よなよなエールが黙ってない「クラフトビールとは?」

―リニューアルに関する社長スピーチを振り返る―

樽詰めは9月から、そして缶は10月から発売が始まったヤッホーブルーイングの新よなよなエール。先月、このリニューアルに関する発表会があり、同社の井手直行社長が非常に興味深いスピーチをした。ウェブの記事にしては長めなので、新しいよなよなエールを飲みながら読むのがよいかもしれない。

まず肝心の、新旧のよなよなエールの味わいの違いについて。

旧よなよなエールを改めて味わってみると、色は茶色がかった金色で、上立ち香(アロマ)はホップ由来の柑橘類の香りはほどほどに、麦芽由来の煎った香ばしさも感じられる。静かに注ぐとこの香ばしさに甘味の想起が加わり、紅茶のようなうっとりする香りとなる。口に含むとその傾向は強まり、口当たりの滑らかさは新鮮なオリーブオイルを想像させる。さらにうま味も感じる。

新よなよなエールは、旧と比べると明らかに色が淡く、深い金色。20年前の色合いに戻したという。ホップの香りがより鮮やかで、グレープフルーツというよりはレモンの方を強く感じさせる。味は、苦味が甘味に対して明らかに強く、甘味をあまり感じないことと相まって後味はすっきりしている。さらに旧にも少しあった木の幹のような香りも感じる。さしずめ、レモンの木の下でビールを飲んでいる感じと言えようか。

井手社長のスピーチでは冒頭に、よなよなエールをなぜリニューアルしたのかを理解してもらうために、クラフトビールとその業界に関する説明があった。クラフトビールに関する井手社長の説明は、自身の思いを反映し、消費者の認識を端的にまとめたものであった。すなわちクラフトビールとは、「小規模な醸造所がつくる多様で個性的なビール」であり、1994年の「地ビール解禁」という規制緩和によってできた醸造所によるビールを指す。後述もするが、これにはもちろん大手メーカーおよびその傘下の醸造所によるビールは含まれない。これは筆者が以前執筆した記事、「新商品試飲会に見る、ヤッホーの説明の上手さ」のときと何ら変わっていない。社としての統一見解になっているということである。そして「大手メーカーとは見解が違うようだ」という認識も持っている。

そうした「小規模ブルワリーによるクラフトビール」は、ビール系飲料(「ビール」「発泡酒」「第3のビール」)の中で唯一消費量が伸びている。大手メーカーが進出したい動機は十分あるのだ。

しかし、大手メーカー各社が多様な銘柄をつくっていくのに、あえて「クラフト」と名乗って混乱を招く必要はない。そして小規模メーカーがあるからこそ、大規模メーカーのビールと違いを出そうとして結果的に市場に多様なスタイルのビールが供給されるのである。大手寡占では供給される銘柄の幅が狭くなることは、歴史が証明している。当初の解禁した側の思惑はどうあれ、いわゆる「地ビール解禁」という規制緩和によって小規模メーカーが生まれ、大手と異なる特徴のビールに商機を見いだして、多様で個性的なビールの市場が出来上がってきているのだ。

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クラフトビールの四つの追い風

井手社長は日本のクラフトビールの追い風として、以下の四つが挙げられるとした。
1.2018年4月に税制が変わり、税制上の「ビール」をつくるのに、使える原料の幅が広がること。
2.2020年に東京オリンピック・パラリンピックが開催されることとあいまって、インバウンド(訪日外国人)需要が高まり続けていること。
3.2026年10月までの段階的な減税。
4.多様で個性的なビールの市場が出来上がりつつあること。

1については、世界的にはビールと呼ばれているが、日本の「奇妙な」法律のせいで発泡酒と呼ばざるを得なかったものの多くが、今後は「ビール」として販売できるようになる。一番分かりやすいのが、量の制限はあるがフルーツやスパイスを使ったビールだ。既にクラフトビールを楽しんでいる人には信じられないかもしれないが、世の中には「発泡酒」と聞いて「まずいに決まっている」とか、果ては「もっと安くしろ」と言う人がまだまだいる。

2では、日本よりクラフトビールが進展している国・地域からの来日も増えていて、彼らによる消費も期待できる。さらに日本のクラフトビールを気に入ってくれれば、「日本のビールは美味しいから、いつか行ってみるといいよ」と宣伝してくれるかもしれない。

3は確かに追い風ではあるが、その風力は弱い。2026年になっても、米国の数倍、ドイツの十数倍だという。減った分を値下げすれば確かに「大手メーカーの製品との価格差が埋まっていく」のだが、筆者が聞いた何人かのブルワリー経営者は「人件費や設備投資に回すのがやっと」。もっともっと下げた方が消費が増えて税収が上がることを理論的に説明し、法改正に向けた政治活動につなげなければならない。

4は業界最大手(同社のスタッフたちはこの表現があまり好きではないかもしれない)として、自ら証明している内容である。

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クラフトビールという「カテゴリー」をつくる

以上の追い風があるなか、既に十分売れている主力銘柄をなぜリニューアルしたのか。井手社長は「理想の味わいがようやく実現できるようになった。だから今が最短のタイミング」と説明する。そしてこれまでも何度か、少しずつ味わいの調整をしたことがあったが、それこそ夜な夜な楽しみ、かつ味覚・嗅覚に鋭い人でないと分からないレベルだったという。

今回のリニューアルと並行して、同社は中期的な目標も立てている。その前提として現状を確認した。まずクラフトビール全体としては、米国では金額ベースで約22%のシェアがあって操業ブルワリー数は5300以上(いずれも2016年末現在、米ブルワーズアソシエーション調べ)、日本では現在約1%で操業ブルワリー数は285(2017年9月末現在、日本地ビール協会調べ)だ。これが伸びしろとしては10%まで、3年後の2020年には3%まで伸びると予想している。この予想通りに成長していくためには、「クラフトビールという『カテゴリー』をつくることが重要」だという。ここで言うカテゴリーとは、「商品のジャンル」と言えようか。カテゴリーができたことの証拠は、コンビニで必ず並べられていること。ビール系飲料であるビール、発泡酒、第3のビール、そしてノンアルコールビールは、どのコンビニにも必ずある。しかしクラフトビールはあったりなかったりだ。コンビニに必ず置かれるようになると、次はスーパーに必ず置かれるようになるという。そうすれば、シェアがもっと大きくなる。

そのための仕掛けの一つとして、2020年にはドームツアーを実施したいという。「全国のドームを満杯にできるのはAKB48かよなよなエールだけだと思っている」。いやいや、Perfumeも2016年にドームツアーを成功させている。それはさておき、重要なのは、大手メーカーにはなかなかできない取り組みをしていこうということだ。

そうして十分にシェアが上がったら「国と戦いたい」と井手社長は言う。例えば「ホームブルーイング(自家醸造)ができるように減税してほしい」と訴えることだ。これは税金というものからして当然なのだが、非常に正しい。ホームブルーイングを日本で実現させるためには、減税しかない。ビールにかかる税金を、例えばビジネスにするには少なすぎる量などの条件において、ゼロに下げるということだ。繰り返しになるが、そのためには法改正が必要であり、その手続きを進める政治活動が欠かせない。

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キリンとの資本業務提携の振り返りと展望

「素晴らしい企業」「日本を代表する食品メーカーの一つということもあり、紳士的な方たち」。資本業務提携の相手であるキリンに対して井手社長からまず出てきて言葉だ。その理由はこうだ。「磯崎さん(キリンホールディングスの磯崎功典社長)は『ビール市場をつまらなくしたことには、現在の大手メーカーに責任がある。そこでヤッホーのような小規模メーカーと組んでビール市場をもう一度盛り上げたい』と言ってくれている。それに例えば、製造面で困っていることをキリンに相談すると、いろいろなアドバイスをくれる。年に1回の事業計画説明を差し上げるときはおおむね『ぽかーん』とされるが、『やめろ』とか『違うのでは』と言われたことは一度もない」

その上で、意見が異なるところは遠慮なく言うとのことだ。「私は『大手はクラフトビールではない』と言っている。しかしキリンはクラフトビールと名乗って製造・販売している。クラフトビールはやはり、地方で小さな会社がやっているものだと思う。ただ、大手がクラフトを名乗ってクラフトそのものが話題になり、その恩恵にあずかっている面はある」

これはフィクションの世界で言えばトリックスターである。優れた演目には必ず出てくる、主人公のまわりをひっかき回して問題を起こす、トラブルメーカーだ。ただし、登場人物たちは起きた問題の解決に努力し、結果的に良い結末を迎えるための実力や仲間との結束力を高めたりする。米国のクラフトビールの歴史で言えば、1980年代のボストンビアカンパニーのジム・コッホがトリックスターに当たると言えよう。コッホは自分のビールを売るために、詐欺と言っても差し支えがない謳い文句を用いた。しかしそれをきっかけに業界では、より良い明確なルールをつくる機運が生まれ、それが結果的に業界の発展に寄与した。念のため付け加えておくと、コッホのビールは昔から質は良かったという。

しかし、いくらトリックスターが結果的に有益だからといって、彼らが起こした問題による被害を無視してはならない。業界のプレーヤーには、一人でやっているところも珍しくなく、本当に小さな存在が少なくない。彼らがトリックスターのあおりを受けて、公平な競争ができなくなったり、最悪もうビールがつくれなくなったりするなんてことを「資本主義の宿命」などと片付けてよいわけがない。

「さまざまなスタイルのビールをつくるのは大賛成。でもそれをクラフトビールと呼んじゃいかんよ、と思う。そこで衝突がある。しかし、協力できるところは協力し、意見が異なるところは切磋琢磨でやっている。これからもこれら両方を推進して、ビール市場を盛り上げていきたい」と井手社長は言う。その結果が不幸ではなく幸運なシナリオに沿うものになることを心から願う。

by Kumagai Jinya