「何代も続く家業を継いだものの失敗し、死んでからもあの世でご先祖様から叱られる。そんなのはまっぴらだ」というもの。

木内敏之は大学を卒業して間もない1986年に取締役に就任し、国内の日本酒の消費が下がり続ける中で伝統を守って酒造りを続けていた。そんな中、1994年に酒税法が改正されてビール製造に関する規制が緩和されたとき、敏之はこれをチャンス到来と見た。「冬場に日本酒を売り、夏場はビールを売ろう」と。

こうして1996年にアメリカ人ブルワーのマーク・ハモンの指導のもとにビール製造部門を立ち上げた。マークは当時、木内酒造が導入していた醸造設備会社の社員だったらしい。その会社はマークのエンジニアとしての知識がブルワリーのセットアップとビール造りの両方で役立つだろうと考えたようだ。そして木内兄弟と話し合った結果、マークはその仕事を引き受けることにした。マークは当時のことを思い出しながら、「最初はバタバタでした。全部僕一人でやるしかありませんでしたから」と話してくれた。その後時間を掛けて木内酒造のチームは確実にビール造りの知識と技術を習得していった。

しかしその翌年、日本の地ビール業界は大低迷の時代に入ってゆく。もちろん木内酒造が造るビールに責任はなかったが、巷に溢れるクオリティの低いビールが地ビールの評判を落としていったのだ。そんな中でマークが辞め、木内酒造は自力でビール造りを進めていかざるを得なくなった。残されたチームはマークのレシピを再度見直し、1999年には独自のホワイトエールのレシピを完成させ、その翌年にはワールドビアカップで金賞受賞の偉業を達成した。

現在ヘッドブルワーを務める谷幸治が2000年に加わったことで、同社に大きな転機が訪れた。「営業をやっていたのですが、技術職に就きたいという思いがありました。ブルワリーの仕事に興味があって、帰省した時にちょうど木内酒造が募集していたので面接を受けて入社しました」と谷が入社当時のいきさつを話してくれた。

ビール造りに関しては全くの素人だった谷は、当時のヘッドブルワーや木内敏之から教わりながら、関連書籍も片っ端から読んで知識と技術の習得に努めた。また敏之は大手のブルワリーとコネクションを持っており、そこからビール醸造に関する様々な情報を仕入れることができた。そして一年後、谷はレシピを少しばかり手直しできるほどに成長していた。

「色々な種類の新しいホップが入ってきていたので、ビールの品質維持のためにレシピの微調整がその都度必要でした。今もそれは同じことです」。

谷が入社した当時は7種類だったレシピの数は現在、レギュラービールのみで約20に増えているという。谷は現在ブルワー仲間の間でも日本でトップクラスのブルワーだと目されているが、彼は仕事上の役割について次のように説明してくれた。「木内酒造ではレシピを作ることは全員の共同作業です。ヘッドブルワーが居るブルワリーは普通こういうやり方はしないでしょう。例えば酵母についても皆で気をつけていて、可能な限り新鮮な酵母を使うようにしています」。

常陸野ネストの何種類かのビール、レシピについてさらに掘り下げて質問してみた。谷によるとホワイトエールには随分苦労してきたし、今でも四苦八苦しているという。ちょっとした変化にとても敏感ですぐにフレーバーが変わってしまうし、ちょっと失敗しただけですぐわかる、そんなデリケートなビールだという。アメリカンエール酵母を使用し、コリアンダー、ナツメグ、それにオレンジピールやオレンジジュースの添加によってフルーティなフレーバーが特徴となっている。レッド・ライスエールは原料の赤米から狙い通りの色とフレーバーを引き出しながらオフフレーバーは完全に抑えられているが、これもかなり難しいらしい。ニッポニアも人気のビールだ。ニッポニアは従来のどのスタイルにも当てはめることが難しく、ジャパニーズエールとでも言うべきビアスタイルである。昭和30年代で栽培が終了していた金子ゴールデンというビール麦を復活栽培し、これをイギリスに送って麦芽化し再び日本に輸入して使っている。これにソラチエースホップを合わせることで独特のフレーバーを生み出している。海外でも人気の高いジャパニーズ・クラシックエールはかつて日本酒の醸造に使われていた杉樽で仕込んだ逸品。杉の香りと強い苦みが完璧なバランスを保っている。

そしてここでブルックリン・ラガーの登場である。すでにご存知の読者も多いと思うが、木内酒造は2009年から日本国内でブルックリン・ラガーの樽生のライセンス生産を行っている。世界でもトップクラスのブランドをライセンス生産することは相当なプレッシャーのはずだが、そこはさすがに木内酒造である。ブルックリン社のトップ、ギャレット・オリバーはすでに木内酒造を2度訪れてブルックリン・ラガーが問題なく造られているか、phやIBU、色などのチェックをヘッドブルワーの谷と共に行ったという。



2011年は木内酒造のビールにとってちょっとした節目の年となった。ベアードも大きな醸造所に現在移行中だが、木内酒造のブルワリーは、1回で2000リットルの仕込みができる設備から、一気に6000リットル規模(エチゴ、小樽ビール、御殿場高原、ヤッホーブルーイング、コエド、軽井沢、などと同規模)の設備に移行した国内唯一のブルワリーであり、「移転後、まずビールの色が以前とは変わってしまったことなどがあり、全てのレシピの見直しが必要でした。この作業に2カ月から3カ月かかり大変でしたが、この新しい醸造所はとても素晴らしいです」とのこと。

移転前は毎日3バッチを仕込み、年間500キロリットルのペースで製造していた木内酒造だが、移転後の現在は1500キロリットル規模になっており、今年はさらなるタンク増設で2000キロリットルを超える予定だという。移転後の場所は以前の場所から遠くないところで、旧ブルワリーは今でもテストバッチ用と、一般向けのビール造り体験用(要予約)に使っている。日本で一般客がビール造りを楽しく学ぶことができるシステムは2つあるが、この一般向け手造りビール工房はそのうちの1つである。また旧ブルワリーには木内酒造が造る清酒、焼酎、ワインなどを販売するコーナーや、茨城の有名な郷土食である手打ち蕎麦が楽しめる直営レストランも入っている。

木内酒造のブルワリーはやや不便な場所にあるものの、直営ブルーパブTrue Brew(トゥルー・ブルー)が水戸駅ビル内にあるので便利だ。True Brewではできたての常陸野ネストビールを樽生で楽しむことができる。一方海外に目を向けると、現在木内酒造は20を超える国々にビールを輸出しており、中でもタイでの売り上げ増が顕著だという。社交的な性格を生かして世界各国を忙しく飛び回り、常陸野ネストビールのPRに努めている木内洋一の笑顔を見ていると、こっちまで嬉しい気分になってくる。

海外市場といえば韓国ほど手近な海外市場はない。韓国のクラフトビアシーンは爆発前夜であり、木内がこのタイミングを逃すことはあり得ない。すでに同社は現地にブルワリーを建設しており、今年6月には韓国でのビール造りが始まるという。ヘッドブルワーを務めるのは一体どんな人物なのか?それは木内酒造で最初のブルワー、前述のマーク・ハモンである。これは目が離せない。これからの韓国、そして世界の木内酒造に要注目だ。


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