Brewpubs: a Blueprint for Japan’s Craft Beer Future?

by Kumagai Jinya

醸造施設と同じ敷地内にレストランやバーを備えるブルーパブの魅力は、なんと言っても、できたてのビールにありつけることだ。ビールづくりの工夫やビールの調子を聞くのも楽しい。

いま、日本各地で醸造所併設のブルーパブが増えている。準備中の店舗も加えると相当な数になるだろう。欧米と比較しても、日本のブルーパブの成り立ちは多様で特徴的だ。いくつかの例とともに見てみよう。

ビール規制緩和後まもない1997年4月にオープンしたのが、天王洲アイル(東京都品川区)にあるティー・ワイ・ハーバーブルワリーだ。手の込んだボリュームある料理を様々に提供していることから、ここはブルーパブというより、満足感のある食事を東京のウォーターフロントで楽しめる場所として知られているかもしれない。母体は、倉庫業を中心に幅広い事業を営む寺田倉庫である。天王洲アイルは1996年頃から倉庫街からオフィス街へと変わっていった。そこで既存の倉庫を改装し、ビール工場とセットの飲食店を始めた。豊かな食文化を持つ港湾都市、サンフランシスコにあるようなブルーパブを目指したのである。

1996年夏、会社がこの事業を担う人材を募った際にすぐに手を挙げたのが、現醸造長の阿部和永だ。阿部がつくるビールは、エールらしいフルーティーさとスッキリとした飲み口のバランスに優れ、ボリュームのある料理にもよく合う。現在レギュラーで、ペールエール、アンバーエール、ウィートエール、インディアペールエール、インペリアルスタウトを提供している。

設立の1年後から現在まで同店を運営しているのは、寺田倉庫の関連会社であるティー・ワイ・エクスプレスだ。同社のレストラン「CICADA」がこの10月、表参道に移転し、同じ敷地にカフェ「crisscross」とベーカリー「breadworks」も同時にオープンした。こうしてビールを楽しむ新たな場を提案し続けている。

2010年12月に高円寺麦酒工房を開業し、現在は今年7月にオープンしたばかりの阿佐谷麦酒道場(東京都杉並区)で醸造長を務める能村夏丘は、広告代理店勤務後に転身した。前職を辞した後の2009年10月、鬼怒川温泉への旅行中にふと足を延ばした宇都宮市の栃木マイクロブルワリーで、能村はビールづくりが個人規模でも可能であることを知る。もともと好きだったものづくりへ進みたいと考えていた彼は、ビールづくりを生業にすることを決心した。開業のヒントを得るために様々なブルワリーを巡り、最終的に吉備土手下麦酒醸造所の永原敬の協力を得ることとなった。能村は半年間、月1回のペースで永原のもとに通い、飲食店経営のイロハを学んだ。

阿佐谷麦酒道場には現在、6人のスタッフが働いており、全員が将来自分でブルーパブを開業したいと考えているという。「人が育つ場にしたい」という能村の思いは店名にも表れている。彼の次のチャレンジは、中央線沿線に新店舗を展開することだ。

同じく永原の協力を受けてオープンしたのは、京都市左京区の一乗寺ブリュワリーだ。醸造長の眞榮城兼英は、ものづくりが好きで鉄鋼メーカーに勤めていたこともあり、好きなビールを自分でつくるチャンスを窺っていた。一方、眞榮城の飲み仲間である精神科医の高木俊介は、障がい者の雇用の場を作るという目標を持っていた。二人が互いの夢を同時に叶える場としてたどり着いたのが、ブルーパブだった。

2008年から醸造免許取得の準備を始め、2010年4月には申請書を税務署に提出したが、既存の醸造所による「技術支援承諾書」も必要だと分かった。そこで永原に相談したところ、彼が承諾書を書いてくれることとなり、2011年6月に眞榮城は晴れて発泡酒醸造免許を取得した。

以来、驚くほど多くの、そして野菜や果物を活かした既存のスタイルにとらわれないビールをつくっている眞榮城だが、発泡酒には特別な思いがあるという。「副原料を『何か入れなければならない』ではなく『何でも入れられる!』とポジティブにとらえています。自由度の高い、面白いビールをつくり続けたいですね」。メニューには、眞榮城の出身地である沖縄の料理も並んでいる。

永原のサポートは上記に留まらず、岡山県倉敷市の真備竹林麦酒醸造所、そして今年8月に兵庫県篠山市でオープンした丹波篠山ジグザグブルワリーでも開業に向けた協力を行っている。秋にZest御池で開催された京都地ビールフェスタでも、彼は大きな役割を果たし知名度を上げている。

能村と同様に夫妻でブルーパブを営んでいるのが、鈴木等・由実子の麦雑穀工房(埼玉県小川町)だ。鈴木等は2代目の醸造長。初代は由実子の父、馬場勇で、2004年に醸造免許を取得した。

麦雑穀工房といえば、まず思い浮かぶのはヴァイツェンだろう。趣味の農業で小麦と大麦をつくっていた馬場にとって、それは自然な選択だった。2011年秋に自家製モルト率80%を達成し、今年の秋は初の100%を見込んでいる。フードには自家製パンや馬場がつくった野菜が並び、まさに手作りのブルーパブと言える。

鈴木等は馬場が開発したビールを継承する一方で、新たなビールもつくっている。今年9月のけやきひろばビール祭りで披露した「三毛猫アンバー」がそれであり、カスケード、アマリロ、ターゲット、ザーツと4種類のホップを使っている。それぞれの頭文字を取ると「CATS」と、遊びが利いている。この冬にはスタウトに挑戦するそうだ。

小畑昌司が営むパンゲア(東京都品川区)は、2010年8月にブルーパブとしての新たなスタートを切った。

もともとビール好きだった小畑は1999年にスコットランドを巡ってパブ文化の素晴らしさに触れ、いつかビールを豊富に扱うパブを開こうと決めた。そして2004年に念願の自分の店・パンゲアを開くと、ドイツやベルギーのボトルを中心に提供。常連客は小畑のセレクトを信頼し、小畑もそこに喜びを得るようになった。

2005年の1周年記念には木内酒造のオリジナルビールを提供し、お客さんからたくさんの「おいしい」という言葉を贈られた。「自分が醸造にかかわったビールを褒めていただいたのですから、以前と質の違う喜びを感じました」。このとき彼は、いつか自分でビールをつくりたいという思いを強くしたという。

2010年7月に醸造免許を取得し、翌8月からビールの提供を始めた。ブルーパブを開いから現在までの2年間で、小畑は自分のビールを気に入ってくれるようになったお客が着実に増えてきているのを感じている。あのチャーリー・パパジアンが最近訪問した際に褒めていたアメリカンサワーエールのように、挑戦的なビールの醸造も手掛けてきた。

東京の銀座にもブルーパブがあることをご存知だろうか。八蛮は居酒屋として1995年にオープンし、2002年に醸造免許の取得とビール提供開始を果たしている。醸造長の鈴木俊郎は1980年代に統一前のドイツでワイナリー巡りをし、ライン川沿い、中部リューデスハイムのブルーパブでビールづくりを「目撃」する。決して厳格ということはなく、開放的で気軽な雰囲気を目にして、「これならいつか自分にもつくれるのでは」と勇気を得た。その後も何度かドイツに足を運んでビールづくりを学んだ。

八蛮は2時間の飲み放題制で、ビールはヴァイツェンとポーター。鈴木のヴァイツェンは濃厚なバナナ香が特徴だ。店では日本酒や焼酎も出し、料理のコースもありと、居酒屋感覚で気軽に楽しめる。そしてクラフトビア人気の高まりのなか、この11月には日本橋に2号店をオープンさせた。さらに来年には3号店を開店し、そこでフルーツビールをつくることを目指している。

ブルーパブと定義される店はいまや日本各地に存在し、本稿ですべてを紹介することはとてもできない。我々は来年中にオープンするブルーパブの情報も得ている。特に注目したいのは以下の二つだ。「ビアエバンジェリスト」として世界的に有名な藤浦一理によるカタルシスブルーイングは、東京・代々木のビアバー「ウォータリングホール」の隣に、来年オープンする予定だ。一方、同じく東京は下北沢の「うしとら」は、来年新たなブルーパブを開くため、元デュードシエル醸造所のブルワーで広く尊敬されているルーク・ラフォンテインと組んで計画を進めている。日本は明らか に、ブルーパブが増えていく傾向にあるのだ。

こうした状況では、扱う銘柄の種類を増やす、逆に原産国を限定するといった施策で店を差異化することは困難だ。一方、ブルーパブでつくられるビールは、そこでしか飲むことができない。これは強烈な個性となりうる。やがて店の個性が地域の個性になれば、作り手と消費者のみならず、地域に住む人も恩恵を得ることになる。一過性の人気に留まらず、そうした好循環が生まれることを願わずにいられない。

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