Preston Ale

by Kumagai Jinya



関東で15店舗のホームセンターを展開している「ジョイフル本田」。この宇都宮店の一角でつくられているのが、プレストンエールだ。ホームセンターという「手作り、クラフト」のイメージが強い場で、実直なビールをつくり続けている。

プレストンエールは、2002年に製造開始。しかし場所は宇都宮ではなく、千葉県印西市にある「千葉ニュータウン店」で、この店のオープンに合わせて、醸造所も設置された。そしてこのオープンに合わせてジョイフル本田に加わったのが、現在まで醸造長を務めている菊地明(Akira Kikuchi)である。

2002年という、いわゆる地ビールブームが下火になっていたころの開業だったが、菊地はその時点で既にベテランと言っていいほど、ビールに関するキャリアを持っていた。しかもそのキャリアは、日本のクラフトビールの歴史とぴったりと重なっている。そう、菊地は1995年末に地ビール醸造所第1号として生まれたエチゴビールの立ち上げに加わっていたのだ。エチゴビールに3年ほど在籍した後、ビール醸造所開業支援の企業でも3年勤務。ここではいくつかの醸造所の立ち上げを支援したほか、池袋でブルーパブ(現在は閉店)の運営にも携わった。さらにその後は会津麦酒(現在は製造中止)に在籍し、その後プレストンエールの立ち上げに加わった。

菊地は学生時代、バックパッカーとして世界中を旅しており、イスラエルで出合ったGOLDSTARという銘柄で、ビールのおいしさを知る。さらにドイツのミュンヘンにも赴き、オクトーバーフェストに参加。現地のビールのおいしさに感動し、ミュンヘン郊外にある世界的に有名かつ最も古い歴史を持つ醸造所・ヴァイエンシュテファンに「ブルワーとして入れてほしい」と門をたたく。しかし「どこかで2年間、修行してきなさい」と断られてしまう。そこでまたドイツ国内を旅して受け入れ先を探すと「給料が出なくてもいいのなら」と言ってくれるところが見つかった。そこで、修行中の生活費を稼ぐためにいったん日本に帰り、しばらくして再びその醸造所に連絡すると「状況が変わって、受け入れができなくなってしまった」という返事を受け取ることになる。

しかし、「ビールをつくりたい」という情熱を持ってしまった菊地は、ブルワーになることを諦めなかった。そしてある日、新潟市の上原酒造で地ビールをつくる準備が始まっているという情報を新聞で入手。これが後のエチゴビールである。菊地は上原酒造に手紙を書き、その熱意が認められ、ブルワーとして入社することとなった。

ホンダ産業の社長が、イギリスのプレストンという町で飲んだエールの持つ、食事と一緒でもいくらでも飲める美味しさが忘れられないことから名付けたプレストンエールは、ペールエール、ブラウンエール、フルーティーで金色のエール、ノンアルコール(実際にはアルコール度数0.7%)のラインナップで始まった。

しかし、いくつかのデータが示したり、業界関係者が回想するように、1990年代後半の地ビールブームは急速に過ぎ去り、2003年ごろにどん底を迎えた。プレストンエールは立ち上げのときから厳しい状況にあった。2004年には現在稼働している宇都宮店でも醸造が始まったが(千葉ニュータウン店では現在製産はしていない)、状況は変わらなかった。しかし、その状況に一筋の光が差し込んだ。両国・ポパイである。ポパイで提供されるようになったプレストンエールは、その後じわじわと認知度を上げ、現在では様々なお店で飲めるようになった。ポパイとの絆は強く、その絆はビールの取引きに留まらず、「レイトフォールブラウンエール」「Good Job IPA」などのポパイオリジナルのビールも醸造したほど。特にGood Job IPAは現在ではプレストンエールの定番銘柄にもなっている。2012年にはブルワーとして須藤克支(Katsushi Suto)も加わった。須藤は、サッポロビールの那須工場、2012年に残念ながら製造中止となった日光ビールを経て、プレストンエールに入社した経歴の持ち主だ。

現在のラインナップは、ペールエール、ブラウンエール、IPA、アイリッシュエール(スタイルとしてはスタウト)がある。いずれも世界的に有名なビアコンペティションであるワールドビアアワーズでの受賞経験があり、特にアイリッシュエールは2009年と2011年にエクスポートスタウトとして世界一に輝いている。実際によく買いに来るお客は「クセがないから好き」と言ってくれるそうだ。

私が特に好きなのはブラウンエールだ。その香りは上品であり、ナッツのような香ばしいアロマと、甘さを想像させる香りが控えめにある。口に含むと甘みがはっきりと感じられるが、すぐ消える。後味が非常にすっきりとしていて、甘さがべたつかない。飲んだことがある人のなかには「もっとキャラクターが強いほうがよいのでは」と思う人もいるかもしれないが、私はこの控えめな特徴を評価する。落ち着いて味わえばこの穏やかな香ばしさ、甘みを十分に楽しむことができるし、何より食事と合わせやすい。香りに着目してナッツや炭火焼の料理と合わせると、互いの香ばしさが強調される。そしてこの控えめさと、カーボネーション(発泡)のちょうど良さのおかげで、しっかりとした食事と一緒に楽しんでも、お腹がふくれない。

このほか、年に1、2回つくるという「白鷺の恵み」という銘柄もある。これは、地元で取れる有機栽培の麦を使用し、その風味をなるべく味わってもらうために、ホップは味のバランスを取るためにごく少量入れられている。

菊地はビールづくりについて「レギュラー銘柄といつものお客さんを大切にしていきたい」と言う。そのためには継続することが大事だとも言う。これには二つの意味があり、一つは楽しみにしているお客のためにビールづくりを事業として続けていくことであり、もう一つは品質を維持していくことだ。品質のために最も大事なことは「洗浄がすべて」。洗浄が徹底されずに汚染などが発生すると、廃棄するには税務署の厳しい監督が必要であり、使った原料は無駄となって経営に悪影響を与え、お客の信頼を失う。様々な面で「継続」が危うくなる。

実際、醸造所にはボトルを売るカウンターが隣接していて、菊地と須藤は買いに来たお客と話す機会もある。定期的に来てくれるお客の声はビールづくりに生かせるし、さらにおいしいビールをつくろうという励みにもなるだろう。ボトル販売カウンターの隣にはプレストンカフェという飲食店もあり、プレストンエールのビールと食事を楽しむことができる。このプレストンカフェは、ジョイフル本田宇都宮店だけでなく、群馬県太田市の新田店、前述の千葉ニュータウン店、茨城県ひたちなか市のひたちなか店にもあり、プレストンエールが楽しめる。近くに住んでいる人は是非一度行ってみてほしい。

そのほかプレストンエールが飲めるお店としては、「宇都宮餃子館」という餃子のチェーン店で、行く場合には重宝するだろう。例えばペールエールならば、苦味が餃子に入っている肉やニンニクのうまみを強調してくれる。ブラウンエールならば是非とも焼き餃子がおすすめ。焦げ目のついた皮とビールの香ばしさの相乗効果を楽しむことができる。さらに酢を少し多く入れたタレは、ブラウンエールの甘みと相乗効果を生んで、見事な甘酸っぱさをつくり出してくれる。さらに、宇都宮の市街地にできたビアパブBlue Magic(栃木マイクロブルワリーの宇都宮ブルワリー社が運営)でも、何かしらの銘柄を飲むことができる。

宇都宮市内にはこの栃木マイクロブルワリーのほかに「ろまんちっく村」もあり、いずれも現地でビールを楽しむことが可能。昨年2回目の開催をした、栃木県内の醸造所が出店するイベント「栃木クラフトビアフェスタ」もある。プレストンエールを含め、ビールを楽しむだけに栃木を訪れるのも、充実した旅行になるだろう。

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