by Kumagai Jinya
昨年に続き今年もクラフトビアと音楽を楽しむイベント、スノーモンキービアライブが志賀高原で3月に開催される。ところで、「スノーモンキー」を実際に見たことがあるだろうか。雪猿。雪が降る中、気持ち良さそうに温泉に浸かる猿をテレビや漫画で見た人も多いだろう。
その猿たちの姿を見ることができる地獄谷温泉(長野県山ノ内町)の近くに、玉村本店がある。同社は1805年から200年以上続く酒蔵であり、そこで造られるビールのブランド名が「志賀高原ビール」だ。
「確かに玉村本店の近くには温泉郷もありますが、志賀高原にあるスキー場での販売量の方が多いんです。」と、同社の専務でありビール醸造責任者の佐藤栄吾が教えてくれた。
佐藤は2003年、家業を継ぐために玉村本店に入社した。当初、ビールをつくろうとは思っていなかった。同社は清酒の酒造のほか、温泉郷とスキー場への酒類の卸売りも手掛けている。しかし、スキー人口の減少などにより、卸売りの取扱量も低下。そこで何か打つ手をということで、ビール事業を始めることにした。既に廃業したブルワリーの設備を買い取り、九州のメーカーで1週間研修し、クラフトビア開業コンサルタントに、レシピと1回目の仕込みの面倒をみてもらった。
「自分たちが飲みたいビールを造っていく」と言う佐藤は、まずどんなビールを造るべきかを考えた。そうして「小規模でも個性があるビールを」ということで、エールを選んだ。しかし社内で「エール」と言うだけでは伝わらないので、アンカー社のリバティーエールやスチームビアを飲んでもらい、少しずつイメージを共有していった。
そうして2004年5月にビール醸造免許を申請し、同年9月に免許を取得した。その際「この地ならではの、世界に通用する本格的なビールを造って地域の魅力づくりに貢献する!」という志を記した。そこで気になるのは、「地ビール的」なネーミングである「志賀高原ビール」というブランド名だ。しかし、佐藤はこれにも強い思い入れがあると言う。「私は志賀高原で育って、ここで家業が成り立ち、子供のときからずっとスキーをして、そして湧水が仕込み水になる。さらに、世界に通用し得るリゾートであるように、世界で通用するビールを造りたいのです。」
玉村本店が大事にしていることはまだある。
「技術とは、例えば醸造設備の掃除を徹底的にやることも、そのひとつだと思っていますが、究極的に言えば、十分に高い技術があれば、どこでも同じビールがつくれるはずです。僕たちが技術の先に見ているのは原料です。」佐藤が言うように、玉村本店ではホップ、酒米、大麦、小麦、蕎麦、ブルーベリーを自社で生産している。
特に有名なのはホップづくりだろう。夏に友達がホップ摘みに参加したことがあるという人もいるかもしれない。2006年から始めたホップづくりは、例えば昨年は台風の影響により主要品種である「信州早生」の収穫量は減ったが品質そのものは良好だったそうで、今では年間使用量の2割を自家栽培ホップでまかなっている。ベルギービールからヒントを得た「山伏」シリーズに至っては自家栽培ホップ100%である。夏には、他社のブルワーやファンが収穫の手伝いに来て、交流の場ともなっている。
信州早生は、チェコ原産のザーツ種と在来種を掛け合わせてできた品種で、もともとラガーのビタリング用に使われていた。しかし現在、志賀高原では香りづけのホップとして使い、ひねりをきかせている。
ビール作りで工夫している点について佐藤に聞くと、「造る前によく考える」という答えがまず返ってきた。私たちはビールを褒めるときによく「すっきり」という言葉を使うが、志賀高原ビールはそれを通り越して、「清冽」だと思っている。それは無駄なものがないうえにホップやモルトのキャラクターがきれいに引き出されているからだ。デザインの妙を思わずにはいられなく、だから「よく考える」という言葉にとても納得がいった。
志賀高原ビールの味のデザインが優れていることは、飲んだことがある人なら誰でも思うだろう。それは、「今まで1本も(出来が悪いという理由で)廃棄したことがない」という実績も証明している。それでも、ハーベストペールエールを初めて作ったとき、「初めて捨てようと思った」と言う。しかし、少し置いておくと、味が落ち着いてきて、逆に最も出来の良いビールに思えた。このあたりが、自然の恵み(麦やホップなどの原料)を生き物(酵母)と一緒に作る面白さ、奥深さなのかもしれない。
「センスの良さ」にも注目したい。冒頭で述べたスノーモンキービアライブは玉村本店が中心となって開催しているものであり、音楽ファンがうなるアーティストが登場する。ポスターも、純然たる音楽フェスティバルのものよりクールだ。
そして忘れてはならないのは、ビールボトルのラベルデザインである。様々なビジュアル表現を駆使して活躍するビジュアル・クリエーターであるタナカノリユキ氏によるものだ。佐藤は前職で衣料品メーカーの広告を担当しており、そのときからの縁だ。志賀高原にある大沼池にまつわる伝説の大蛇(竜ではない!)とコバルトブルーの湖面をあしらった、今のデザインが出来上がった。
ビールそのものはもちろん、ラベルやイベントなど、きちんとコンセプトを決めてからプロジェクトを進めていく姿には、ある種のカリスマ性を感じる。それは、長野県内で営んでいたバーを閉めて玉村本店に「押しかけのように入社した」と振り返る松沢基裕や、もともと玉村本店に出入りしていた業者で「ビール造りをしたかったわけではなく、佐藤さんと働きたい」と思っていたという轟浩一というブルワーがいることからも分かるかもしれない。
昨年8月には、ビール工場の隣にテイスティングルーム(有料)のTeppa Room(「てっぱ」は酒屋の店先で量り売りで飲むこと)が設置され、できたてのビールを楽しめるようになった。この名前も、みんなが知っているあのブルワリーの直営店に似ていて面白い。さらに12月からはスキーシーズン限定で、志賀高原一の瀬のホテル・シャレー志賀にTeppa Roomの2号店をオープン。スキーやスノーボードでたっぷり遊んでから、ゆっくりとビールを楽しめるようにもなった。一年中、志賀高原に行く理由はあるわけだが、まずはスノーモンキービアライブに行ってみてはいかがだろうか。
http://snowmonkey.jp
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