僕らが盛岡にやってきた日は偶然にもベアレン醸造所の春のビール祭りの日に当たっていた。大勢のビール好きが醸造所にやってきて駐車場に設置されたテントの下で美味しいドイツスタイルのビールを楽しんでおり子供たちは歩道の上にカラフルな色のチョークでお絵かきなどをしながら遊んでいた。海外からもビール好きの団体客が来ていて、自家製ビールを造っているというある外国人はベアレンビールを飲んでその美味しさに感嘆の声を上げていた。ベアレンの社員も総出で出迎えながら醸造所の内部を案内したり、会社の歴史について説明したりしてくれた。
ベアレンが創業したのは1990年代後半の第一次地ビールブームより遅れて2003年のこと。その理由を代表取締役の木村剛が端的に説明してくれた。
「他の地ビールメーカーには親会社がいて資金を持っていたのでブームに乗って早々に開業できたわけですが、我々は単独で創業したので資金繰りや設備の調達に時間が必要だったのです」。
そして開業後10年も経たないうちにベアレンは品質アップと規模の拡大を成し遂げ、地域経済の発展にも大きく寄与した。地域住民たちは素晴らしい地ビール醸造所ができたことを喜んだだけではなく、ベアレン醸造所を心から誇りに思っているのである。ビール祭りに参加していた人たちの話を聞いてそれがすぐに伝わってきた。
ベアレン醸造所には当初ドイツ人の醸造技師がおり、木村と嶌田洋一とともにドイツから持ってきた設備を使ってドイツビールの製造を始めたという。「最初に造ったビールは今でも基本的にそのままの味で造り続けていますが、他にも新しいビールも造っています」と専務の嶌田洋一は言う。彼らは醸造技術の面でも展開エリアの面でも常に原点に忠実な姿勢を守り続けてきた。岩手県以外でベアレンビールが飲めるところもなくは無いが基本的には岩手、特に盛岡に特化している。しかし震災後の自粛ムードの中で、恒例となっている人気のビール祭りの中止も考えたという。
「僕らに何ができるかを考えた時ビールを造ることしか無いと。ビールを造ることは人々を幸せにすることだと。それで基本計画に従ってビール造りを続け何か問題が起こればその時に対処すればいいということになりました」ともう一人のブラウマイスター宮木孝夫が説明してくれた。確かにあのビール祭りの日、愚痴や泣き言の類は全く聞かれなかった。
ベアレン醸造所は普通の醸造所とは違う。びっくりするような設備でビールを造っているのだ。設備の多くは古いドイツの醸造所から移設してきたものでそれらの中には100年前の仕込み釜も含まれているが、BET社が輸入したタンクなど、比較的新しいものもある。数年前にはタンク落下事故があり、一人の醸造技師が亡くなった。そのタンクは今は使われておらず、現在使っているタンクは倒れないように足場をボルトで床に固定している。そして亡くなった技師の後釜として来たのが宮木だった。
宮木はビール醸造に関しては素人だったが、その後めきめきと頭角を現し、ケルシュなどのレシピを自ら考案するまでに成長した。彼もまたベアレンの原点に忠実だ。「チョコレートスタウトは造りましたがアメリカンスタイルのビールやイギリスタイプのビールを造ろうと思ったことはありません。設備はドイツから持ってきたものですし、ドイツ人のブラウマイスターから引き継いだレシピがあるわけですからこれまでのスタイルを崩さずにやっていこうと思います」。
通常の見学では公開されていないが今回特別にクールシップと呼ばれる大きな麦汁冷却槽がある部屋を案内して頂いた。これは大変珍しいもので、日本では見たことがない。クールシップは蓋や覆いなど無いオープンな構造のため、当然ながら雑菌混入のリスクが高くなるし、経済的なロスも大きい。仕込みが終わって出来た熱い麦汁をクールシップに移し数時間かけてゆっくりと冷却させる。発酵に適した温度になった麦汁の上に空中浮遊菌や天然酵母が沈着しゆっくりと発酵が進む。この方法により独特な、酸味のあるフレーバーが醸される。この方法は時間も手間もかかるしロスも出るが、岩手の寒冷な気候のおかげもあってこの方法が可能となる。 彼らが数年前、この方法に果敢に挑戦したことがあるのを知っている。いつかまた挑戦してもらいたいと思う。
ベアレン醸造所直営のレストランは盛岡市内に2店ある。「ビアバー・ベアレン中ノ橋」はベアレンのラインナップを全て取り揃えている他、何種類か輸入ビールも樽生で提供している。一方「ビアパブ・ベアレン材木町」は盛岡市を流れる北上川のほとりにあり、暖かい季節になると河原がたくさんの花々で美しく彩られるので最高の景色を眺めながら美味しいビールが飲める。河原を散歩するのもとても気持ちがいい。上流の方向には雪を頂いた雄大な岩手山が遠望できる。岩手の新鮮な空気をいっぱい吸い込みながらビールの美味しさを堪能しよう。ベアレンビールに乾杯!そしてありがとう!
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