82 ALE HOUSE–Hansharo Collaboration

 

コラボレーション第2弾となる1月のブルワリーは、反射炉ビヤ。2014年にハブの社員旅行で訪問してゲストビールの販売を打診し、2015年から取引が始まった。それから毎年1月、合計5銘柄のオリジナルビールを開発・販売してきた。昨年まではセッションIPAだったが、今年の...

緊急インタビュー 風上麦酒製造の存続の可否

 11月30日、風上麦酒製造のフェイブックアカウントにて突如、同ブルワリーの閉鎖が発表された。個性的な定番銘柄は当初から驚きをもって迎えられ、最近はイベント参加などを積極的に続けていた矢先のことであった。閉鎖発表の経緯と今後について、同ブルワリーの田上達史に聞いた。 ――ブルワリー閉鎖を決断した経緯を教えてください。  10月17日に遭った交通事故が発端です。自分が乗っていた原動機付き自転車とクルマが接触して、全身にけがをしました。直後に救急車で病院に運ばれましたが入院はせず、ほどなく完治すると思っていたんです。だから、事故についてもSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)で書いてお知らせしたり、完治した後の計画もいろいろ立てたりしていました。しかし容体はそんなに甘くなかったんです。医師からは「元通りには治らないかもしれず、時間もかかるが、普通に生活できるようになる」とは言われていましたが、「まあ大丈夫だろう」と思っていました。その後すぐに、医師に言われていないこととして気づいたのは、全身の体力が落ちたことでした。医師にとってみれば当たり前のことだったのかもしれません。これが予想外でした。  事故後3日ぐらいして、苦しいながらもなんとか仕事に戻りました。でも、しばらく作業を続けていくと、動けなくなってしまう。なので、休み休み、だましだましのつもりで続けていましたが、そんな働き方でこなせる仕事量ではありませんでした。それに気づいたころには、一日にできる仕事量は従来の半分くらいになっていました。本当は、安静にして、十分な睡眠を取って、回復に努めなければならない状態だったんです。そうなると、最も支障をきたしたのは、連続してある程度の時間、作業し続けなければならない仕込みです。仕込みができない状況がずっと続きました。 事故直後から1カ月くらいは大事を見て、仕込みを休むつもりではありました。でも、その後も思うように体調が戻らなくて……。そして11月25日に「このままでは続けられない」と思い、閉鎖することを決意しました。よく注文してくれてきたお店にはすぐにお知らせしました。またそのタイミングで注文をしてきてくれたところにも、同様にお伝えしました。  事故直後に比べると頻度は減りましたが、通院は続けています。そのほか、「効くのではないか」と思った治療法はいろいろと試しましたが、残念ながら今のところ効果はありません。 ――クリスマスエールの発売やイベント参加など、積極的な活動をしていた矢先でした。 クリスマスビールをつくる予定は前から立てていたんです。このように、何か特別な売り方をすると、その月はしっかりとした売り上げが立てられます。そうした月が春までに続いていくことが見込めていました。ビジネスとしての基調が、緩やかですが上がっていく傾向がつかめました。さらに、自分のビールを提供するイベントもちょくちょく開催されてきたので、売り上げのちょっとした下振れも吸収できるようになってきたんです。  売り上げは、本当は特別なことは何もしないで伸びていくのが理想で、イベントをあてにするのはあまり良くないことかもしれませんが、ブルワリーを軌道に乗せていくために助けとなってきたのは事実です。そしてそう遠くない将来、ブルワリーを通常に操業していくだけで十分な成長を見込めるようになることが、おぼろげながら見えてきていました。特段無理な計画は立てることなしに、です。 11月はいくつかのイベントに参加していますが、そこで会った人に事故のことは言いませんでした。やはり「すぐに治るだろう」と思っていたということです。11月30日には東京・目黒のTHE DODO HOUSEというお店でのタップテイクオーバーイベントに参加しました。お店のイベントなので、自分の都合のことをその場で発表するのは気が引けたので、同じ日にフェイスブックで発表しました。  ――1月に再出荷できるとも、その後アナウンスしています。 12月になれば樽詰めのビールの在庫が完全になくなって、出荷作業もなくなり、そうなればさすがに(仕込み作業が)できるだろうと思ったからです。それと、「ブルワリーをすぐ閉鎖します。もうビールはありません」といきなり発表するのは、今まで支えてきてくれたお店に対して申し訳ないと思いました。 1月出荷分は、12月に仕込みました。中1日で四つの定番(無意識の承認、慢性的賛歌、崇高な侵略者、月下の願い)を一つずつ仕込んでいく予定だったのですが、もうちょっと間隔が必要でしたね。キツかったです。体調は、自分の想像よりも常に悪い感じです。仕込んだ次の日、朝起きるのがつらかった。出荷量はそれぞれ130リットルくらいです。 ――1月以降、ブルワリーはどうする予定でしょうか。  未定です。場所と設備を受け継いで、つまり居抜きでやりたいという人がいれば、その計画を最優先します。ただし、居抜きに手を挙げる人がいるとしても、積極的におすすめはしません。ほとんどすべての作業や制御を手動で行う設備であり、製造できる量も比較的少なく、楽ではないからです。その半面、細かな調整ができて質は追求できます。この点をきちんと説明した上で、納得してもらったら譲ります。 ブルーパブを開業したいと言う人はたくさんいて、実際に自分のところにもたくさん来ます。でも、本当に開業にまでこぎ着けるのはそのうちのほんの一握りでしょう。居抜き希望者はもう少し待ちますが、それでもいないようでしたら設備は売却しようと思っています。 ただし、取得した製造免許を自分で使い続けられる可能性がまだほんの少しだけ、残っていると思います。これまで述べてきたように、製造をいったん中止することは間違いありません。免許取得自体でも多くの方々に支援していただいたので、簡単に手放すのは不誠実だと思っています。ギリギリまで、ビールづくりを継続する道は探りたい。  そのためには、奇跡に近いことを起こす必要があります。だからこそ、やめることを発表したんです。継続するために必要なことは、まずはブルワリーの移転・拡大です。例えば、別の場所に仕込み量500リットルくらいの大きな設備を組み直して、作業を今より大幅に軽減させなければなりません。 ――移転・拡大を前提として現ブルワリーの操業をやめるというシナリオも含めた「閉鎖」発表だったんですね。 はい。そしてブルワリーの設備には、作業の軽重によって3段階に分けられると思います。加熱の方式で、直火、電気、ボイラーの順に楽になっていきます。自分の体調を考慮すると、これをボイラーにする必要があります。もしくは、何らかの方法で収益性を高めて、自分は醸造作業はしないという手もあるかもしれません。いずれの場合でも、今までのように一人ではなく、誰かを雇用して一緒にやっていくということです。  雇うとすれば、一人か二人。新しい設備を導入するためには、少なくとも2000万円はかかり、そのうちの半分の1000万円は自己資金で賄いたい。雇うべき人を見つけることと、資金調達、そしてそうした設備を入れられる物件を見つけること……こうした事柄がすべてうまくいって、初めて継続ができるようになります。  一生懸命支援してくれたり、イベントを開催させてくれたりする方々がいましたが、1年半くらいしかやってきていないこともあり、風上のビールが消費者に受け入れられたとは言い切れないと思います。そういうタイミングで、現状の小さな設備でも製造量の限界をたたいたことがないのに、もっと大きな設備に移行するのは、無茶な話かもしれません。「すべて自己資金で賄っていることなんだから、何をやってもいいんだ」ということでもなくなります。当然、今まで以上にシビアな販売計画も必要です。  大きな設備への移行がうまくいかなかったら、ビールづくりから引退することになります。自分自身は、やめてこの業界からいなくなることについて、未練はありません。しかしやめると発表してから、本当に多くの反応をいただいています。この世界に入るとき、友達は一人もいませんでした。でも、ビールをつくり続けていくうちにどんどんできてきて……。それまでは、5年ごとにがらっと仕事を変えてきて、前の仕事の人との関わりは、変わるタイミングできっぱりとなくしてきました。でも今回はそういうわけにいきません。 ――小規模ブルワリーによるビールを楽しんでいる消費者の中にも、この世界のつながりのできやすさや強さを感じている人が多くいると思います。  本当にいろんな方にお世話になりました。どんな結果になろうとも、その後もビール業界で何かしらの仕事をすることを最優先で考えたいと思っています。例えば、ビアパブから「ウチで働かないか」とオファーをいただくこともあるのですが、残念ながらあまりも興味を持てなくて……。じゃあ何ができるかと言えば、思い浮かばないのですが……。ビール業界がどうしてもダメならば、どこかで諦めをつけて、前職の予備校講師に戻る準備を始めるかもしれません。 ――気持ちとしては、大きな設備に移行するシナリオが最も良いとお思いでしょうか。  お世話になった方々を裏切らない最良の方法だと思っています。ビールを一緒に飲む友達が誰もいない状態で、この世界に入りました。そんな人間が、取引先になってくれるかもしれないところに行って、ブルワリーを立ち上げる計画を話すと、即、応援することを決めてくれて、とことん応援してくれる。こうなってくると応援ではなく、支援です。忘れられません。しかし自分の気持ちとしては「本当に大きな設備に移行していろんな責任を果たせるのか」という恐さの方が大きい……。  12月に出した限定のクリスマスエールは、当初の計画の3分の1程度しかつくれませんでした。ですので、本当にお世話になったところにだけ卸しました。すると、やめると発表したことが大きいのかもしれませんが、クリスマスエール目当てでそのお店に初めて来てくれる方がたくさんいたようです。それで少しは恩返しができたのかな、と思っています。クリスマスエールのボトルも、扱ってくれたお店ではほとんど1日でなくなってしまったようです。もうつくる予定はありません。  1月もいくつかのイベントに出る予定です。なんとか集客をして、開催してくれる人やお店に恩を返したいと思っています。 (聞き手:Jinya Kumagai) Like & share:

82エールハウス 12月よりコラボビール提供開始

東は仙台、西は神戸まで、HUB(ハブ)と82(エイティトゥ)の店舗ブランドで103店舗(2017年11月現在)を展開している株式会社ハブ。12月4日には東証二部から一部に昇格し、当日は各店で記念セールとして銘柄指定のビールが1杯180円で提供された。 こうした「破壊的」な価格を聞くと思い出すのが、スーパーマーケットのダイエーを創業した中内功である。中内は食料品を中心に従来の価格を大胆に値下げし、「価格破壊」と呼ばれた。この中内はまた、ハブの創業者である。 中内は渡英した際にパブ文化に感銘を受け、それを日本で広めるべく事業化し、1980年4月に1号店「HUB神戸三宮店」オープンさせた(1986年9月閉鎖)。気軽さで最も分かりやすいのが、キャッシュオンデリバリーである。 例えば、1杯だけ飲むために、0次会や2次会の会場として気軽に利用できる。そして、前払い制なので、解散直前に割り勘などによる支払い額の調整が生じない。この気軽さは、自分で持つ買い物カゴに欲しい商品を欲しいだけ入れてレジに持って行く、スーパーマーケットの気軽さに通じるところがあるのではないだろうか。お通しや席料を前提としないのも気軽だ。この「ノーチャージ」という選択肢を日本で広めたことの意義深さを評価する声もある。 我々ビール好きの間でHUBと82が記憶に残るのは、オリジナルビールや小規模ブルワリーによるゲストビールが提供されていることだ。特に、2005年に1号店がオープンした82では、2007年からゲストビールを提供している。当初はおおむね季節ごとの年に4銘柄の提供だったが、次第に月1銘柄、そして月3銘柄まで増やしていった。 そしてこの12月から2018年2月までの毎月それぞれ、スワンレイク、反射炉ビヤ、山口地ビールで製造されたオリジナルビールを提供する。これらのビールは82でしか飲めない。 第1弾のスワンレイクは、実は2010年から82でゲストビールを提供している。その前後には、82の店長をスワンレイクのブルワリーに送り込み、仕込みの手伝いなどをする研修制度を導入している。そして2012年、82のオリジナルビールをつくることとなり、その仕込みもこの研修の一環となった。以来、スワンレイクでのオリジナルビールは、毎年12月の好例行事となり、2012年と2013年はストロングペールエール、そして2014年から今年に至るまではセッションIPAを製造・提供してきた。 ビアスタイルをセッションIPAにするのは、スワンレイク側からの提案だった。一方、82は以前ブリュードッグにつくってもらっていた、出来の良いお気に入りビールの製造が、惜しくもブルワリーの都合により停止となっていた。そのビールは、アルコール度数4%台の、ホップの香りと苦味がはっきりとしたセッションIPAのようなスタイルだった。こうして、スワンレイクの提案と、82が復活させたいと考えていたものとが合致したというわけだ。 今回つくられたセッションIPAは見た目は泡立ち・泡持ちが豊か、金色で白濁している。ホップはカスケードとアマリロが使用されており、まずグレープフルーツのような香りがして、その周りにかすかに他のフルーツの香りもある。濁りは渋味はもたらさず、まろやかな口当たりと適度なボディーをもたらしている。それでいて後味はすっと消えるきれいさ。小さいサイズではなくパイントで注文して良かったと思える一杯である。 料理メニューの中から春菊サラダを注文し、合わせてみた。ビールの柑橘類の香りがドレッシングの酸味と合わさってフルーツの味わいが強調される。ビールの苦味と春菊の苦味は当然強まり合い、それが適度に入ったベーコンのうま味を強調する。このビールとサラダを組み合せることにより、複合的なマリアージュが生まれた。 このセッションIPAに続く反射炉ビヤと山口地ビールによる82オリジナルビールも楽しみである。それらが飲めるまで、このセッションIPAを飲みながら待つのがいいだろう。 Like & share:

よなよなエールが黙ってない「クラフトビールとは?」

―リニューアルに関する社長スピーチを振り返る― 樽詰めは9月から、そして缶は10月から発売が始まったヤッホーブルーイングの新よなよなエール。先月、このリニューアルに関する発表会があり、同社の井手直行社長が非常に興味深いスピーチをした。ウェブの記事にしては長めなので、新しいよなよなエールを飲みながら読むのがよいかもしれない。 まず肝心の、新旧のよなよなエールの味わいの違いについて。 旧よなよなエールを改めて味わってみると、色は茶色がかった金色で、上立ち香(アロマ)はホップ由来の柑橘類の香りはほどほどに、麦芽由来の煎った香ばしさも感じられる。静かに注ぐとこの香ばしさに甘味の想起が加わり、紅茶のようなうっとりする香りとなる。口に含むとその傾向は強まり、口当たりの滑らかさは新鮮なオリーブオイルを想像させる。さらにうま味も感じる。 新よなよなエールは、旧と比べると明らかに色が淡く、深い金色。20年前の色合いに戻したという。ホップの香りがより鮮やかで、グレープフルーツというよりはレモンの方を強く感じさせる。味は、苦味が甘味に対して明らかに強く、甘味をあまり感じないことと相まって後味はすっきりしている。さらに旧にも少しあった木の幹のような香りも感じる。さしずめ、レモンの木の下でビールを飲んでいる感じと言えようか。 井手社長のスピーチでは冒頭に、よなよなエールをなぜリニューアルしたのかを理解してもらうために、クラフトビールとその業界に関する説明があった。クラフトビールに関する井手社長の説明は、自身の思いを反映し、消費者の認識を端的にまとめたものであった。すなわちクラフトビールとは、「小規模な醸造所がつくる多様で個性的なビール」であり、1994年の「地ビール解禁」という規制緩和によってできた醸造所によるビールを指す。後述もするが、これにはもちろん大手メーカーおよびその傘下の醸造所によるビールは含まれない。これは筆者が以前執筆した記事、「新商品試飲会に見る、ヤッホーの説明の上手さ」のときと何ら変わっていない。社としての統一見解になっているということである。そして「大手メーカーとは見解が違うようだ」という認識も持っている。 そうした「小規模ブルワリーによるクラフトビール」は、ビール系飲料(「ビール」「発泡酒」「第3のビール」)の中で唯一消費量が伸びている。大手メーカーが進出したい動機は十分あるのだ。 しかし、大手メーカー各社が多様な銘柄をつくっていくのに、あえて「クラフト」と名乗って混乱を招く必要はない。そして小規模メーカーがあるからこそ、大規模メーカーのビールと違いを出そうとして結果的に市場に多様なスタイルのビールが供給されるのである。大手寡占では供給される銘柄の幅が狭くなることは、歴史が証明している。当初の解禁した側の思惑はどうあれ、いわゆる「地ビール解禁」という規制緩和によって小規模メーカーが生まれ、大手と異なる特徴のビールに商機を見いだして、多様で個性的なビールの市場が出来上がってきているのだ。 小見出し クラフトビールの四つの追い風 井手社長は日本のクラフトビールの追い風として、以下の四つが挙げられるとした。 1.2018年4月に税制が変わり、税制上の「ビール」をつくるのに、使える原料の幅が広がること。 2.2020年に東京オリンピック・パラリンピックが開催されることとあいまって、インバウンド(訪日外国人)需要が高まり続けていること。 3.2026年10月までの段階的な減税。 4.多様で個性的なビールの市場が出来上がりつつあること。 1については、世界的にはビールと呼ばれているが、日本の「奇妙な」法律のせいで発泡酒と呼ばざるを得なかったものの多くが、今後は「ビール」として販売できるようになる。一番分かりやすいのが、量の制限はあるがフルーツやスパイスを使ったビールだ。既にクラフトビールを楽しんでいる人には信じられないかもしれないが、世の中には「発泡酒」と聞いて「まずいに決まっている」とか、果ては「もっと安くしろ」と言う人がまだまだいる。 2では、日本よりクラフトビールが進展している国・地域からの来日も増えていて、彼らによる消費も期待できる。さらに日本のクラフトビールを気に入ってくれれば、「日本のビールは美味しいから、いつか行ってみるといいよ」と宣伝してくれるかもしれない。 3は確かに追い風ではあるが、その風力は弱い。2026年になっても、米国の数倍、ドイツの十数倍だという。減った分を値下げすれば確かに「大手メーカーの製品との価格差が埋まっていく」のだが、筆者が聞いた何人かのブルワリー経営者は「人件費や設備投資に回すのがやっと」。もっともっと下げた方が消費が増えて税収が上がることを理論的に説明し、法改正に向けた政治活動につなげなければならない。 4は業界最大手(同社のスタッフたちはこの表現があまり好きではないかもしれない)として、自ら証明している内容である。 小見出し クラフトビールという「カテゴリー」をつくる 以上の追い風があるなか、既に十分売れている主力銘柄をなぜリニューアルしたのか。井手社長は「理想の味わいがようやく実現できるようになった。だから今が最短のタイミング」と説明する。そしてこれまでも何度か、少しずつ味わいの調整をしたことがあったが、それこそ夜な夜な楽しみ、かつ味覚・嗅覚に鋭い人でないと分からないレベルだったという。 今回のリニューアルと並行して、同社は中期的な目標も立てている。その前提として現状を確認した。まずクラフトビール全体としては、米国では金額ベースで約22%のシェアがあって操業ブルワリー数は5300以上(いずれも2016年末現在、米ブルワーズアソシエーション調べ)、日本では現在約1%で操業ブルワリー数は285(2017年9月末現在、日本地ビール協会調べ)だ。これが伸びしろとしては10%まで、3年後の2020年には3%まで伸びると予想している。この予想通りに成長していくためには、「クラフトビールという『カテゴリー』をつくることが重要」だという。ここで言うカテゴリーとは、「商品のジャンル」と言えようか。カテゴリーができたことの証拠は、コンビニで必ず並べられていること。ビール系飲料であるビール、発泡酒、第3のビール、そしてノンアルコールビールは、どのコンビニにも必ずある。しかしクラフトビールはあったりなかったりだ。コンビニに必ず置かれるようになると、次はスーパーに必ず置かれるようになるという。そうすれば、シェアがもっと大きくなる。 そのための仕掛けの一つとして、2020年にはドームツアーを実施したいという。「全国のドームを満杯にできるのはAKB48かよなよなエールだけだと思っている」。いやいや、Perfumeも2016年にドームツアーを成功させている。それはさておき、重要なのは、大手メーカーにはなかなかできない取り組みをしていこうということだ。 そうして十分にシェアが上がったら「国と戦いたい」と井手社長は言う。例えば「ホームブルーイング(自家醸造)ができるように減税してほしい」と訴えることだ。これは税金というものからして当然なのだが、非常に正しい。ホームブルーイングを日本で実現させるためには、減税しかない。ビールにかかる税金を、例えばビジネスにするには少なすぎる量などの条件において、ゼロに下げるということだ。繰り返しになるが、そのためには法改正が必要であり、その手続きを進める政治活動が欠かせない。 小見出し キリンとの資本業務提携の振り返りと展望 「素晴らしい企業」「日本を代表する食品メーカーの一つということもあり、紳士的な方たち」。資本業務提携の相手であるキリンに対して井手社長からまず出てきて言葉だ。その理由はこうだ。「磯崎さん(キリンホールディングスの磯崎功典社長)は『ビール市場をつまらなくしたことには、現在の大手メーカーに責任がある。そこでヤッホーのような小規模メーカーと組んでビール市場をもう一度盛り上げたい』と言ってくれている。それに例えば、製造面で困っていることをキリンに相談すると、いろいろなアドバイスをくれる。年に1回の事業計画説明を差し上げるときはおおむね『ぽかーん』とされるが、『やめろ』とか『違うのでは』と言われたことは一度もない」 その上で、意見が異なるところは遠慮なく言うとのことだ。「私は『大手はクラフトビールではない』と言っている。しかしキリンはクラフトビールと名乗って製造・販売している。クラフトビールはやはり、地方で小さな会社がやっているものだと思う。ただ、大手がクラフトを名乗ってクラフトそのものが話題になり、その恩恵にあずかっている面はある」 これはフィクションの世界で言えばトリックスターである。優れた演目には必ず出てくる、主人公のまわりをひっかき回して問題を起こす、トラブルメーカーだ。ただし、登場人物たちは起きた問題の解決に努力し、結果的に良い結末を迎えるための実力や仲間との結束力を高めたりする。米国のクラフトビールの歴史で言えば、1980年代のボストンビアカンパニーのジム・コッホがトリックスターに当たると言えよう。コッホは自分のビールを売るために、詐欺と言っても差し支えがない謳い文句を用いた。しかしそれをきっかけに業界では、より良い明確なルールをつくる機運が生まれ、それが結果的に業界の発展に寄与した。念のため付け加えておくと、コッホのビールは昔から質は良かったという。 しかし、いくらトリックスターが結果的に有益だからといって、彼らが起こした問題による被害を無視してはならない。業界のプレーヤーには、一人でやっているところも珍しくなく、本当に小さな存在が少なくない。彼らがトリックスターのあおりを受けて、公平な競争ができなくなったり、最悪もうビールがつくれなくなったりするなんてことを「資本主義の宿命」などと片付けてよいわけがない。 「さまざまなスタイルのビールをつくるのは大賛成。でもそれをクラフトビールと呼んじゃいかんよ、と思う。そこで衝突がある。しかし、協力できるところは協力し、意見が異なるところは切磋琢磨でやっている。これからもこれら両方を推進して、ビール市場を盛り上げていきたい」と井手社長は言う。その結果が不幸ではなく幸運なシナリオに沿うものになることを心から願う。 by Kumagai Jinya Like & share:

Baird Beer’s Ivanhoe and Gargoyle pale ales

今週末、べアード・タップルーム馬車道とジャパン・ビア・タイムズが、三つのスペシャルビールのリリースを記念してスペシャルイベントを開催する。アイヴァンホー・ペールエールとガーゴイル・ペールエールは、基本のレシピは同じだが、それぞれ異なるの珍しいカリフォルニア産ホップを使ったシングル...